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戦禍の大地に咲く百華  作者: 大洲やっとこ
第四部 遺す意志。消えぬ声
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第174話 商家の次女



「聞き覚えがあると思ったわけだぜ」


 不意にぼやいたビムベルクに、ツァリセは胡乱な目を向けた。

 物覚えがいい方ではないと知っているが、何を思い出したのだろうかと。


「ゾーイ。百拳のゾーイだ」

「ご明察です、ビムベルク殿」


 ツァリセが褒めない代わりというわけでもないだろうが、家令が賞賛の言葉とともに肯定する。



「ハルマニーお嬢様の母君ゾーイ様は、かつてアトレ・ケノスにおいてその呼び名を知らぬ者がいないと言われるほどの冒険者でした」


 イオエル・ユーガルテ。ミルガーハ家の家令でハルマニーの世話係というか。


 エトセン公ワットマとの商談は済んだだろうに、帰る様子がない。

 連絡は別の者がしているということで、具体的な話もあるのだろうからじゃあさよならとはいかないだろうが。


 あの娘はこのままここにいて良いものなのだろうか。

 ツァリセは、教練場でエトセン騎士を叩きのめしているハルマニーを見ながら疑問に思う。



 ハルマニー・ミルガーハ。

 大陸随一の豪商の一族。現当主ニキアスは孫がいるくらいだからそれなりの年齢のはず。

 その跡取り息子のスピロと、今ほど名前の出たゾーイの間には三人の子がいた。

 このハルマニーと、年齢の近い姉。そしてまだ幼い弟が。



「ゾーイ様もまたミルガーハの血筋ですから」

「統一帝の血を継いでいるということですか?」

「血は薄いとはいえそういうことになります。不肖私もそうなるわけですが」


 大金を得たミルガーハが、その権勢を維持する為にロッザロンド大陸から嫁を迎えた。

 それが統一帝の血を引くと言われる貴族の娘。

 そして、その後も有力な血を引き入れてきたという噂ではあったけれど。



「ミルガーハ家のお嬢様が冒険者を?」


 ツァリセの疑問にイオエルは苦笑して首を振った。


「本家筋ではありませんでしたので」


 本家ではなく傍流に生まれたゾーイ。

 たまたま血の巡りか何か強い力を有していて、それを頼みに冒険者などをやっていたと。



「ルラバダール王家もそうでしょうが、富や権勢を守る為にわかりやすい力も必要です。創始者の頃から今日まで、アトレ・ケノスやルラバダール本国の貴族筋などからも血を取り入れてきたのがミルガーハの一族です。過去にはここエトセンとも関りがあったとか」


 カナンラダでの成功により集めた財産を誰かに奪われぬように、その財を使って強い血統を取り入れた。

 血統だけでなく、貴族との繋がりなども。


 イスフィロセとコクスウェル連合を行き来する商売が主だったミルガーハの先祖。

 今、アトレ・ケノス領内に本拠を置いているのは、海運の問題の他にも政治的な理由があるのかもしれない。



「一族内でも、勇者級英雄級の力を発揮した者なら本家に嫁入りや養子縁組もあります」

「んで、強え奴が生まれたらそれが後継者ってか」

「力だけとも限りませんが、およそその通りですね」


 はぁと息を吐くビムベルク。



「だぁら言っただろ」


 ぎろりとツァリセを睨んで、


「俺だってあんな小娘を叩きのめすつもりなんざ趣味じゃねえんだって」

「本気出さないとまずいと思う程度には厄介だったわけですね。小娘相手に」

「るっせぇ」


 教練場で、ずいぶんと容赦なく相手をしたものだとツァリセが嫌味を言ったことを覚えていたらしい。余計なことは忘れない。



「百拳のゾーイってどんな人なんです?」


 とりあえず話を変える。


「知らねえよ」

「あれ?」

「俺だって見たことはねえ。俺が冒険者始めた頃だから二十年くらい前か。その頃、アトレ・ケノスに勇者を超える冒険者がいるって有名だっただけだ」


 ビムベルクが駆け出しの時点で、ゾーイは他国に名が聞こえるほどの有名人だったらしい。


 勇者を超える。

 当時から群を抜いていたビムベルクだが、きっと彼女と比べられることもあったのだろう。

 年齢から考えて、その頃にゾーイは冒険者をやめてスピロ・ミルガーハの妻になった。そしてハルマニーらを産んだということになる。



「一打が百の拳に見えるという話からの呼び名ですが」


 ビムベルクの代わりにイオエルが答えた。


「まあ、あんな感じです」

「……なるほど」


 ちょうど目の前で、ハルマニーが赤四番隊の副隊長アニバールを相手にやっている。

 ツァリセから見ればアニバールはかなり格上になるが、ハルマニーは小さな体で押し負けることもなく圧倒していた。

 凄まじい連打が、防御したアニバールを吹っ飛ばして背中から転がる。



「あんな感じ、ですか」

「本気でやられたら腕が砕けますよ。私が相手だと」


 イオエルがそう言うのなら、ツァリセでも同じ結果だろう。


 英雄級の娘。

 莫大な財産を守る為とはいえ規模の大きな話だ。

 アトレ・ケノス共和国。軍所属とは別に民間にこんな戦力がいる。民間と言っていいのかわからないけれど。



「師匠! 十人やっつけた!」

「ああ」


 ビムベルクに手を振り呼びかける姿は、快活な年若い少女にしか見えないけれど。


「次は師匠の番だぞ!」

「めんどくせぇなぁ」

「やってくんないんだったらツァリセでもいいけど」

「勘弁してください!」


 ぼけっとしていたら流れ矢が飛んできた。死んでしまう。



「お前も少しは訓練しとけ」

「だとしてもあれの管理は隊長ですよ」


 嫁にしろだとか、夫に向かえてやるだとか。

 結局は師弟という形で今は落ち着いたようだが。思い込みが激しく短慮という類似点では良い夫婦になったりするのではないか。



「当家のお嬢様をあれ呼ばわりはやめてくださいね。気持ちはよくわかりますが」

「聞こえてんぞ!」


 怒られた……かと思ったが、笑っている。

 とても嫌な笑いだ。


「そんだけ度胸があんだったら、こいツァリセ! イオエルも!」

「うげ」

「なんと」


 先ほど打ち倒されたアニバールが、向こうでにやりと笑った。

 他の、ハルマニーに打ち負かされたエトセン騎士団の面々も笑顔。なんだこの余計な連帯感。


「よし、行ってこい」


 どん、と。イオエルとまとめて背中を押された。


「小娘相手に二対一だ。一本取れるまで続けやがれ」

「うそぉ!?」

「私はほら、ただの商家の使い……あぁ」




 イオエルと二人、ぼろぼろになって鼻水を垂らしながら思う。

 頑張って敵う相手ではない。経験が浅いとは言っても英雄級の素質を有する相手で、ツァリセがどうにか出来るわけもない。


 勇者とか準勇者とか、その辺が複数いればなんとか対抗も出来るだろうが。



 だが、疑問が頭を過ぎる。

 このハルマニーと、別に跡取り候補がいると。

 姉か弟のどちらか。


 つまりそちらもまた、英雄級の実力者ということになる。

 現当主ニキアス・ミルガーハに加えて百拳のゾーイ。そしてその子。

 他の者も、相当な実力者がいるのではないか。



 大商家ミルガーハ。

 経済力を含めて、その戦力は一国に匹敵するかあるいは上回りかねない。


 そんな噂を耳にすることはあったが、どうやら誇張ばかりではないらしいと身をもって思い知らされた。



  ※   ※   ※ 


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