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戦禍の大地に咲く百華  作者: 大洲やっとこ
第一部 傷に芽吹く火種
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第19話 癒し包丁 (挿絵)



「仕方がねえ。ツァリセ」

「はい」

「スーリリャの安全の確保だけしてろ。いいか、他のことはするんじゃねえぞ」

「すみません……」


 小さくなって謝るスーリリャ。

 それなら最初から安全な場所にいてほしいのだが。自分と一緒に。


 顔を潰された冒険者らしい死体。

 何かの強力な魔法が炸裂した痕跡。

 そして、前方から聞こえる音は、間違いなく戦闘のそれだ。


 ここまで見てきた状況も、この先で待っている状況も、安全とは真反対に向かっている。


 ビムベルクが向かうのは別にいい。

 領内における正体不明の何者かによる戦闘行為の確認及び対処。エトセン騎士団の一員としての職務だろうし、英雄として当然の行動だ。


 そこにスーリリャが同行するのは危険でしかない。

 戦う力などない女。己の身を守ることさえ危ういのに。



「どうしても、ちゃんとこの目で見たいんです。私なら、清廊族も話を聞いてくれるかも……」

「はあ……気持ちはわかってますし、隊長の命令だからいいんですけどね。でも」


 通り過ぎてきた光景を思い返して、やはり溜息は尽きない。


「暴れている相手は異常です。武器を使わずに殴り殺すだとか、雨の後だったから燃え広がりはしませんでしたが、爆炎魔法を森で躊躇なく使うだとか」

「はい……」


「僕では守り切れないかもしれない。その時は自分で自分の身を守る気構えもしておいて下さい」



 ツァリセとて別に腕に自信がないわけではない。

 強者が揃うエトセン騎士団でも、半分より上だという自負はあった。

 だが、先ほどの魔法による破壊の跡を見れば、己の分を越えることはわかる。


(あれ食らったら本当に死ぬ。死んじゃう)


 正直な気持ち、その場に居合わせなくて良かったと思う。

 その魔法と使ったであろう何者かを追って行くのだから、緊張はもちろんある種の覚悟も必要だった。


 非力なスーリリャを守れというビムベルクの命令は、もちろん当然のことで従うのに異論はないが、やはり負担なのだ。 


 ツァリセの生存確率を下げる要素。

 足手纏いだという自覚があるから謝った彼女に、これ以上言っても仕方がない。



(ま、スーリリャの安全の為に自主的に退避する許可をくれたってことで)


 それはビムベルクの優しさか、気遣いか。


(……違う。本当にただスーリリャの身を案じているだけだよね)


 そういう気遣いが出来る人ではないとは知っていた。



「こんなことなら持ってくるんだったな。マウリスクレス」

「勘弁してください。女神の遺物、濡牙槍(じゅがそう)なんて持ち出したらさすがに始末書じゃ済みませんよ」


 団長の許可がなければ持ち出すことを許されない濡牙槍マウリスクレス。

 エトセンの宝物。ビムベルク愛用の武器ではあるが、休暇に持ち出していいようなものではなかった。


「言ってみただけだ」


 表情は違う。必要だと思っている。

 英雄をしても、この状況は楽観視できないということなのか。


「何が出るかわからん。危ないと思ったらすぐに逃げろ」


 軽口さえ出ないほどに。



  ※   ※   ※ 



 コクスウェル連合領トゴールトからレカン周辺村落への収奪作戦に来ていた部隊の部隊長ハラッド。

 彼は混乱していた。


 戦闘の跡は見た。見たこともない蹄もあり、何かの魔物に襲われたのだと理解した。


 なりふり構わず爆炎魔法を使ったのだとしても不思議はない。

 だとすれば魔法使いは消耗しているはず。

 荷車の轍や小さな足跡もあれば、避難民の集団と考えるのは当然だった。


 魔法使いがいるとしても、あれほどの魔法を何度も使えるはずがない。

 慌てて逃げている様子からしても、まともに戦える戦力があるとも思えなかった。なのに。



 最初に弓で射抜かれたのは、ハラッドの補佐を務める男だった。

 先頭の者ではなく、二列目にいた指揮を担う者の目を穿つ。

 と同時に、進んでいた部隊の横手から襲い掛かってきたのは、年若い少女たち。


 影陋族なのだから年若いように見えてもそうではないことはわかるが、体格的には成人男性の兵士たちより一回り小さい。


 兵士は胴体を守るよう硬めの皮革で出来た胴巻きを身に着けている。

 視界を広く取るために割と開放的な顔は、咄嗟に籠手で守るようにしているが、もちろん間に合わないこともある。


 包丁で喉を裂かれた者が血飛沫を上げて倒れるのと、手斧を下腹に深く叩きこまれる者。


 避難民から待ち伏せを受けて、尚且つその襲撃してくる敵が戦いに手慣れているなど考えもしなかった。

 さらに飛んでくる氷雪の魔法に視界も悪ければ身動きも取りづらい。


「逃げろ! 退却だ!」


 敵の方が高い戦力を有している可能性について、皆無だと思っていたわけではない。

 だが、子供を連れた避難民の影陋族にこうもやられるなど、ハラッドには想像もできなかったのだ。

 慌てて出した撤退の命令は、既に遅かった。



 自分こそが先に逃げようと、叫ぶ前に後方へ走り出していたハラッドの前に立つ少女。

 胸に晒し帯と短い丈のズボンで、惜しげもなく健康的な肌を晒している黒髪の少女が、逃げようとするハラッドに向けて笑う。


「行くなら地獄に行きなよ」


 握った拳の指の隙間から覗く小さな鉄の杭が、ハラッドの行き先を告げた。



  ※   ※   ※  



「結構強かったじゃん」


 ミアデは自分が強くなっていることを自覚している。


 元々身軽ではあったが、軽快なステップで敵の攻撃を躱しつつ急所を抉る。そういう動きが出来るようになってきた。

 踏み込む足も強く早くなったし、腕の振りも前とは比べ物にならない。


 それでも少し手こずった。他の兵士に指示を出していたのだからリーダー格だったのだと思えば、それも不思議はない。


 奇襲を受け味方が殺されて動揺していたことでの有利もあっただろう。

 そうでなければ、ミアデと同等以上の力はあったはず。

 状況がミアデに勝利をもたらした。



 長物の武器を使うよりも、自分は拳や蹴りを使う方が得意だとわかってきた。

 獲物を殺すのに大仰な武器はなくても出来る。

 体格的に小柄な自分の有利な点はスピードで翻弄して、喉や目を抉るようにした方が効率がいい。


「足が、なぁ」


 少し痛めてしまった。

 以前にルゥナがやっていたように敵の股間を蹴り砕こうとしたのだが、金属製の防具があった。

 敵も全く平気な様子ではなかったが、ミアデの足首も痛い。

 ルールのない殺し合いをする連中なので、急所を守る装備はあるということか。



「ミアデ、大丈夫?」

「うん、ちょっと痛かっただけ」


 他の兵士を片付けたセサーカが駆け寄ってきて、足を気にしていたミアデの腹に手を触れる。

 なんだろうかと思ったら、そのまま抱擁された。


「お疲れ様」

「……うん、セサーカも」


 先ほどの冒険者から続けて、あまり休息の時間もない戦闘だ。

 ミアデにはよくわからないが、魔法は体力を消耗するという。疲労というのならミアデよりもセサーカの方が大きいだろう。


(ああ、そうか)


 ミアデを心配する気持ちに嘘はないだろうが、セサーカも疲れている。

 だから少し触れ合いたくなったのだと思い、彼女の体を抱き返した。

 柔らかいセサーカの体温に安堵を覚えながら、軽く額に唇を。


「たぶん全滅させたと思うけど」


 周囲に動く者はない。

 先ほどまで戦闘で騒がしかったが、今は自分たち以外に物音は聞こえなかった。

 森の生き物も、多くの者が争う音に逃げ出してしまったようで、静かだ。


「武器や使えそうな物を集めましょう」

「うん」


 少し離れた場所で、ルゥナとユウラが周囲を警戒していた。

 トワ、ニーレなどが既に道具を拾い始めていて、他の清廊族が集めた物を荷車へと運んでいく。




 とりあえず嵐は過ぎた。

 そういう瞬間は誰しも気持ちが緩む。

 戦いに慣れた者でも。

 その隙間を狙うのが、一流の冒険者だった。



「く、あっ!」

「っとに、どいつもこいつも」


 俊敏で、近接戦闘に適性の高いミアデ。

 自らの適正に合わせて、逃げる敵への退路を断つ役目を担当した。

 だから、仲間から最も離れた場所にいる。


 戦闘中の騒ぎに紛れて近くに潜んだのだろうそれは、ミアデよりも上手の強襲斥候。

 咄嗟にでもその一撃を避けられたのは偶然ではない。ミアデとていつまでもアヴィやルゥナに守られているだけではない。


「ちっ」


 セサーカを抱えたまま転がったミアデに止めの一撃をと迫るのは、先ほど襲ってきた冒険者の一人、イリアだ。

 転がりながら、手の中にあった寸鉄の杭を投げつけて、少しでも時間を稼ぐ。


「ミアデさん!」


 即座に駆け付けてくれたのはトワだ。

 その手には彼女愛用の包丁があるが、トワでは力不足。


「鬱陶しいっ!」


 イリアが毒づきながら払ったのは、荷車の方から飛んできた矢だった。ニーレか。


 トワとニーレの牽制の間にミアデは立ち上がって身構える。

 中指くらいの大きさの寸鉄は、まだ腰帯に挟んだ物がいくつかあった。

 改めて握り、強敵と相対する。



「鬱陶しいのは貴女です、イリア」


 今しがたの敵から拾ったのだろう剣を手に、ルゥナも駆け寄ってきた。


「戦えない者は先に進みなさい! ニーレ、ユウラ! 護衛を」


 荷車の方に指示を出しながらもイリアから目は逸らさない。


「本当に、鬱陶しい」



 アヴィも並ぶ。

 視線を巡らせた。警戒して。


「あの魔法使いは、どこ?」

「マルセナ……?」


 見当たらない。

 得意武器であるショートソードを手にしたイリアと、愛用の魔術杖を失ったマルセナ。

 どちらが脅威なのか測りかねる様子のルゥナに、イリアが鼻で笑った。


「皆殺しだって言ったでしょ」



「螺旋の末先(まっせん)より()煌昂(ごうこう)未嚮(びきょう)


 響いた声に、全員が飛びずさって身構える。

 だが、目に見えては何も起こらない。

 ただイリアの後ろからマルセナが出てきただけで。



「……なに?」


 その周囲の空気が揺らめいて、霧のような薄い光を纏っていた。

 手にしているのは、セサーカが落とした木の魔術杖。

 愛用の冥銀の魔術杖に比べれば数段落ちるはずなのだが。



「……気を付けて下さい」

「肉体の造りを理解していなければ効果がないと言うのでは、わたくしが使うしかありませんけれど。これ、後の疲労も酷いのですわ」


 雰囲気が違う。

 もともと危険な魔法使いだとは知っているが、先刻戦った時よりもさらに危険な雰囲気を纏って、嗤う。


「皆殺し、だそうですので」


 襲い掛かってきたマルセナの速度は、強襲斥候のイリアよりも速く鋭かった。



  ※   ※   ※ 



 イリア


挿絵(By みてみん)

   イラスト:いなり様 データサイズ180kb



  ※   ※   ※ 



 圧倒される。

 ――までではなかったが、肉弾戦でアヴィが押し込まれるところなど、ルゥナは初めて見た。


 マルセナの一撃に反応出来たのはアヴィだけだ。

 魔法使いの拳を腕でガードして後ずさる。

 狙われたのはルゥナだった。反応出来なかったところをアヴィに庇われた。



「つぅ」

「これを防ぎますの?」


 痛みに顔を顰めるアヴィと、驚愕の声を上げるマルセナ。

 天才魔法使いの奥の手。

 まさかこの少女が肉体強化での肉弾戦など、誰が予想しようか。


 マルセナは魔法使いだという認識が強かったルゥナは、まんまとその術中に嵌まってしまった。


 今まで使わなかったのは、本当に奥の手だからだろう。

 使う以上は相手を必ず殺す。

 おそらく仲間にさえ秘密にしていた魔法。



「他は私が!」

「任せますわ」


 彼女らは曲がりなりにも共に過ごしてきた冒険者だ。当然連携もする。

 険悪な者同士でも、危険な敵と戦うとなれば冒険者は協力が出来るものだ。ましてこの二人は妙に関係性が強い。


「ミアデ! 守るだけで構いません!」


 ショートソードを手にしたイリアの攻撃は、ルゥナにも脅威だ。

 一流の冒険者であり、接近戦では相当な腕前になる。


 それでも防御に専念し人数が多いこの状況でなら、まだ戦えるはず。

 マルセナの身体能力の強化に時間制限があるというのなら、何とかそれまで持ちこたえれば。



「……」


 視界の端にソーシャが映った。

 少し離れた場所でエシュメノを庇うように立っている。


 異様な力を発揮するマルセナを見て、最優先なのはエシュメノの安全。

 当てに出来そうにない。



「はっ」


 突きかかってきたイリアに、ルゥナが反応する。

 先ほどのマルセナほどの速さではないけれど、だから遅いというわけではない。


「くぅっ」


 一度目の突きは切り払った。が、その態勢のうちに次の突きが迫り、ぎりぎりで躱すのが精一杯。

 目の下辺りに鋭い痛みが走る。



「ルゥナ様!」


 イリアの剣を受けきれないルゥナを見て、横からミアデが拳を放とうとするが、


「甘い!」


 それまでルゥナに連続で突いていた剣閃が、突如軌道を変えてミアデの目を突く。

 咄嗟に躱すミアデだが、イリアの剣がその頬を滑り赤く線を残した。


 続けて横薙ぎにされた剣をかろうじて回避したミアデだったが、僅かに黒髪が舞った。


「ちょこまかと」


 敏捷性だけなら、イリアには及ばなくともこの一行では群を抜いている。

 ミアデに気を取られた隙に、ルゥナの剣が右上段から振り下ろされた。


「だから甘い!」


 大振りだったそれをイリアが受け止め、受け流す。

 体が流れたルゥナの背中を取るように。



「終わり――」

「っ!」


 ルゥナの右上段を受け流した形のイリアは、自分の右に流れたルゥナに意識を割いた。

 時間差で、また同じ方向から迫った攻撃への対応が一瞬遅れる。


「させない!」


 包丁を手にしたトワだった。

 逆手に持った包丁をイリアに突き刺そうと躍りかかるが、もう少しの所でイリアの左腕がトワの手首辺りに入り、包丁を止める。



「ふっ!」


 腹に、ルゥナの蹴りが突き刺さった。

 剣を流され前のめりになった態勢から、踏みとどまっての前蹴り。

 イリアの下腹を捉え、後方へ吹き飛ばす。


「うぐぅっ!」


 ルゥナの筋力はイリアと比較しても大差ない。

 戦闘技術では劣っていても、当たれば効果はある。

 イリアを蹴り飛ばして、束の間でも余裕が出来た。


「助かりました、トワ」

「はいっ」



 態勢を整え直すルゥナたち。ミアデの傍にもセサーカが駆け寄り、魔術杖を構える。

 近すぎて有効な魔法を使えるタイミングがなかった。

 腹を押さえながら、ぎりりとセサーカを睨むイリア。



「それを、返してもらうわよ」


 マルセナの魔術杖を奪ったことを言っているらしい。


「返してもらうのはこちらです」


 イリアの物言いに憤りを感じて、ついルゥナは言い返してしまった。


「清廊族から奪った全てを、返してもらいます」

「舐めた口を」


 舐められた。

 ぺろりと、頬から目元にかけて生暖かい感触が。


「……トワ」

「怪我をされていましたから」


 イリアとの攻防の中でついた傷を、この瞬間に癒したのだと。



「あんた……」


 イリアも少し虚を突かれたのか、瞬きを繰り返して言葉を失う。

 戦闘中に少女がルゥナの頬を舐めるなど、何が起きたのか判断に迷ったのか。


「……そこの()()()()も……舐めてくれるわね」


 言葉を探して貶そうとしたが、歯切れが悪い。

 何を動揺しているのだろう。


「あなたなんか舐めてあげませんけど」


 そういうことではないと思うが。


「まあ、どうしてもと言われたら……ふふっ、舐めて差し上げましょうか?」

「……本当にふざけた奴ね」



 格上の相手を挑発するトワに不安を覚えないでもないが、少し落ち着いた。

 そうだ、ルゥナがイリアに勝つ必要はない。


 時間さえ稼げばマルセナが力を失い、アヴィが――



「深天の炎輪より、叫べ狂焉の裂光」


 マルセナを中心に、衝撃波を伴う光が辺りを薙ぎ払った。



  ※   ※   ※ 

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