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戦禍の大地に咲く百華  作者: 大洲やっとこ
第四部 遺す意志。消えぬ声
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第184話 狂者の狂宴



「なめ、んなぁ!」


 力比べで負けることが、なくはない。

 けれど少ない。


 ウヤルカに腕力で勝てる相手は少ない。アヴィの他にはオルガーラたちくらいだろう。

 ラッケルタには筋力で負けるかもしれないが、あれは魔物だから別。



 鉤薙刀の一撃を体で受け止められた。

 距離を詰められて、近すぎて柄の部分を叩きつける形になった。その一撃を肥大した胸筋で受け止める敵。

 刃ではなかったとしても、今のウヤルカの力なら柄でも大木を両断するほどの力があるはず。


 ユキリンから飛び降りて振り下ろした鉤薙刀を、狂った敵は恐れる様子もなく突っ込んで体で受けて、その柄を掴む。

 そして奪い合い。


 ウヤルカが引き戻そうとする鉤薙刀を離さない。



「ぶがぁぁ!」

「こんのクソがぁ!」


 思い切り敵の下腹を蹴りつけた。


 敵は男だ。

 下腹には弱点があるはず。

 無論、それを守る金物の防具はあったが、それごとひしゃげる勢いのウヤルカの蹴り。


「びゅっ!」

「どうじゃ!」


 明らかに潰した感触。

 だというのに、鉤薙刀を掴む力は緩まない。



「なんじゃねこりゃあ」


 目玉はぐるぐると回って何を見ているのかわからない。

 異常な力のせいで自らの体も傷ついていても、まるで理解していないよう。

 そしてウヤルカが鉤薙刀越しに感じる膂力は、アヴィを相手にしている時に近い。


 凄まじい筋力。

 痛みを怖れず、負傷しても構わず戦う姿。

 完全に狂っている。



 上から見ていて、ラッケルタが殴り飛ばされたのを見て驚いた。

 ほぼ同時に前衛に並んでいた清廊族の戦士たちが吹き飛ばされ、オルガーラまでもが宙を舞う。


 アヴィだけは残っている。

 殴りかかって来た二体を続けざまに左右の鉄棍で打ち砕いて、だが敵の拳の威力押されて大きく仰け反らされていた。


 最初の一匹はアヴィの一撃で上半身が爆散した。

 殴りかかった威力と鉄棍の破壊力とが重なって肉体が持たない。


 続けざまの二匹目への迎撃をするアヴィだが、その前のぶつかり合いの威力が大きすぎる。踏ん張る足で大地を削りながら左の鉄棍を振るい、さらに押し込まれる。


 襲い掛かった敵は腕を折られながらも怯まず、そのままアヴィに噛みつこうと飛びかかった。


 それを防ぐアヴィの横から襲おうとした三匹目。

 他の戦士たちは崩れ、アヴィだけが前に出ている。助けられるのはウヤルカしかいない。



 切り捨てるか、叩き潰すか。

 間合いは完璧だと思ったが、敵の動きがおかしい。

 まともな生き物の動きではなく目算が狂った。



「ぼぉえっ! ぼぅぉえっ!」

「くのっ!」


 目の前で意味不明な声を上げる。正常ではない。


「っ!」


 不意に敵の力が弱まった。

 力を抜いたのではない。


「ニーレ!」

「……」


 一閃した氷の矢が、ウヤルカと押し合いをしていた敵の腕を肘の上あたりで切断した。

 両腕のウヤルカの方が強い。


「うだぁ!」


 風車のように、敵が掴んで離さない鉤薙刀を回す。

 普通なら手を離しただろうが、この敵は離さず、だから二回転の間に腕が捥ぎ取られる。


「ばぁぁ!」

「やかましい!」


 噛みつこうとしてきた敵を、今度は距離を取って首を刎ねた。



「ネネラン!」

「だ、大丈夫、ですっ!」


 斜め後ろからアヴィとネネランの声が聞こえる。

 どちらも無事なようだが、敵の突然の変容を受けて平常な声音ではない。


「狂戦士……」

「……」


 そういうものがいるのか。ウヤルカは初めて聞くが、言われてみればそう呼ぶしかない。


 己を失った狂戦士ども。

 アヴィに匹敵する膂力と、痛みも恐怖もなくただ暴れるだけの意識。

 敵味方の区別もついていないのか、こちらだけでなく敵兵にも襲い掛かっていた。


 狂戦士同士は敵対していない。仲間というわけでもなく、互いを別の何かだと認識できないようだ。

 自分たち以外に対する攻撃性だけで動く。



「はぁっ!」


 氷の矢が幾筋もの軌跡を描き、襲い掛かろうとする敵を貫いた。

 爆発的な速さと予測しづらい動きをするが、その体を正確に貫くニーレの技量も凄まじい。


 体を貫かれた敵はわずかにバランスを崩すが、構わず襲い掛かって来た。


「なんて奴じゃ!」


 腹に穴を開けられ、肺を貫かれ。

 なのに止まらない。



 清廊族の戦士たちも襲い来る敵をなんとか体を張って食い止め、他の戦士がその肩や腕を斬り落としてもまるで怯まない。

 頭に剣を突き刺される狂戦士が、切っ先にさえ怯えることなく突き立てた清廊族の首を食い千切った。


 悲鳴すら上げられずに息絶える清廊族と、顔から剣を生やしてごろりと転がる狂戦士の体。

 さすがに頭を貫かれれば死ぬらしい。



「ニーレ、頭じゃ!」

「わかっている!」


 放たれた矢が狂戦士の手で打ち払われた。

 弱点には違いないが、距離があれば邪魔だと払われてしまう。


「くっ!」

「やらせんのじゃ!」


 ニーレを敵と見定めた一匹。飛びかかろうとしたその片足を斬り落とした。


 どぅっと倒れたそれに向け放たれる氷の矢。

 だが。



「なにっ!?」


 突き刺さったのは大地に。

 足を失い倒れた姿勢から、手で大地を叩いて跳んだ。


 動きの予想が出来ない。

 飛蝗とて、足を失えば跳ねられないだろうに。

 異常な腕力での跳躍の速度は目にも止まらず、涎に濡れた歯がニーレに迫った。



「Pii!」


 敏捷さというのならエシュメノかミアデが頭一つ抜けている。

 彼女らでさえなかなか掴まえられない仲間もいる。


「ユキリンすまない」


 逃れきれないながら飛び退いていたニーレが、感謝の気持ちを交えながら名を呼んだ。

 真上から、ニーレに噛みつこうとした敵を踏みつけた白銀の輝きに。


「Pyui!」

「ふっ!」


 地面を抉りながら転がった敵の頭に、今度こそ氷の矢が突き刺さった。



「どぅらぁ!」


 ウヤルカが下段から切り上げた鉤薙刀が、さらに襲ってくる敵を腹から肩まで斜めに切り裂く。

 完全に切断できたわけではないが、ぶらりと垂れ下がった半身を置き去りにして、下半身と左上半身だけがウヤルカの横を通り過ぎてから転んだ。


 残された右上半身から頭は、標的を求めてもがく。

 けれど、方向を定めることはできなかったらしい。爪で大地を掻き、また異常な速度で反対方向に飛んでいって別の狂戦士に激突していた。


 放って置いても程なく死ぬだろう。



「気ぃつけぇ!」


 狂戦士と押し合っている手近な味方に声を掛けながら、敵兵の頭を上からかち割る。


「助かった!」

「とにかく頭じゃ! 他は切っても突いても止まらん!」


 清廊族の無惨な死体も少なくない。

 衝突でぐちゃぐちゃになった者もいれば、捻り潰された者、食い千切られただろう者も。

 前線はウヤルカ達がいるにしろ、討ち漏らした狂戦士どもがいくらか後衛にまで食い込んでしまった。


 勇者というか、単純な筋力だけで言うなら英雄と呼ばれるほどの力ではないか。

 溜腑峠で戦った飛竜騎士にも匹敵する。


 幸いというか、肉体の方がそれに追いついていない。

 一撃を放つたびに自らの体も損壊している。無限に戦えるわけではなく、片腕が千切れかけたりすれば他の戦士たちでもどうにか対処出来るが。


 戦いの中で動きが止まった狂戦士の頭に氷の矢を突き刺すニーレだが、味方も入り混じっていて簡単に数を減らせない。


 人間どもも必死だとはわかっていたつもりだが、こんな作戦とも呼べぬ手を選ぶとは。

 苦い気持ちを噛み締めながら薙刀を握り直した。




「こがな連中にぃ!」


 続けて襲ってくる敵を斬る。

 だが、腕で受け止められた。


 先ほどまでは通った刃だが、ぐいと力を込めた敵の腕が、鉤薙刀を食い込ませながらも断ち切れない。



「っ!」


 わずかだが、戦い方に理性が戻っている。


 異常に強化された己の力の使い方を理解して、よりうまく暴れようと。

 学習している。というか、慣れつつあると言った方が正しいか。



「勘弁せぇや」


 何にしろ、この上でさらに厄介になるなど冗談ではない。

 本物の勇者、英雄級の戦い方をしないから戦えているものの、もし力を十全に活かして戦われたら勝機も何もない。


 狂戦士の数は百ほどだった。アヴィ達も倒してはいるが半分以上残っている。

 ウヤルカの刃を受けた狂戦士が、濁った眼に狂喜の色を浮かべた。


「くぬぅ」


 抜けない。今度は刃が抜けない。

 動きが止まれば狙われる。先ほどニーレがしたのとは逆に、他の狂戦士がウヤルカを狙って。



「ボクは」


 苛立ちの声が大地を震わせた。


「嫌いだぁ!」


 ウヤルカに向かい動き出そうとした敵が、膝から下を残して血煙になった。

 白い塊が、狂戦士の突進以上の速度で激突して。

 踏み込んだ大地も大きく土埃を上げている。



「お前らなんか!」


 残っていた足が踏む地面が、次の一歩で爆散する。


「ぜんぶぅ!」


 見てから一呼吸あったからか、次に衝突した狂戦士は身構えて砕けなかった。

 だが激しく転がりながら大地で擂り潰されて肉塊に変わる。


「消えろぉ!」


 殴り飛ばされたのがよほど気に食わなかったのだろう。

 狂戦士とは違うが、やはり狂ったように荒れるオルガーラ。



 力自慢の彼女が人間に押し負けた。


 上から見ていたウヤルカはわかっているが、一番先頭に立っていたオルガーラに殺到した敵は三体。白い大楯が目立ったのかもしれない。

 猛烈な速度の一撃を三つまともに受け止めたのだから、押し負けたとしても無理はないのだが。


 大楯を殴った敵は腕が砕け散っていた。

 一匹は腕だけでなく背骨まで砕けたらしく、ぐにゃりとその場で崩れてはいたけれど。

 そんなことは関係なく、オルガーラとしては自分を殴り飛ばした生意気な敵を許してはおけない。



 こちらに突っ込んできた狂戦士の他に、最初の場所で頭を揺らしながら棒立ちの者も十ほどいた。

 狂い方も個体差があるのだろう。

 それらとて、オルガーラが突出して近付いてくれば反応する。


「あほうが!」


 わかっている。オルガーラが阿呆なことは。それを放置はできない。


 三方から襲い掛かられるオルガーラを助けに行きたいが、鉤薙刀を受け止めた敵がまだ片付かない。



「ぐびぃぃ」

いびしい(気持ち悪い)んじゃ」


 片腕に刃を食い込ませ、反対の手で柄を掴む敵。

 涎を垂らしながら嗤い声のようなものを漏らすそれに毒づき、押していた鉤薙刀を引いた。



「うば?」


 前のめりになる敵と、その頭上を宙返りするウヤルカ。


「力だけで」


 大柄な体躯でもウヤルカの平衡感覚は非常に高い。普段からユキリンに乗って戦っているのだから当たり前なのだが。


「戦いに勝てるかぼけぇ!」


 確かに力は強く、それを使いこなしつつあるかもしれない。

 だが、力だけで片付けられるほどウヤルカは甘い戦士ではない。


 敵を飛び越え回転した勢いのまま、踵を敵の後頭部に叩き込む。

 踏ん張りが利かない為に勢いだけだが、後頭部は生き物ならまず大抵の弱点だ。

 痛みをものともしない狂戦士でも、ぐらりと揺れる。


 着地したウヤルカが向き直るまでに態勢を整えられない。


「はぁ!」


 振り返ろうとしていた狂戦士の顎を、ウヤルカの掌底がぶち抜いた。


「べふぇ」


 首が半回転してひしゃげ、力を失い倒れる。

 狂戦士の屍を踏みつけて鉤薙刀を抜き取り、オルガーラを見た。




 三方からの敵を、回転して大楯で弾き鎌で切り裂くオルガーラと。

 その上から飛びかかった狂戦士を打つアヴィの姿。


 最強の二柱。

 彼女らが揃っていて勝てない敵などいないだろう。

 そういえば、どちらも心中に歪みを抱えているのも皮肉なものだ。


 この狂戦士もそうだが、強さの極みを昇るにはどこか心を置き去りにしなければならないものだろうか。

 もしそれで強くなれるのなら、ウヤルカはどうすれば届くのか。



 思わず見てしまったアヴィ達の背中が、突如として様子を変えた。


 戦慄、と。

 そうした空気で。



「なん……じゃね?」


 ウヤルカも感じる。

 異様な戦場に走った、さらに異様な重い息を。


 やや離れていた敵の正規兵が息を飲み、残っていた狂戦士どもの狂った瞳までもが一点に向かう。

 重い存在感。



「むだに、わぁ……せん、ぞ」


 ぎりりと噛み締めながら吐く。

 唸る声と、踏みしめる足と。


「ジョフロワ……ヘズの、勇士たち、よぅ」


 指揮官だろうか。

 大槍を右手に、左手に棍棒を。

 どちらも重量級の武器だが、それを苦にする様子はない。



「俺は……超えた、ぞ……」


 齧る。


「お前たちの、命が……作った時間。無駄にはせん、ぞぉ」


 飲み込む。


 狂戦士たちが口にしていたものと同じ団子を。


 見開かれた目は黒く濁り、端から赤黒い血が流れて。

 狂戦士だ。


 他の者とは違う。

 理性を保ち、武器を手にした狂戦士。


 おそらく他の者とは別に、少しずつあの団子を飲み下したのだと思う。

 噛み締めながら、猛毒のようなあれを身に沁みつかせて。

 己を失わず、だが本来の力を大きく超える力を手にした。



「お前たちの仇を討つ力だ!」


 吠えた。

 同時に、遠巻きに見ていた敵兵も動き出す。

 今こそ町を守る戦いの時だと言うように。


 対するこちらは崩れている。先ほどの狂戦士どもの突貫のせいで。



「切り札っちゅうんか」


 攻勢を凌ぎ、崩したところで現れたこの敵が切り札で、それと呼応する敵兵。

 どうすべきか判断してほしいルゥナがいない。



「ブリス・オーブリーの覚悟にぃ! 砕けよ影陋族‼」



 敵将の咆哮は大気だけでなく狂戦士と兵士の心まで震わせ、怒号が戦場を埋め尽くした。



  ※   ※   ※ 


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