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戦禍の大地に咲く百華  作者: 大洲やっとこ
第三部 沈む沼。溢れる湖
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第127話 退けぬ者、退かぬ者。



 もう少し人間どもを削りたい。

 正体不明の敵を出来るだけ近くで確認したい。


 そういう気持ちもあった。

 移り行く戦況の中、引き際を見極めていたところもあるが。



 全体的には既に勝利していた。人間の兵士どもは徐々に数を減らしている。

 無論死者ばかりではなく、端にいる兵士は逃げ始めていた。追いかけていくまでの余裕はこちらにもない。


 敵の指揮官グリゼルダもどこかで一度退きたいと考えている表情だ。

 お互いに引き際を探っている。


 ルゥナから見れば、優勢な状況のどこで撤退を指示すべきか。

 グリゼルダからすれば、町の外と中からの敵を受けて消耗させられ、劣勢の中でどう兵士をまとめられるか。


 油断は出来ない。敵にはまだ異常な強さの英雄がいて、後ろには正体不明の飛翔する魔物もある。


 それにしては、このグリゼルダは空の魔物について期待しているようでもないが。

 西の空に浮かぶそれに気づいてもいない。



「っ!」


 視界の端に、アヴィに駆け寄ったエシュメノの姿が映る。

 自分の相対していた敵をネネランに任せて、戦場を突き進んだエシュメノ。

 そこで初めて、アヴィが倒れていることにルゥナも気が付いた。


 息を飲む。

 が、エシュメノの様子を見る限り無事なようだ。

 良かった。間に合った。


 今度はエシュメノが女傑コロンバと対することになるが、そちらもどうやら無事ではない。

 手にしている鉄棍は一本で、それを杖のように大地に突いている。


 アヴィを相手に無傷ではない。ならば、後はエシュメノにどうにかしてもらうしかない。

 信じよう。エシュメノの力を。



「……お互い、思惑通りではないようですが」

「負け惜しみですね、グリゼルダ」


 確かに、ルゥナにも焦燥や苦い思いもある。だがグリゼルダほどではないはず。


 サジュに囚われている戦士たちや住民を解放して、敵を打ち破る。

 正体不明の敵については存在の確認をして、対応を考える。


 こちらの予定通りだ。

 いまだトワやセサーカ達が姿を見せないことも不安だが、それらも信じるしかない。



「ああ、なるほど」


 他の清廊族や兵士の視線で気が付いたのか、グリゼルダが得心して頷いた。

 こちらが一気呵成に攻めない理由が、西の空から町に迫ってくる。



「そういえば、いましたね。あの連中が」


 奇妙な言い方をするものだ。

 増援だろうに表情もあまり芳しくない。


 戦力として数えていたようではない。けれど、グリゼルダの声音に多少の余裕が生まれる。

 味方ではあるが、当てにはしていなかった。そういうことか。



「得体の知れない連中ですが、本国からの――」

「退きます!」


 察知された以上、長引かせるのも愚策。

 あれを警戒して攻めきれないと知れば、人間もそれを背に勢いを取り戻すだろう。


「戦士たち! サジュの住民に道を開くよう――」



『ルゥナ様‼』


 戦場に、やや幼く聞こえる声が響き渡った。

 エシュメノの声とは違う。柔らかみを含む音色だが、様子は切迫している。


『黒いのを落としてメメトハを助けて‼』


「!?」



 ユウラの声だ。

 彼女は声を届ける魔法を使える。

 一方通行で、距離に制限もあるけれど。


 今はルゥナを見ていなかった。だからおそらく戦場の誰もが同じ声を聞いただろう。

 無差別に、どこかにいるルゥナに届けと。




「……聞け!」


 叫ぶ。



「サジュを踏み躙った人間どもに報いを! 空の黒い魔物を討ちます‼」


 先ほどの指示を無視して、真逆の命を出した。


「「おおぉぉ!」」


 ルゥナの号に、戦士たちもまた迷わず応じてくれる。


 判断に迷っている暇はなかった。

 最善策ではない。

 だが、間違っていない。この判断が正しいと自分に言い聞かせる。



 今のユウラの言葉を全員が耳にした以上、誰の心にも戸惑いが生じたはず。

 最初の決め事と違う。どうするのか。

 仲間が危険だと言う。どうするのか。


 ユウラの真意はわからないが、彼女が嘘を言う理由もない。

 メメトハに危険が迫り、それを助ける為にあの黒い魔物を倒さねばならない。


 ここでメメトハを見捨てるわけにはいかない。

 仲間だから。そういう理由もあるが、打算もある。


 クジャから一緒に来た戦士たちは、大長老の孫であるメメトハを要として見ていた。

 ここで見捨てては結束が緩む。知らなかったとは言えない。



(ユウラ……)


 責める気持ちはない。

 彼女はメメトハの危機を知らせてくれたのだ。

 メメトハだけの為に段取りを変えることになってしまうが、それが吉と出るか凶と出るか。



「良いのですか、それで?」

「黙りなさい人間」


 (ほぞ)を噛む思いだが、決断した以上は戻らない。


「いずれにせよ、あれもお前たちの兵であれば落とすことに変わりはありません」


 そうだ。今か、後かの違い。それだけ。



「サジュを取り戻します!」


 西の空から進んできた黒い楕円は、既に町の上空まで迫ってきていた。



  ※   ※   ※ 



「退きます!」


 号令を聞いた。


 このタイミングで退く。

 それが最良だと彼女が判断したのなら、それが正しい。



「……」


 グリゼルダの指示だが、退けない。


 コロンバが退くのは最後だ。出来る限り敵を潰してから。

 追撃を防ぐためというのもあるが、今回はそれだけでもない。

 生かしておくのが危険な相手がいる。これらは今倒しておかなければ。



「奴らに頼るようじゃ、あたしもヤキが回ったもんだね」


 影陋族共が叫んでいた。空の黒い魔物。

 魔物ではないが、まあ似たようなものか。


 ロッザロンド大陸から来たイスフィロセ本国の戦力。

 あれがあったから今回の作戦が実行された。


 というか、本国の指示なのだろう。今だ侵攻を許さぬ影陋族の土地へ進むよう。



 昨年の秋に、海の魔境と呼ばれる竈骨島(そうこつとう)を踏破した。

 そこに住まう千年級の魔物。名も知れぬが、羽を持つ襟太海蛇のような魔物を倒したのも、あれがカナンラダ大陸へ渡る為。


 魔物を警戒するのなら迂回すればいいと思うのだが、風向きなどの関係でどうしても近くを通ってしまうらしい。

 だからコロンバに竈骨島の踏破、魔物の駆除の命令が下った。


 魔物を怖れるようなものがどれほど役に立つのかと思ったが、この町への侵攻でその力は知った。


 無駄ではない。

 しかし色々と制約もあるらしく、結局当てには出来ないと思っていたが。ここにきて。



「うまいとこだけ持っていきやがって」


 地上の苦労を肴に笑っていたというわけではないだろうが、文句も言いたくなるタイミングだ。

 占領軍は壊滅。被害甚大になってから現れて。


 グリゼルダが退くと言ったのは、混戦になっているからなのだと思う。

 敵味方が入り混じり、そして形勢不利。

 援軍が来たところで一度退いて立て直す。


 そういう意図もあるだろうが、混戦なのが一番の問題だ。

 あれは、敵味方を区別はしてくれないだろう。

 コロンバとてのんびりもしていられない。



「さあて、あたしも撤退しようかね」


 敢えて言葉にした。


 今のコロンバは手負い。

 相手からすれば、強敵を討つ千載一遇の機会。

 ここで逃がせば怪我を癒し、万全の脅威となる。


 事実でもあるし、誘いでもある。

 コロンバとしても、アヴィという女とこの獣娘は片付けておきたい。

 どちらも侮っていい相手ではないし、二匹いるというのが厄介だ。コロンバが強いと言っても一人しかいないのだから。


 別々に戦われては、一度に片方しか相手を出来ない。

 今なら、両方をここで仕留めることが出来る。



「ケガを癒したら、次はお前らを皆殺しにしてやるよ。あたしが」


 先ほど言われたことを返した。

 皆殺し。こちらが言う分には実現不可能な話ではない。



「そんなことさせない」


 額に角をはやした娘が、ぎゅっと両手の槍を握る。


「お前は、エシュメノが殺す」

「威勢だけはいいじゃないか」


 ちょうど良かった。

 小娘――エシュメノは、コロンバの挑発に乗ってくれる程度には単純なようだ。

 あまり口が回るわけではないコロンバとすれば、ちょうど良かった。



  ※   ※   ※ 



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― 新着の感想 ―
[良い点] エシュメノ強かわいい これはネネランがハァハァ言うのも無理ないですねぇ…
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