第134話 壊れた刃
震動が響き、目が覚めた。
眠ってしまっていたのか。
薬を吸い込んだことと、潜入作戦での疲労もあったとは思う。
魔法も使った。セサーカほど得意ではないが、トワも魔法は使える。
戦士たちの前に解放したサジュの住民に手本を示す為に、何度か氷雪の魔法を。
セサーカと同じようにやっても威力は半分程度。得意不得意の差は顕著に表れる。
それでも半分程度なら十分。
ミアデやネネランが使っても周りがひんやりする程度。
エシュメノやウヤルカに至っては、ぶしゅっと魔術杖から申し訳程度の涼しい風が一瞬出るだけ。
セサーカやメメトハに比肩する威力で魔法を使い、尚且つ肉弾戦等も得意なルゥナが特殊なのだ。アヴィに至っては常軌を外れている。
「……何の音?」
町に響く振動を感じて、まだ少し重い体を起こそうとした。
そして気付く。重いのは腿の上に乗っている氷乙女のせいでもあったと。
「う、あ……」
着るものがないので素のまま。トワと同じくらいの小柄な体。
戦う力ならトワよりも格段に上。
けれど心は、トワよりも圧倒的に弱い。脆い。
「オルガーラ、どいて下さい」
町を揺らした震動はただ事ではない。少なくともルゥナの作戦では聞いていないこと。
先日、溜腑峠での戦いでも大地を揺らす衝撃があった。
何かルゥナ達に予測を上回る事態が迫っているのではないか。
今更ながらに不安がトワの頭を支配して、やや乱雑にオルガーラの体を床に捨てる。
「たっ、んぅ……ぁ、トワさま……?」
こんなもの戦い以外にはどうでもいい。
トワの不足を補う道具という以上の価値はない。
「……」
呻く彼女を無視して、部屋を出てすぐ近くの梯子を登る。
ここは日差し塔。上には町の周囲を見渡せる場所があった。
「あれは……東門が、崩れた?」
東大門辺りにもうもうと土煙が立ち込め、火の手も上がっている。
火の手……ラッケルタの火閃ではなさそうだ。
かなり広範囲に渡り破壊されたような様子に見えた。
その向こうの空に黒い塊が浮かんでいる。
門からだいぶ東に過ぎているようで、引き返そうとしているのかその体はやや右に傾いていた。
あれが町の一角を吹き飛ばすような魔法を放ったのだろう。
空を飛ぶ黒い巨体。正体不明の魔物ということだったが、見掛け倒しではなく相応の力を持っているということか。
動きは緩い。
のだと思う。遠すぎてよくわからないが。
「トワさま、トワさまぁ」
「静かにしてくださいオルガーラ」
下からトワを求める声に冷たく応じて、唇を噛む。
休んでいる場合ではない。すぐにルゥナの下に戻らなければ。
「いえ、オルガーラ。すぐに登ってきて下さい」
「トワさまぁ!」
他に言葉はないのか。
甘えた声を上げて梯子を登ってくるそれに、苛立ちを募らせた。
壊れている。
人間の責め苦に耐え兼ね、心が潰れてしまっていた。
刷り込みは成功したようだが、変に慕われるのも鬱陶しい。ルゥナに見られたらどう思われるか。トワがやったことだが、少しだけ不安になった。
使える道具であることも間違いはない。
「トワさま?」
登って来たオルガーラを見ながら若干考えてしまった。ルゥナの目が気にならないでもない。
「ルゥナ様が……清廊族の戦士が戦っています」
視線を気にするしないというのも、全てルゥナが無事であってからの話だ。
言い訳ならいくらでも出来る。生きていてくれるのなら。
それに――
(ルゥナ様も、いずれこれくらい……もっと素直にさせられたら)
欲望も増す。
東に視線を向けたオルガーラの手が、拳を作りかけて震えた。
「たた、か……」
「怯えることは許しませんよ」
何のために助けたと思っているのか。戦わないのなら無価値も同じ。
ティアッテに甘くしたのは、あれの中にトワと似た気質を見たから。
オルガーラはそうではないし、既にもうトワの手中に落ちている。今更甘い蜜など垂らしてやらない。
ほしいのなら戦え。トワの為に。
「る……皆を助ける為に戦いなさい、オルガーラ」
「トワさま……ボク、は……」
「皆を」
餌は必要だろう。
トワの身は良い餌になる。
人間どもの目を引くのにも、壊れた女を戦いに狩りだすにも。
「皆を助けたら、一緒の時間を作ってあげますから」
「あ……」
「人間を皆殺しにして、それからお話を。ゆっくりと、です」
ほわぁとオルガーラの頬が朱に染まる。
「ゆっく、りぃ……ふぇ」
絶望の底から拾われ、情けない姿をさらして。
人間に対して詫びと慈悲を請う氷乙女の言葉は、清廊族の誰にも聞かせられない。
許されない。
許しを与えたトワが清廊族だとわかって、オルガーラの心は溶けてしまった。
許される。許される。トワになら全てを許してもらえる。だって清廊族の仲間なのだから恥じることはない。
「……うん、ボクがみんなまもる。だから」
「善い子ですね、オルガーラ」
トワに促されて、オルガーラがトワの体を抱き上げた。
身体能力が極めて高い。氷乙女なのだから当然。
「行きなさい、オルガーラ」
「はい、トワさま!」
日差し塔から身を躍らせた。
ぴょんぴょんっと、小柄とはいえトワを抱えて何の問題もないのか、建物の縁や屋根を足場に下まで飛び降りて駆ける。
トワが普通に走るよりも速い。
日差し塔はサジュの町の中央にあった。
サジュの町は、町の中だけで普通に歩いて半日ほどの広さがある。
東門に向けて疾走するオルガーラ。
せっかく助けたのだからこの程度の役には立ってもらわなければ。
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