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戦禍の大地に咲く百華  作者: 大洲やっとこ
第三部 沈む沼。溢れる湖
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第141話 繋ぐ想い



「馬鹿者が」


 泣いているのではないか。

 泣かせているではないか。

 お前が、こんな悲しい音で、喉を枯らして叫び続けて。


 身を削り、命を削って放つ矢に、何の意味がある。

 飛行船に届いたとて、それは力を持たずただこつんと当たるだけ。冥銀で覆われたあれには痛痒もないだろう。


 ニーレが泣き、ニーレの大事な者を泣かせて。

 それで無意味な有様では、どこまでも救いがない。



「ちっ、ニーレ!」


 狂乱しているニーレには周りが見えていない。

 明らかに暴走していて乱れるように矢を放っているが、既にあれは体力の限界をとうに超えている。その頭上に敵の姿が。


 隙だらけだった。


「ええい! 天嶮より――」


 走りながら魔法を唱える。集中力は損なわれるが、今のニーレよりはずっとマシだ。


「くだ……?」


 途中で止めた。思わず言葉を失った。

 ニーレを襲おうとした蝙蝠男を、後ろから飛び込んできた人間の服を着た女が掴み、大地に転がす。



「オルガーラか!」

「うぁぁ!」


 吠えたのは、メメトハは一瞬目を疑ったが、間違いなくオルガーラだ。


「びゅっ」


 地面に転がした敵を踏みつけて跳躍。また別の敵に掴みかかり、空中でその首を捥ぎ取った。


「らぁぁ!」


 獣のような戦い方を。



「何をやっておるのじゃ、あやつは」


 人間の服を着て、あんな戦い方で。

 顔は、メメトハの記憶にあるオルガーラに間違いないのだが。


 そういえば、カチナがオルガーラの指導をしている時に言っていた。

 オルガーラに剣の才能はない。戦いのセンスが絶望的だとか。力は並外れたものがあるのに。


 だから違う戦法を教えたという話だったが、それとて敵に噛みつき捥ぎ取るような話ではない。



 しかし、助かった。

 空を飛ぶ敵は俊敏だが、数は多くない。

 メメトハもいくつか片付けたし、オルガーラもニーレを守って倒してくれて。残りは他の戦士たちが相手をしている。



「おぉぉ!」


 次に響いた雄叫びはニーレのもの。

 近付く敵がいなくなったことを知ってか、渾身の力を込めて矢を放った。



 ひゅうっ!


 今までにない勢いで打ち出される氷の矢。

 ニーレの悲しみと怒りを乗せて、一直線に空に浮かぶ飛行船に向かう。


 メメトハの瞳もそれを追う。これならいけるか。

 鋭く風を切る矢が十分な威力を保って飛行船に近付いたところで。飛行船から放たれた何かがその氷の矢を払った。


 もう少しでというところで砕け散る氷の矢。



「おのれぇぇ!」


 続けて放つニーレだが、駄目だ。

 ここから、たとえアヴィが全力の投擲で投げたとしても、敵にはその軌道を見切る余裕がある。


 あれに乗っている敵も普通の腕ではないだろう。ダァバが乗っているというのだったか。

 それではとても、この遠距離で有効な攻撃手段などなり得ない。



「やめんか馬鹿者!」

「だま、れぇ!」


 ようやくニーレの下に辿り着いたメメトハが一喝したが、ニーレの狂気は消えない。


「お前の……あいつらのせいでユウラが」

「っ……」


 息を飲む。



 今ニーレは、メメトハのせい、と言いかけなかったか。

 その通りだ。否定など出来ない。


 思わず口を噤んでしまい、舌打ち混じりにまたニーレが矢をつがえた。

 その顔は、もう白いというのを過ぎて暗い。どれだけ無茶を続けているか知れる。


 これではほどなくニーレが死んでしまう。

 力づくでも止めなければならない。どれだけ恨まれても。



 しかし。

 あの飛行船は落とす。ダァバは殺す。人間は皆殺しだ。

 その気持ちはメメトハも変わらない。出来るというのならそうしたいし、少しでも高度が下がっている今が好機だとも言える。


 もう一手……いや、二手、三手。足りない。どうすればいいのか。

 近付いてくる飛行船と消費されるニーレの命に、苛立ちと焦燥ばかりが心を占めていった。



  ※   ※   ※ 



「メメトハ! 無事でしたか!」


 オルガーラに遅れてルゥナが走ってきた。


「すまぬ、ルゥナ」


 無事かと訊かれて、どんな顔をすればいいのか。

 ユウラを死なせたこともある。そして。



「清廊族全ての命を材料に一時的に戻っただけじゃ。ヌカサジュの主の約定は変わらぬ」


 苦い顔のメメトハにルゥナは一瞬だけ言い淀むが、


「全て……あの飛行船を落とせばその約定を果たせるのですね」


 少しでも状況を良い方向に考えようと。



 ユウラのことで、これ以上親しい者を失いたくないと、気持ちばかりが先走っているのではないか。

 届かぬ目標を目指して進み、さらに被害を広げるようなことになるのでは。


「ああ、じゃが……」


 ニーレが再び放つ矢も、飛行船の敵は見飽きたというように打ち払われた。


 吠えるニーレだが状況は悪くなるばかり。

 やはりメメトハは湖に身を捧げ、彼女らはすぐに退くべきかもしれない。



「あれには……ダァバが乗っておると」

「ダァバのことなら既に撃退しました。あれには乗っていないでしょう」

「なんじゃと?」


 仰天するメメトハに、ルゥナは申し訳なさそうに首を振る。


「取り逃がして……いえ、アヴィとエシュメノも限界でした。ダァバの方が退いてくれなければ誰かが……」

「……そうか」


 先に人間の軍隊とも戦っていたはずだ。

 その上でダァバの襲撃を受け、それを退けた。


 討ち取れなかったことを責めるつもりはない。その場にいなかったメメトハとしては痛恨の極みでもある。



「とにかくあの飛行船じゃが……ニーレ、やめんか!」

「うるさい!」


 無意味に撃ち続けるニーレを叱責するが、強い拒絶が返された。


 無理もない。無理もないが、これ以上は本当に無理だ。

 まだ続けるというのなら仕方ない。意識を奪ってでも逃がすことを考えよう。



「最初より落ちてきておるが、あれではまだ届かぬ」

「穴……ウヤルカたちが、あれを」


 ルゥナも目を凝らして、飛行船が何かを噴出している様を確認する。


 ユキリンに騎乗するウヤルカであれば、確かに飛行船に届くかもしれない。

 だが、その飛行船にも敵はいる。今もニーレの矢を迎撃しているのだ。

 いくらウヤルカでも、単騎であれに近付いたのでは……



「ウヤルカは……まさかウヤルカまで?」


 嫌なことを考えてしまった。

 そうだ、空中戦だというのにウヤルカとユキリンの姿がないのはどうして。



「いえ、ウヤルカはひどい傷を……」

「ルゥナ様、ウチは平気じゃ!」


 言いかけたルゥナの後を追うように、やや太い声が届けられた。

 振り返ったルゥナが、空を駆けてくる女丈夫に小さく息を漏らす。



「こんな……貴女はまだ傷も塞がっていないでしょう!」

「血ぃは止めたけぇ平気じゃ! ユキリンに乗せりゃあニーレの矢も届くじゃろ」

「……」


 応急的に血を止めただけなのか、いつも手にしている鉤薙刀は持っていない。

 ユキリンの騎手として、ニーレを空に届けると。


「それでいい! 頼む!」


 即座に応じるニーレだが、あまりに短絡的すぎる。



「考えの足りん奴じゃ」


 ウヤルカがニーレを拾いに降りてくるのを見ながら、ルゥナは沈黙を、メメトハは叱責を。


 その程度のこと、ルゥナが考えなかったわけがない。

 足りないのだ。それではまだ。


 飛行船は冥銀で覆われている。あれは魔法の力を受け流しやすいし、そもそも強度だってそれなりにある。

 氷の矢とてその力を減衰させられ、あれを撃ち抜くことなど不可能だろう。


 矢を打ち払っている敵もいる。距離が半分ほど縮まったところで、迎撃不可能だとは思えない。


 それでも飛行船を落とす方法があるとするなら――



「……ユウラのおかげ、じゃな」

「メメトハ?」


 足りない手が、埋まった。

 ここに手札が揃ったのも不可思議なもの。それらを繋ぐものが生まれたことも。


 その為に失われた命を思えば喜ぶべきではない。けれど、ユウラの死を儚んで為すべきことを放棄するのでは、死んだユウラに面目も立たない。




「オルガーラ! 馬鹿は終いじゃ!」


 まだ息があった人間を踏み潰して殺していたオルガーラに怒鳴る。


「あー? なんでここにメメトハさまぁ?」


 人間どもの血に汚れ、何かに酔っているのか胡乱な目でメメトハを見た。

 記憶にある彼女とは大きく異なるが、それは後回しだ。



「妾と共に、ええいっ! あの雪鱗舞まで跳べ!」

「うぁ? あー、弓使いぃ」


 既に地上から離れつつあったユキリンに飛び乗るように指示する。

 オルガーラに抱えられ、メメトハも共に。



「ルゥナ、待っておれ!」


 ここまで何も出来なかったメメトハが、この最後の一手は担うと頷いた。


「……頼みます!」

「っ!」


 ルゥナに返事をする間もなく、凄まじい加速と共に空に引っ張り上げられる。

 眩暈がするほどの加速を感じたかと思えば、次は何かふわっと臓腑が浮くようなあやふやな感覚。



「ってぇ多すぎじゃけぇ!」

「弓使いはボクが守るのぉ」


 ウヤルカとオルガーラの会話が噛み合っているのかどうか怪しいが。

 だが場所はちょうどいい。


 ウヤルカはユキリンを操る為に前。

 その後ろの羽の邪魔にならない所に跨るニーレと、さらに後ろに掴まった。



「ウヤルカ! 揺れぬよう頼むのじゃ!」

「これじゃ大して上までいけん!」

「不要じゃ!」


 地上から撃つよりは十分に近い。

 そもそも、地上からでもニーレの矢は届いていた。有効打ではなかったにせよ。



「オルガーラ、ニーレの背中を抱け!」

「メメトハさまの命令ならやるけどぉ」


 多少なり面識があってよかった。オルガーラの様子は明らかにおかしいが、メメトハのことはちゃんとわかっている。



「メメトハ、私の邪魔をするな!」

(たわ)けた物言いもいい加減にせよ! ニーレ‼」


 一喝する。



「あれがユウラの仇じゃと言うなら、おぬしこそ邪魔をするでないわ! あれに乗っている人間どもを殺す邪魔をするでない!」

「……」


 悲しみ、狂う気持ちもわかる。

 だが、己だけがそうだと決めつけて、目的を見失うのでは意味がない。



「恨み言も責め苦も後でいくらでも聞いてやろう。じゃが今は、あのクソ虫どもを殺すのがおぬしの役目であろうが!」

「……あぁ」


 出来ないことを、出来ないなりに全力を尽くした。そんな体裁はいらない。

 何をどうしてでも果たすべきこと。

 それを全うする。



「うー?」

「ここらが限界じゃけぇ」


 飛行船から投げられた槍を躱しながらウヤルカが告げた。

 これ以上上昇すれば、この人数ではバランスが保てない。ユキリンもかなり疲れているようだ。



「ああ、ニーレ……ただ一度で構わぬ。目を閉じて、思い切り引き絞れ」

「……」

「もう少し上じゃ」


 メメトハも、オルガーラの背中からニーレの腹に手を伸ばす。

 オルガーラを間に挟み、ニーレの体まで密着するように。


 血で汚れたオルガーラの悪臭だとか、慣れないユキリンに跨ることへの恐怖だとか。そういったものを一切忘れて。目を閉じた。



 感じる。

 氷弓皎冽に宿る共感の力が、ニーレの手から、オルガーラを通してメメトハまで繋がるのを。


 個々の力が一つに繋がっていく。



 伝えたいと思う気持ちが誰より強い少女だった。

 メメトハとは性格が大きく違っていて、だからメメトハには真似できない。


 誰かへの想いを伝えたい。誰かから想いを伝えてほしい。優しい繋がりを求めたユウラの心を感じる。



「……こんな優しい心を」


 全てを伝える。

 メメトハの中にあるものと、間にある氷乙女のもの。それら全てを繋がる先へと。


「いつまでも泣かせるでないわ」



 ――ニーレちゃん、大好き。


 聞いていたはずだろうに。



「馬鹿者が」



  ※   ※   ※ 


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