第133話 無法者の雑言
アヴィとエシュメノは戦える状態ではない。
空の敵に対しては有効な手段を持たないミアデと、やはりかなり消耗しているセサーカを護衛にして、戦場から離れさせた。
残った仲間たちで、飛行船を落とさねばならない。
相変わらず姿の見えないトワに不安を感じながら。
それとは別にもう一つ、もしティアッテが戦いに参加していたなら。厳しい状況だと思えばつい、詮無いことも考えてしまう。
やめよう。
ルゥナは自分の頭を過ぎる苦い気持ちを、軽く頬を叩いて振り払う。
ないものは仕方がない。今はあの飛行船を落とすだけ。絶対に。
「はぁっ!」
投げた。
石礫だ。そこらで拾っただけの石を数個まとめて投げつけた。
ウヤルカを襲っていた敵の一体、ルゥナに背を向けていたそれに。
「うおぁっ!?」
見ていなかった方向から飛んできた石礫。そのうち二つが敵の羽を貫き、一つは腰辺りにめり込む。
悲鳴を上げて、飛ぶ力が足りなくなって地面に落ちていくそれ。地上にいた戦士たちが群がった。
「やめっ! ひぃぎゃあぁ!」
手負いで多対一。絶望するのはわかるが、戦いに臨む者が上げる断末魔にしては情けない。
直前まで何をしていたのか考えれば、なぜやめてもらえると思うのか。
背中に差していた魔術杖はアヴィに渡してきた。
今のルゥナの集中力では魔法を放つのに時間がかかる。威力も不十分になれば実用性を欠く。
アヴィはまだ満足に左腕が使えない。万一、敵が彼女に向かった際に、魔法の方が使い道があるだろう。
「ウヤルカ!」
「あぁ!」
突如、味方がやられたことに動揺した蝙蝠男を、ウヤルカの鉤薙刀が両断する。
「ネネランをあの飛行船まで!」
ウヤルカを援護したのはネネランを乗せてもらう為だ。
「ギリギリじゃ!」
「構いません!」
飛行船の名は知らなくとも、指さすルゥナを見て理解してくれる。
ユキリンの飛翔でも、ウヤルカとネネランを乗せて限界だと。
それで構わない。ギリギリで届いてくれるなら。
「全員! ウヤルカを援護!」
敵の数が減り、自由になるウヤルカ。
けれどこれだけ大声で指示していれば、敵も当然聞いている。
作戦の成否はともかく、こちらの意図は邪魔しようと動く妖奴兵どもに対して、ウヤルカを援護するように戦う。
「ひゃひぃっ! 無駄だぁ!」
「どうせ全員死ぬんだよ!」
「黙れ!」
口汚い言葉を吐く妖奴兵を一喝して、大地を蹴る。
跳躍すれば届く距離。
ルゥナの踏み込みも決して遅かったとは思わないが、空中の敵は一閃した刃をするっと躱す。
「ちっ」
「あっぶねぇ姉ちゃんだぜ。やらしい体しやがってよぅ」
攻撃を当てにくい。
注意を向けられている状態で斬るのは難しいか。
「よく見りゃいい女じゃねぇか」
「こいつぁいい声で鳴いてもらわねぇと」
下劣な物言いを。
視線も不愉快。揃いも揃って人間というのは。
普段からあまり厚着ではない清廊族ではあるが、戦いに臨んで動きやすい服装をしていることもある。
鎧など着込むより、ルゥナくらいの力になれば自身の体の方が頑強だ。
逆に多少の金属鎧などほとんど意味をなさない攻撃も出来る。なら動きやすい方がいい。
人間と、おそらく蝙蝠の魔物を混ぜ合わせた兵士なのだろう。
怨魔石を活用する術はダァバが見出したと言っていた。
昨年、クジャを襲った混じりものの人間。あれらを見たパニケヤたちがそのようなことを。
しかし、先ほどダァバは疑念を示していた。なぜこの混じりもの――妖奴兵について見知っているのかと。
昨夏のあれはダァバが仕掛けたものではなかったのか。先遣としてクジャを襲わせたと考えたが。
ダァバの下を離れた妖奴兵が勝手な行動をした可能性もあるし、あるいは。
他の呪術師も、今ではダァバと同じように作れるのかもしれない。混じりものの妖奴兵を。
正解はわからないが、そうだとすればさらに人間の戦力が増すかもしれない。
のんびりしている時間はない。
「ユキリン!」
妖奴兵から離れたタイミングを見て、ユキリンに向けて一つ放る。
命石。先ほど倒した敵の中にいた勇者級の使い手のもの。
「Pyui!」
一声鳴いてそれを口にするユキリン。
魔石や命石は魔物の糧になる。特に命石は、ラッケルタやユキリンには効率よく力となるようだ。
かなり上空まで飛んでもらわねばならないので、少しでも力をつけてもらえればと。
「ネネラン、飛びいや!」
「はいっ!」
ラッケルタの頭あたりから跳躍したネネランをウヤルカが掴み、一気に急上昇。
「おっと、行かせちまったぜ」
「知らねえよ、あんなのは聞いてねぇ」
追わせまいと構えたルゥナやニーレの姿があったが、妖奴兵どもはウヤルカたちを追わなかった。
それにしても口汚い。
規律も何もあったものではない。荒くれものの冒険者やそれ以下の印象を受ける。
「俺らぁこいつらをいたぶってりゃいいんだろ」
「おぉよ、その姉ちゃんの服剥げや!」
ごろつき。チンピラ。
そんな言葉が似あう。清廊族ではほとんど使われなかった言葉で、ルゥナは人間に捕らわれた時期によく耳にした。
酒場や裏道に溜まって自分の欲求の為のみに道に外れた行いを躊躇わない連中。
「囚人か」
妙に痩せていると思った。
混じりものになる以前のこの連中は囚人だったのだろう。だから痩せこけている。
魔物との混ぜ物とされるなど、普通の神経なら忌避するはず。
囚人だとすれば選択の自由など与える必要もなく、また数も適当に用意できる。
この数から考えて、ダァバは一つの怨魔石から複数の妖奴兵を作ったのだ。飛行船の為の戦力として。
「下衆が!」
苛立ちと共に、頭の片隅で冷静さも失わない。
ただ追わなかっただけではないと考えた方がいい。
おそらく、上にはまだ護衛となる兵士もいて、ウヤルカ達だけなら無視しても構わないと判断されたのだと。
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