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戦禍の大地に咲く百華  作者: 大洲やっとこ
第三部 沈む沼。溢れる湖
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第134話 壊れた刃



 震動が響き、目が覚めた。

 眠ってしまっていたのか。


 薬を吸い込んだことと、潜入作戦での疲労もあったとは思う。

 魔法も使った。セサーカほど得意ではないが、トワも魔法は使える。

 戦士たちの前に解放したサジュの住民に手本を示す為に、何度か氷雪の魔法を。


 セサーカと同じようにやっても威力は半分程度。得意不得意の差は顕著に表れる。

 それでも半分程度なら十分。


 ミアデやネネランが使っても周りがひんやりする程度。

 エシュメノやウヤルカに至っては、ぶしゅっと魔術杖から申し訳程度の涼しい風が一瞬出るだけ。


 セサーカやメメトハに比肩する威力で魔法を使い、尚且つ肉弾戦等も得意なルゥナが特殊なのだ。アヴィに至っては常軌を外れている。



「……何の音?」


 町に響く振動を感じて、まだ少し重い体を起こそうとした。

 そして気付く。重いのは腿の上に乗っている氷乙女のせいでもあったと。


「う、あ……」


 着るものがないので素のまま。トワと同じくらいの小柄な体。

 戦う力ならトワよりも格段に上。

 けれど心は、トワよりも圧倒的に弱い。脆い。



「オルガーラ、どいて下さい」


 町を揺らした震動はただ事ではない。少なくともルゥナの作戦では聞いていないこと。


 先日、溜腑峠での戦いでも大地を揺らす衝撃があった。

 何かルゥナ達に予測を上回る事態が迫っているのではないか。


 今更ながらに不安がトワの頭を支配して、やや乱雑にオルガーラの体を床に捨てる。



「たっ、んぅ……ぁ、トワさま……?」


 こんなもの戦い以外にはどうでもいい。

 トワの不足を補う道具という以上の価値はない。


「……」


 呻く彼女を無視して、部屋を出てすぐ近くの梯子を登る。

 ここは日差し塔。上には町の周囲を見渡せる場所があった。




「あれは……東門が、崩れた?」


 東大門辺りにもうもうと土煙が立ち込め、火の手も上がっている。

 火の手……ラッケルタの火閃ではなさそうだ。

 かなり広範囲に渡り破壊されたような様子に見えた。


 その向こうの空に黒い塊が浮かんでいる。

 門からだいぶ東に過ぎているようで、引き返そうとしているのかその体はやや右に傾いていた。


 あれが町の一角を吹き飛ばすような魔法を放ったのだろう。

 空を飛ぶ黒い巨体。正体不明の魔物ということだったが、見掛け倒しではなく相応の力を持っているということか。


 動きは緩い。

 のだと思う。遠すぎてよくわからないが。



「トワさま、トワさまぁ」

「静かにしてくださいオルガーラ」


 下からトワを求める声に冷たく応じて、唇を噛む。

 休んでいる場合ではない。すぐにルゥナの下に戻らなければ。


「いえ、オルガーラ。すぐに登ってきて下さい」

「トワさまぁ!」


 他に言葉はないのか。

 甘えた声を上げて梯子を登ってくるそれに、苛立ちを募らせた。



 壊れている。

 人間の責め苦に耐え兼ね、心が潰れてしまっていた。


 刷り込みは成功したようだが、変に慕われるのも鬱陶しい。ルゥナに見られたらどう思われるか。トワがやったことだが、少しだけ不安になった。

 使える道具であることも間違いはない。


「トワさま?」


 登って来たオルガーラを見ながら若干考えてしまった。ルゥナの目が気にならないでもない。


「ルゥナ様が……清廊族の戦士が戦っています」


 視線を気にするしないというのも、全てルゥナが無事であってからの話だ。

 言い訳ならいくらでも出来る。生きていてくれるのなら。

 それに――


(ルゥナ様も、いずれこれくらい……もっと素直にさせられたら)


 欲望も増す。



 東に視線を向けたオルガーラの手が、拳を作りかけて震えた。


「たた、か……」

「怯えることは許しませんよ」


 何のために助けたと思っているのか。戦わないのなら無価値も同じ。


 ティアッテに甘くしたのは、あれの中にトワと似た気質を見たから。

 オルガーラはそうではないし、既にもうトワの手中に落ちている。今更甘い蜜など垂らしてやらない。


 ほしいのなら戦え。トワの為に。



「る……皆を助ける為に戦いなさい、オルガーラ」

「トワさま……ボク、は……」

「皆を」


 餌は必要だろう。

 トワの身は良い餌になる。

 人間どもの目を引くのにも、壊れた女を戦いに狩りだすにも。


「皆を助けたら、一緒の時間を作ってあげますから」

「あ……」

「人間を皆殺しにして、それからお話を。ゆっくりと、です」


 ほわぁとオルガーラの頬が朱に染まる。



「ゆっく、りぃ……ふぇ」


 絶望の底から拾われ、情けない姿をさらして。

 人間に対して詫びと慈悲を請う氷乙女の言葉は、清廊族の誰にも聞かせられない。

 許されない。


 許しを与えたトワが清廊族だとわかって、オルガーラの心は溶けてしまった。

 許される。許される。トワになら全てを許してもらえる。だって清廊族の仲間なのだから恥じることはない。



「……うん、ボクがみんなまもる。だから」

「善い子ですね、オルガーラ」


 トワに促されて、オルガーラがトワの体を抱き上げた。

 身体能力が極めて高い。氷乙女なのだから当然。


「行きなさい、オルガーラ」

「はい、トワさま!」


 日差し塔から身を躍らせた。


 ぴょんぴょんっと、小柄とはいえトワを抱えて何の問題もないのか、建物の縁や屋根を足場に下まで飛び降りて駆ける。

 トワが普通に走るよりも速い。



 日差し塔はサジュの町の中央にあった。

 サジュの町は、町の中だけで普通に歩いて半日ほどの広さがある。


 東門に向けて疾走するオルガーラ。

 せっかく助けたのだからこの程度の役には立ってもらわなければ。



  ※   ※   ※ 

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