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戦禍の大地に咲く百華  作者: 大洲やっとこ
第四部 遺す意志。消えぬ声
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第157話 拾うひとつ



「立派になりやがってよ」


 これは夢だ。


「大した出世じゃねえか」


 本心で褒めているのだとも思ったし、皮肉気に馬鹿にしているようにも聞こえた。

 ああ、馬鹿にしているのは彼自身に対してだ。自嘲。



「まあな」


 訊ねていいのかわからず、適当に頷いただけ。

 思えばいつだってそうだ。何に対しても適当に。


「言われた通りにしただけさ」


 自分の功績ではない。


「親父がそうしろって言ったんだろ」


 そういうように育てて、そういう道を勧めた。

 先のことをあれこれ考えるのは苦手だ。



「あの洟垂れ小僧がまさか騎士団の隊長様とはなぁ」


 病床の父親は、こんなに痩せていただろうか。

 記憶にある父は、なんだかもっと大きかったような気がする。


 夢だからか。

 あるいは、この時はもう自分が父親より大きくなっていたからなのか。


 覚えていない。

 死期の近い父親を、真っ直ぐに見ていられなかった。

 巷では英雄と呼ばれ今や王国最強の戦士となった自分が、今さら涙など流せるか。



「……ちゃんとやってるみてぇだな」

「どうだかな。俺にぁ騎士の自覚が足りねえんだと」


 ことあるごとに上官やら副官から言われる。

 言われて当然だ。そんなものは持ち合わせていない。


「はっ、んなことぁわかってる。そっちじゃねえよ」


 父親の目が、ビムベルクの斜め後ろの戸に向いた。

 その戸の向こうにいる誰かを。



「ちゃんと、俺の言ったことを守ってるって話だ」


 安堵したような父の声が、まるで最期のように聞こえて。


「……それこそ、どうだか」


 反発するようなことを言ってしまった。親子なのだから、いくつになっても反発するのは仕方がない。


「やってるさ」


 安心して、救われたように。


「お前は俺の自慢の息子だ」




 父は冒険者だった。


 いつかは名を謡われるような冒険譚をと望む、どこにでもいるような馬鹿な冒険者だった。

 母も同じような馬鹿で、ただ自分を産んだしばらく後に病で呆気なく死んでしまったと聞いている。

 病だったのか、出産が原因だったのか。問い質したことはない。


 引退した冒険者仲間に幼子を預けて、父は冒険を続けた。

 冒険なんてものではない。ただの魔獣駆除だ。

 村の周辺に出没する魔獣を殺して金を稼ぐ。幸い腕は悪くなく、相応の稼ぎはいつもあった。


 腕が悪くなくて、魔獣駆除を続けて。

 そうした日々を続ければ必然だったのだろう。

 母が死んで数年後に父は勇者級の力を認められるほどになった。

 既に中年も過ぎていて、冒険譚に謡われるような大活躍をしたわけでもない。


 遅咲きのマダラスミレ。

 力はあっても華やかな成功者ではない。自分のこともあったせいか、父は大仰な冒険をすることなく、それまでと同様に魔獣駆除を続けて暮らした。


 そんな父でも、幼い子の目には紛れもなく勇者であり、英雄だった。

 自分などよりもずっと。

 大きな背中を見て育った。



「仕事の方は、うまくやってるのか?」


 扉の向こうのことは置いて、話の向きが変わる。


「さっきも言っただろ。騎士の自覚がねえとか、副官のやつにもくどくど言われてるよ」


 父と息子の会話など、どこでもこんなものかもしれない。

 特別なことではない。けれど記憶には残っているものだ。夢に見るほど。


「ツァリセ、って言ったな……そうかぁ」

「口うるさい奴なんだ。小器用で役には立つのがまた腹立たしい」


 その言い分に何を思ったのか、父は軽く頷いた。



「大事にしろよ」

「?」


 視線が、腰に下げた剣に向いている。

 独り立ちした時に父から譲られた名剣。


「あ? あぁ、まあこいつで成り上がった俺だからな」


 この剣のことだったか。あるいは剣の腕で成り上がった自分に、苦言を呈する部下を大事にしろというのか。


「そいつも、だな」


 再び扉に目をやり、笑った。


「親の言いつけだ。守っとけ」


 遺言のような。

 それが遺言になった。



  ※   ※   ※ 



 目を覚ます。

 三年前に父と最後に会話をした寝室ではない。エトセンのビムベルクが暮らす部屋で。


 色々後悔しているのだと自覚もあった。

 父のことではない。あれは天寿だったし、形ばかりは立派になった息子の姿を見せられたのだから。

 昨年の春に取り逃がした一件が、ここにきて重く圧し掛かってきている。



 あの時、ビムベルクは出来る限りのことをした。

 強大な力を持つ魔物と、それを従える清廊族の少女。

 放っておけるわけがない。見つけてしまった以上、どうにかしなければならなかった。


 父ならば、人々に危険を及ぼす可能性がある魔物をどうしただろうか。

 それと連れ添う清廊族の少女を。


 ビムベルクは父ではない。父とは違うが、人々の暮らしに対する責任はある。

 英雄と呼ばれるだけの力があるのだ。皆はビムベルクを頼みにして、その恩恵で自分の生活に困ったことはない。


 戦うのがビムベルクの役割だ。

 それでも妥協した。妥協して提案した。

 一番危険に感じた清廊族の少女をどうにか押さえたい。


 庇護する、などとは言えなかった。お互いの関係を鑑みれば、どの口でそう言えるのか。

 交渉は決裂して、お互いに痛みを負った。



 親だったのだと、後から思った。

 あの魔物は少女の親で、自分はそれを殺した。


 恨みからだろうか。

 トゴールトの異変にしろ、アトレ・ケノスを襲ったという魔物との混成部隊にしても。

 異常な力を得て戻って来たのは、苛烈な恨みを力に変えたのか。



「閣下、お目覚めですか?」

「あぁ」


 扉の向こうから声がかけられ、短く応じる。水差しと器を乗せた盆を持ってくるスーリリャの姿を見て、溜息を堪えた。


「待ってたのか?」

「夢見がよろしくないようでしたので」


 うなされていたのだろうか。心配して、ずっと戸の向こうでまっていたのかもしれない。

 水を受け取って口にして、喉がからからだったことに気がついた。


 スーリリャは特に何も言わず再び水を注ぎ、黙って待っている。

 今度は、溜息が漏れた。


「ちぃとな、大して働いてもいねえってのに疲れたわ」

「お疲れ様です。あまり気を張り過ぎませんように」


 スーリリャを初めて見たのは、まだビムベルクが駆け出しの頃だった。

 その頃と今と、彼女の見かけの年齢に大きな差は感じない。むしろ若く見えるのは、身なりをそれなりに整えているからか。




 冒険者ギルド。

 結局のところ腕っぷし自慢の何でも屋である冒険者というのは、ごろつきチンピラとの差が少ない。

 いろんな性格の人間もいるにしても、人間の半分以上は怠惰と欲で出来ている。


 荒事に不安を覚える者や、仕事などで護衛を頼みたい者。あるいは近隣の開拓村で起きている困りごと。

 解決するのに何でも屋を雇ったとして、それが新たな困りごとを呼び込みかねない。

 仕事を探す冒険者にしても、情報も何もなく仕事くれと言って回ることも非効率だし信用もなにもない。


 冒険者ギルドはそれらの仲介だ。酒場や宿も兼ねて大きな町にあることが多い。

 最初は小さな仕事を回されて、人格や腕を見定められる。


 信用を得れば大きな仕事も回してもらえるし、買える情報もより旨みのあるものが増える。どこそこで小競り合いが起きるから傭兵を募集しているが、どちら側は金欠だから空手形だとか。


 依頼する側にも利点はある。

 ギルドを通じて仕事を請けた冒険者が裏切りを働いた場合、他の冒険者に制裁を受けるのだから。

 面目を潰されたギルドからいくらか金も出るし、信頼を失って困るのは全ての冒険者になる。


 お互いに手間賃、手数料を払ったとしても、安定した職場環境というのは有用だ。




 酒場や宿を兼ねていると言った。

 荒くれものが集まるギルドに、娼婦や男娼が出入りすることも不思議はない。

 ギルド側から、雑用やら小間使いの奴隷を別の用途(・・・・)で貸し出すケースもあった。



 ビムベルクが拠点とした町のギルドにスーリリャがいた。

 奴隷として働かされ、時に冒険者に買われて。


 冒険者をやって十年も経った頃、ビムベルクに騎士団から声がかかった。エトセン騎士団に入団を、と。


 父に相談した。人生の転機で、判断材料がない。

 堅苦しいのは得意ではないとしても、待遇は魅力的だ。いつまでも冒険者稼業などやるものでもない。


 結局、父の勧めもあり入団を決めた。


 ギルドではビムベルクの立身を荒々しく祝われた。見知った冒険者やギルドの職員、町の者たちに。

 それまでの貢献もあり、何か記念にと言われて。



 ――スーリリャを。


 言われたスーリリャは驚いただろう。

 それまでビムベルクが彼女を求めたことはない。顔は見知っていても、一流の冒険者のビムベルクとの接点などなかった。

 頭抜けた力を持つビムベルクに言い寄る女は少なくなかったので、その辺は足りていたわけで用もない。


 祝いとは言われたものの安くはない金を置いて、スーリリャを身請けする。

 ただ、父の言いつけを思い出しただけ。それだけのこと。



 ――お前が勇者英雄様って呼ばれるんだったらよ。


 まだ独り立ちする少し前に、酔った父がぽつりと言ったことを。


 ――清廊族の女の一人くらい、助けてやってみろ。



 真意は知らない。

 酔いの醒めた父は、そんなこと言ったかと惚けたし。


 なんとなくそれを思い出して、いつも涙を堪える不幸な顔のスーリリャがそこにいた。

 他の誰かがいれば、そちらだったのかもしれない。

 偶々の気まぐれで拾っただけ。




「行かねえと、だな」

「はい」


 頭を下げるスーリリャの髪が流れ、首が覗く。

 よく見れば薄っすらと残る傷痕。隷従の呪枷を外して癒したのだが、微かにその痕が残ってしまっている。


「……?」

「ああ、いんや」

「傷のことなら気になさらないで下さい」


 スーリリャが微笑みながら自分の首に指を当てる。


「今は少しだけ、嬉しく思うんです」

「……」

「閣下と、私の、その……きずな、みたいで……」



 言ってから、赤らめた顔を慌てて横に振った。


「すみません、すみません。私ったら厚かましいことを」

「そんなこともねえよ」


 残された忌まわしい傷痕が絆とは、清廊族の感性がおかしいのかスーリリャが特殊なのか。

 苦笑いしたビムベルクに、スーリリャも笑顔を浮かべる。


 うまくやれている、か。


 父の言いつけを守って、うまくやれているのではないだろうか。

 どうしたら女を泣かせずに出来るかなど、あまり器用ではないビムベルクには難しいと思ったものだが。



「はぁ……」


 やれやれ、と。気鬱なせいで重たい体を伸ばした。


「仕方ねえ、行くか」

「はい」

「残っていたっていいんだぞ」

「閣下のお傍にいる方が好きです」


 そう言われて悪い気分ではない。

 気分が悪いのは、これから会う相手だ。



 ボルドが立ち会えばいいと思うのだが、死んだ騎士団員の家族の下に回ると留守をしている。

 自主謹慎はやめたものの、今度は溜まった仕事の中で嫌なことから片付けようと。

 感傷で物事を優先するような男ではないので、何か他の理由もあるのかもしれない。


 騎士団員の全員がエトセン出身なら良かったのだが、当然違う。

 周辺の村々や隣町まで回って、ボルドはまだ戻ってこない。そのせいでビムベルクがまた代行だ。


 領主ワットマが遠方からの珍客と会うのに立ち会う。



「お前にゃ嫌な相手だと思うんだがなぁ」


 公に、ではない。

 どちらかと言えば密かに。とは言っても内緒話をするわけでもないが、あまり表沙汰にしたくないこと。



「ミルガーハ家の人間なんざ、清廊族にしてみりゃ最悪の怨敵だぞ」


 スーリリャの表情が曇る。


 ミルガーハ。

 今はアトレ・ケノスを主要拠点として活動する、カナンラダ大陸最大の商人一族。


 現地民を〈影陋族(えいろうぞく)〉と名付け、奴隷として売りさばくことを最初に始めた者の末裔だ。



  ※   ※   ※ 



ミルガーハの名前は第1話に出ていました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ビムベルクはいい歳して随分青臭いっすねえ どうせ清廊族に敵対するしかできないくせにウダウダしやがって そういうの嫌いじゃないっすよぉ(ニチャア しかしスーリリャも一応不幸な過去があったん…
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