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戦禍の大地に咲く百華  作者: 大洲やっとこ
第一部 傷に芽吹く火種
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第14話 川を渡って



 清廊族は生来あまり戦いに向いた性分ではない。

 まして長く奴隷を……場合によっては生まれてからつい先日までずっと奴隷生活だった者もいる。


 戦うことを拒否するのではないかと思ったルゥナだったが、その考えは間違っていた。



「何か手伝わせて下さい」


 真っ先に申し出てきたのは、見た目はおとなしそうなトワだった。

 その左右には彼女の姉妹のような少女たちもいる。

 決意を固めた瞳で。


「……貴女には、最初から言うつもりでしたが」


 ルゥナの言葉に、少女の瞳が見開かれる。

 何かを期待するように。


(何を期待しているんでしょうか)


 期待されている言葉が何なのかはわからないが、前向きな様子に見えた。



「トワ、と……貴女達は」

「ニーレだよ。これを、あの家で見つけてきた」


 青みがかった髪を後ろに一つに束ねた少女はニーレと名乗り、民家にあったらしい弓を手にしている。

 矢筒もあったようだ。おそらく猟師の家だったのだろう。


「使ったことが?」

「まともには、ない」


 首を振る。嘘を吐かれるよりいい。

 そう言う割には、弓を持つ姿が様になっているようにも感じる。


「私らが武器を持つのは許されてなかったけど、下働きで手入れとかはしていた。その時に練習してみたけど、実際に使ったことは……」

「いいでしょう。手入れが出来るのなら使い道があると思います」


 弓の名手ではないが、名手とて最初は初心者なのだから。

 修練を積み、熟達していけばいい。

 やるという意志があることが上達の第一歩だと考えた。



「わ、私もです。ユウラです」


 薄茶色の髪が明るい印象を受ける。ふわふわとした細い髪に、淡い赤茶色の瞳。

 戦えそうな雰囲気には見えないが。


「……」

「私、生き物の気配とかすごくよくわかるから、役に立てると思うんです」


「本当です、ルゥナ様」


 別に疑っているつもりはなかったが、ユウラの言葉をトワが後押しした。


「ユウラは人間が近づいてくるのを遠くからでもわかりますし、それと……ユウラに歌ってもらうと元気になるんです」


 考えながら、どうにかルゥナたちの役に立てそうな技能を挙げようとするが、取り留めのない印象が拭えない。



「……まあ、いいのですが」


 挙げられる特技はそのくらいなのか。

 体力に秀でているとは思えないが、やる気があるのなら鍛えられる。


「気配に鋭敏というのは助かりますから」

「はいっ」


 眠っている時のアヴィの危険を減らす為にはいいかもしれない。

 敵の存在を出来るだけ遠くから感知できれば、当然有利になる。



「あの、私は……あの……」

「……」


 トワも何か自分を売り込みたいのか、ルゥナの顔を見て何か言おうとするが、思い当たらなかったのか言葉が出てこない。

 黙り込み、俯いて。



「……貴女が強くなりたいと望むなら、なれます」


 ルゥナにも出来た。

 ミアデもセサーカも、短期間で人間の戦士と戦うだけの基礎的な力がついた。

 望むのなら、トワがそう望むのなら、戦う力を与えることは出来る。



(おそらくこの子は既に……)


 ルゥナはトワに口づけする前にアヴィを味わっていった。

 おそらく既に、人間を狩ることで力を得る能力は伝わっていると思うが。


「アヴィに口づけをいただきなさい」


 それでも絶対ではない。


 別に減るものでは――減るけれど、ルゥナの心の中の温かさは減るけれど、それはルゥナの問題だ。


 余裕がある間にアヴィの接吻(キス)をもらって、彼女の特異な力を分け与えてもらった方がいい。

 そうしていく中に、清廊族の英雄や勇者と成り得る者が出てくることを期待する。



「え……?」


 トワが、ルゥナ見つめて瞬きを繰り返す。

 何を言われたのかわからない、と。


「あ、アヴィ様と、ですか?」

「そうです、ユウラ」

「なんで……」


 ニーレも意味が分からないというように聞いてくる。それが普通の反応だろう。



「アヴィと口づけすることで、貴女達にも力が与えられます。人間を狩ることで力を……人間どもが無色のエネルギーと呼ぶ力を、人間の命から得ることが出来る」


 説明が必要ならする。

 そうやって説明しながら、ルゥナも自分の心を整理できた。

 愛情やそういうことではなく、戦う上で必要なこととしてそうするのだと。



「魔物を狩る、みたいに?」

「ニーレの言う通りです。私もまだ理解しきれていませんが、どうやら魔物を狩った時に得られる力も増しているようです」


 特異な力。

 強さを増すことに時間のかかる清廊族という常識を覆す。

 また、仇敵である人間を殺すことでも強くなっていけるという、とても有用な力だ。


「アヴィは私たちの宝で、私たちの女王です。彼女を守りぬくことが清廊族の勝利につながります」

「……」


 トワ以外の二人が頷くが、トワだけはルゥナの瞳を見つめるだけだ。


「……トワ」

「……」


 吸い込まれてしまいそうな、という表現に相応しい瞳。

 ルゥナでもつい見惚れるほど。

 その美しさが危うく思えるところもある。



「わかりますか?」


 しゃらりと音を立てそうな銀糸の髪にも、その灰色の瞳にも、どこか神秘性を感じさせた。

 月明かりのような少女だと思う。

 美しく、儚い。



「……はい、わかります。わかりました、ルゥナ様」


 何を思っていたのかルゥナにはわからなかったが、トワはそう言うと微笑んでルゥナに抱き着いてきた。


「……?」


 好かれているのだとは思うのだが、どうしたものか。


「わかりました」

「そう、ですか?」


 耳元で囁かれた声は、綺麗な鈴の音のように響く。


「あの……お願いをしても、いいですか?」

「何か?」


 役に立ちたいと言い出したのはトワの方だったのに、ルゥナに要求を出していく。


 聞くだけなら聞いてみてもいい。

 そう思ったのは間違いだったかもしれない。


「アヴィ様の後で、もう一度……口づけをしてもらえたら」

「……」



 綺麗な子だと思う。

 悪い印象があるわけではないし、最初に無理やりのような口づけをしたのはルゥナの方だ。罪悪感もないでもない。


 それに協力してくれる気持ちを無下にもしたくない。

 今は戦力が増えるのならそれがほしい。アヴィの状態が万全ではない以上。



「……いずれ」


 問題を先送りすることにした。


「貴女が、十分な働きをしたら……ということでは?」


 餌として。

 自分の何かを餌として、彼女の前に吊ってみる。


「はいっ! もちろんです!」


 やる気が溢れ出すような笑顔が返ってきて、ルゥナの心に一抹の不安を残すのだった。

 


  ※   ※   ※ 




 荷車を使うことにはあまり賛成ではなかったが、大所帯の移動の為に必要なのは仕方がない。

 (わだち)が残る。


 まずその問題をどうするかということで、とりあえず考えたのは、荷車を持ち上げて運ぶという矛盾。


 ルゥナが一台、アヴィが二台、ミアデとセサーカが一緒に一台。

 村に残っていた荷車の中、状態が良い物を選んで担いだ。



「アヴィ、大丈夫ですか?」

「重心が、難しいわ」


 右手と左手に掲げた荷車について、重さではなくその均衡の取りづらさを挙げた。

 ルゥナも一台持ち上げているが、空の荷車であれば重量の問題はない。

 本当に持っていきたい荷物については、今は全員で分担して運んでいる。



「大丈夫ですか?」

「辛かったら言って」


 ユウラとニーレが気にしているのは、牧場から一緒に逃げてきた女性。


 言い出さないのでわからなかったが、お腹に子供がいるのだと。

 言われてみれば確かにそれらしい体つきになっているが、ゆったりとした服でわからなかった。


「うん、大丈夫……平気よ」


 赤子以上に気を遣う存在だ。

 他に一緒に戦うと申し出た男たちには、身重の彼女や幼児、赤子の保護をするように頼んでいる。


 そうした役割も必要だと思ったことと、清廊族とはいえ男にアヴィの体液を分けたくなかったという気持ちもある。

 いずれそんな選り好みはしていられなくなるかもしれないが、今はまだ。


「もうすぐです」


 ルゥナが目指していたのは、川だった。




 状況が変わった。


 元々のルゥナの算段では、彼らを山越えルートで北方に逃がしつつ、自分たちは少人数で西部に向かうつもりだった。

 人間の追手は、解放された奴隷たちの足取りに北へ向かうはず。


 西部に向かう途中で敵に見つかったとしても、英雄級の力を有するアヴィがいれば十分に突破できるという目算もあったのだが。

 その状況が変わってしまった今では、アヴィにこれ以上の危険な道を歩ませるわけにはいかない。


 表向きは清廊族の為に。

 内実は、ルゥナがアヴィを失いたくないから。



 状況が変わったのならそれに応じて迅速に判断しなければならない。

 全員で山を越える。

 人間にとっては()()()()()環境だが、清廊族には()()()環境というほど。


 不十分な装備で向かうことに不安はあるが、何も最高峰を目指すわけではない。

 出来るだけ標高の低い場所を進んで北に向かう。季節は春から夏に向かう時期だ。


 気温や天候以外の問題もある。生息する魔物の群れや種類。

 これはアヴィやルゥナの力があればほとんど片付くだろう。

 他の者が少しずつでも力を得るのにも、適度になら出てほしいと思うくらいだ。


 人間でも、無理に山越えを試みて、おそらく越えられないことはないと思う。

 だが、強行すれば犠牲を伴うし、抜けた先は清廊族の領域になる。

 補給の目途も何もなしに山脈越えなどという作戦を立てる者はいなかった。


 腕に覚えのある冒険者が山に入り、無理のない範囲で珍しい魔物を狩ったりすることはあったようだが、労力の割に利益にならないので今ではほとんどいない。

 ルゥナたちは、その山を越えて清廊族の里に辿り着くことが最初の目的なのだから、困難だとはいえ他の道より意味があるように思えた。

 



「ここで……トワ、私にそれを」


 川のほとりで荷車を一度下ろして、トワが持っていた杖を受け取る。

 セサーカが荷車を運ぶのに手が塞がってしまうので、トワに渡していた。


 魔術杖に力を込めて。


「真白き清廊より、来たれ絶禍の凍嵐」


 猛烈な氷雪の嵐を、川の流れに集中させた。


 昨日の雨のせいか水かさが多く流れが強い。

 完全に凍らせるまで、少し時間がかかりすぎた。


「う……は、ぁ」


 眩暈を感じて杖で体を支える。


 魔法を使うと体力が減るのはわかるが、体力が減っていくのを実感するということもなかなかない。全力疾走をしている時の足の疲れのように、魔法を使い続けられる限界が体感でわかる。

 限界に近いところまで魔法を使い、一気に体が重くなった。


「ルゥナ様」

「大丈夫、です」


 密着して支えてくるトワに強がりを言って、川を見る。

 流れを完全に堰き止めたせいで、上流からの水が両岸に溢れていた。


「今のうちに渡りましょう」


 氷が濡れると滑りやすい。早く渡ってしまう必要があった。



 ルゥナが持っていた荷車はアヴィが引き継いだ。

 二台の荷車の上にもう一台を乗せて。両手を広げた姿で曲芸師のように凍った川の上を歩いていく。


「重心を取るの、難しいわ」


 言葉とは裏腹に楽々とやっているように見える。

 それを見た皆が驚きと感嘆の声を上げて、表情が明るくなっていった。

 アヴィも彼女なりに気を遣っているのか。



 他の者も皆で川を渡り、川辺からだいぶ森に入ったところで集まらせた。


「じゃ、壊す」


 アヴィはそう言うと、皆で使い回している木の魔術杖を構えた。


「……うん。極光の斑列(ふれつ)より、鳴れ星振(ほしふり)響叉(きょうさ)


 一瞬考えるように宙に目線を泳がせた後に詠唱を謳い上げる。

 ルゥナも初めて聞く魔法だが、空から鳴り響いた星の声の童話の一節のようだった。


 特に何か目に見えるものはなかったが、凍り付いた川にぴしりと音が響いたかと思うと、次の瞬間には粉々に砕け散った。


「……できたわ」


 ちらりとルゥナに目を向けたのは、褒めてほしいのだろうか。

 実際、見事なものだと思うのでもちろん称えたい。



「すっごいですアヴィ様」

「どうやったんですか? 私にも教えて下さい」

「……」


 ルゥナの前にミアデとセサーカが入ってしまったので、言葉はかけそびれた。


(力の多くを失ったとは思えないですね)


 じゃれついてくる少女らを、困ったようにふいっと袖にして去っていくアヴィ。

 川の周りは水浸しだ。しばらく堰き止めて溢れていたのだから。


 これでまた足跡も紛れる。

 渡河するには川幅も広いし流れも強い。追手がかかっても対岸にいる可能性は低いと考えるだろう。


 川から少し離れた場所から荷車を使えば、轍も誤魔化せる。

 妊婦を荷車に乗せて、なるべく負担がかからないよう多くの布も集落から持ち出してきた。


 塩や持ち運びしやすい食料と、武器になりそうなものなども。

 ここからは荷車で運んでいける。


(これで追手を撒ければいいですが)


 時間を稼ぎたい。

 とりあえず今はまだ戦える状態ではない。


 森に生息する魔物なども狩りながら進むことにしているが、トワたちにそれが出来るかを考えると、まだルゥナの溜息は尽きなかった。



  ※   ※   ※ 



 力が強い。


 彼女は魔法使いなのに、こんなに腕力があったのだろうか。

 斥候を主に務めていたイリアも別に筋力自慢ではないけれど、それでも魔法使いよりはかなり強いはずだったが。


(こんな、軽々と)


 軽々と担ぎ上げられて、尻を打たれる。



「くぅっ! ふぁ……はぅっ! ご、ごめ、な……あうぅぅっ!」

「反省なさいと言っていますのに、何を喜んでいますの?」

「あぁっ! ごめ、ごめんなさい……だって、だって……」



 特に大した理由はなかったのだと思う。

 ほんの少しイリアがマルセナの意にそぐわぬことを言ってしまっただけ。


 きっかけは些細なことだったとしても、他の苛立ちも溜まっていたのだろう。思い出したようにそれがイリアにぶつけられる。



「だって、なんです? わたくしに意見がありまして?」

「ちがっあぁっ! ん……うれ、うれしくて……」


「……」


 呆れたような沈黙の後、どさりと落とされる。

 片手で腰を抱えて吊り下げられた状態から、床に。


「貴女……」

「マルセナの……マルセナの役に、立てるなら……マルセナの気が済むなら、私に出来ることは、なんでも……」


 縋りつく。

 誰がどう見ても惨めな恰好だろうが、関係ない。

 今までイリアがマルセナのことを蔑んできた罪を思えば、痛みや屈辱など何でもない。


 それとは別の歪んだ悦びを覚えてしまう自分には、やはり恥じるところもあるけれど。



「……どうかしてますわ」

「好きなの。愛しているから……」


 何度となく、届かない言葉を紡ぐ。

 深く傷ついて荒れているマルセナの心に、少しでも安らぎを。


「気色悪い、ですわ」

「ごめ……んなさい」

「……本当に、調子が狂いますわね」


 ふう、と寝台にしている台に腰を下ろして、ついと足が突き出される。

 小さな指が並んだ足が。


「は、む……」


 顔の前に突き出されたということは、触れてもいいのだろうと判断した。


「ん……」


 許可するように小さく吐息を漏らして、マルセナは窓の外を眺めた。

 木製の小さな窓は、雨が上がったので開けられている。

 曇り空の隙間から日が差していた。



「いい加減、ここを出ましょうか」

「は……う……」


 イリアとすれば、ずっとこのままでもよかったのだけれど。


「ここは、なんだか……調子が狂いますわ」



  ※   ※   ※ 

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