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戦禍の大地に咲く百華  作者: 大洲やっとこ
第一部 傷に芽吹く火種
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第11話 呪術師の手



 影陋族の養殖場はカナンラダにしかないが、何かの養殖場と言うのならロッザロンド大陸にもある。

 魔物の養殖場だ。


 飼いやすく、増えやすく、食肉として処分しやすい。

 そういった数種類の魔物の養殖場がある。



 ロッザロンドである程度の家柄でありつつ戦う力を求められる人間は、まずそこの養殖場で魔物を仕留めるのが通例だった。

 一年、二年と。


 そうしていれば、大した危険もなく無色のエネルギーが得られる。

 だがどうも、ただそれだけでは身につかないようで、武器を使った修練や、筋力を鍛えるようなことも並行して行う必要があったが。


 一定の力をつけてから、次は実地だ。

 人間同士の戦場ということもあるし、ロッザロンドにある魔境で野生の魔物を狩ることもあった。


 生まれつきの体格や反射神経、性格なども、初期段階である程度の差がある。

 人間には個体差があり、無色のエネルギーを得てもそれ以上成長しない者もいることがわかっている。

 どれだけ魔物を殺しても、その器にない者は英雄と呼ばれる領域には辿り着かない。


 キフータスは、自分が英雄の器ではないことは知っていた。

 目の前の影陋族が、その領域に至るだけの力を有していることもわかった。



「こんなことが……」


 打ち込まれた二合目、三合目の斬撃を払ったところで、自分の腕の痺れが無視できない。

 顔には出さないが、圧倒的な力の前に打つ手がなかった。


(美しい)


 研ぎ澄まされた力と共に、どこか超越したような美しさを感じる少女に、圧倒される。


 少女とすれば、不気味に思ったのだろう。

 普通の人間なら死んでいるはずの一撃を三回続けて防がれている。


 偶然ではない。

 剣閃に慣れたら、反撃が来るかもしれないと。

 そう思ったのか、次の攻撃に出ることを迷う。


 キフータスにとっては幸いだった。



「すぐに応援も来るでしょうが、どうしましょうか」


 はったりだ。応援など来る当てはない。

 それを少女が知っているはずもないが。


「……来るなら、全部殺す」

「なるほど」


 わかりやすい答えだ。

 これだけの力があるのなら、その言葉ははったりではない。



「影陋族を解放したら、帰りますか?」

「き、キフータス様っ?」


 条件を確認しただけだが、後ろのゼッテスが慌てた声を上げる。

 彼にとっては自分の財産なのだから、簡単に応じられるはずもないが。


「関係ない。人間は殺す」

「そうですか」


 交渉は決裂。これでゼッテスが安堵するようなら、守って戦う必要もないかと思うところだが。



「わ、私は……邪魔、ですな」


 今更そう思ったのか、壊れた扉から屋敷に逃げ込んでいった。

 影陋族の奴隷もそれに従って。



「く、ううぅぅっ!」


 不意に聞こえた悲鳴に、少女がそちらに顔を向ける。

 隙だらけだ。

 だが、キフータスにその少女を倒せるイメージがなく、まだ腕の痺れも残っていた。


「ルゥナ!」


 少女が叫んでそちらに飛び出した。


「だめ、です……アヴィっ!」

「ひゃっ……惜し、い」



 白い靄が、ルゥナと呼ばれた少女を包んでいた。

 苦し気に呻いた彼女だったが、駆け寄ろうとした仲間の足元に向けて剣を投げつけて止めた。


 その範囲に入れば、苦痛なのか何かわからないが、自由が奪われるような呪術だったのだろうが。



「……殺す」


 静かに断言した少女が剣を振るう。

 まるで届かない位置から、地面を抉るように振り上げた。


「ひゃ」


 ぬるりと躱したガヌーザのいた場所を、地割れのような斬撃が通り抜けていく。

 力任せに振り抜いた剣が、衝撃波を生み出していた。


「おそ、ろしい」

「くはっ、う……アヴィ、すみません」


 避けたはずみで呪術が解けてしまったのか、白い靄が消えて少女が膝をつく。

 改めて駆け寄ってルゥナと呼んだ少女に触れながら、再度剣を振るった。



「ひ、ひゃ……油断でき、ぬな」


 それも躱したガヌーザの体術を褒めるべきか。

 決して素早くはないが、掴みどころがない。

 空中に浮遊する綿毛を掴もうとするような、そんな動きでぬるりと逃げる。


 そうしている間に、キフータスの手も感覚が戻ってきた。



「ガヌーザ殿、何か手が?」

「ひ、ある……が、すこぉし……じ、かんが」


 さすがは天才呪術師だ。

 英雄級の敵を前に、手立てがあると。


「それなら、私が」


 合流してきたガヌーザと少女たちとの間に立つ。

 いくらか時間を稼ぐだけならなるかどうか。


 だが相手は二人ではない。別にもう二人いる。

 戦力的には劣るようだが、存在するだけで厄介なものだ。



「ミアデ、セサーカ」


 アヴィと呼ばれた少女が、控えている二人を呼んだ。


「近づかないで」

「は……はい」

「出てきた清廊族を、お願い」


 そう言ってアヴィは剣を構えた。

 太った男が逃げ込んだ屋敷に向けて、殺意に塗り固められたような赤い瞳で。



「全部、壊す」



  ※   ※   ※ 




 迂闊だったと言われればそうとしか言えない。

 けれどルゥナは思う。()()()()()()()()と。


 異常だ。

 この呪術師という男は、異常だった。強すぎる。



 例えば、人間の魔法使いで上位に位置する者が、中位くらいに位置する剣士と近接戦闘をしたとして、勝負がどうなるか。


 魔法使いが勝つだろう。最終的には。

 だがそれは、いくらかの手数をかけて、駆け引きがあって、詠唱をする時間を取っての話だ。


 ルゥナの剣を避けながら、聞き取れないような掠れた声で詠唱をして、ルゥナの自由を奪うような術を使えるなど信じられない。



 呪術というのはこれほどの力があるのかと、ならばもっと広く冒険者などにも使われていそうなものなのに。

 こんな場所で留守番のような番人をしている男が、まさか大陸最高峰(・・・・・)の呪術師だとかそういうことはないだろう。


 使い勝手が良すぎる。

 ルゥナがそう思ったのも無理はなかったのだが。



 全身を這い回るような不快感と共に痺れを残して、白い靄が消えた。

 膝をついたルゥナにアヴィの手が回され、彼女の匂いについ安堵を感じてしまう。


「……」


 色々と見誤った。

 魔法使い系統となれば接近戦ですぐに片付くと思って請け負ったが、相手にならなかった。

 憎い呪術師に、簡単にあしらわれて。


 そういえば最初にセサーカの魔法を打ち消したのも、見事な手際だったと思える。



「全部、壊す」


 そう宣言したアヴィは、ルゥナが止める間もなく突撃した。

 彼女の踏み込みで巻き上げられた土が大量に後ろに飛び、その倍以上の速さでアヴィが斬りかかる。


「ぬっ、ぉぉっ!」


 そのアヴィの斬撃を何とか剣で受け止めながら、屋敷まで押し込まれた初老の男。

 これも只者ではないが。



 呪術師は、またもやぬるりと場所を変えている。



「やああぁっ!」


 吹き飛ばした。

 かろうじて男が逸らしたアヴィの剣が、屋敷の壁を吹き飛ばした。

 斬ったのではなく、衝撃で壁の一面が屋根近くまで砕け散る。


「ぐぅぅっ!」


 切り返したアヴィの剣を、やはりどうにか受け流すのだが、今度は反対の壁が砕け散った。


「きゃああぁっ!」

「うわぁぁっ!」


 屋敷を揺るがす衝撃に中から叫び声が聞こえ、アヴィが砕いているのとは別方向の入り口から飛び出してくる影が。


 清廊族だ。

 騒ぎを聞きながら不安で集まっていたのだろう。破壊音と共に屋敷が震えて、たまらず飛び出してきた。



「セサーカ!」

「はい!」


 ミアデとセサーカが走る。

 屋敷の裏側になる北の出入り口から飛び出してきた清廊族に向かって。


「助けにきた! 清廊族!」

「こっちです!」


 短い言葉で状況を伝える。

 混乱している中で長々と説明している暇はない。



「首輪を切って逃げます!」

「あ? あ……」


 先頭に立っていた数名が二人を見て、清廊族だと理解した。

 ミアデは首を指差している。

 薄着の彼女は、首に何もないことが見てすぐにわかる姿だった。


「まさか……あ、ああっ!」


 信じられないという顔で、だが二人の言葉に震える清廊族の虜囚の集団。


「いいから、早く!」

「あ……わ、わかった! わかった!」


 稚拙な言葉だったが、他に言葉が出てこなかったのだろう。


 一斉に彼らがミアデとセサーカの誘導する方に走り出した。

 決して早い足取りではなくとも、自分の足で大地を踏みしめて進む先を選ぶ。



 ルゥナも走っていた。

 体はまだ万全ではないが、そんなことを言っていられない。


 清廊族が逃げ出してきたというのなら、おそらく――


「き、きさまら!」


 出てくるはずだと思った。

 彼らを支配する者が。


 ルゥナの右手には、剣を拾うついでにとりあえず掴み取った石ころが握られている。



「勝手なことを! その連中を――」

「っ!」


 投げつけた。

 言わせるわけにはいかない。


 呪枷があるものは命令に逆らえない。

 命令を下す前に処理する必要があった。



「ぐぇっぶ、ふ」


 走りながらだったので狙いが甘い。本当なら喉が良かったが、分厚い脂肪の腹あたりにめり込んだ。

 それでも言葉を途絶えさせるのには十分。


「他に人間は――」


 ルゥナは知っている。

 あの呪枷は、主人以外でも人間の命令を受ければ従わされてしまうのだと。

 最優先は主人だが、それ以外の人間の命令にも逆らえない。



 元々は黒い呪枷だったのだと。


 これは主人と定めた人間の命令だけを受けるようになっている。

 魔物を使役する為に。


 清廊族は、長寿だった。

 主人の死後も、それを受け継ぐ者の命令にも従うようにした方が都合がいい。

 そんな理由で開発されたのが白い呪枷なのだと。



「人間は」


 もう一人いた。

 銀灰色の髪に、同じように薄い灰色の瞳。

 呪枷をつけられていない少女が、その太った男のすぐそばに。


 彼女が一声かければ、清廊族の集団はこちらに攻撃してくることになる。

 迷いはなかった。



「殺す!」


 走る前に拾いなおした剣を、大上段に掲げた。

 躍りかかったルゥナが、両手で剣を握り、振り下ろす。

 銀髪の少女は、見上げる瞳に鈍色の刃を映したまま、動かなかった。



「だめぇ!」

「待って!」


「っ!」


 寸でのところで手を止め、飛びかかった勢いのまま前に転がる。


「邪魔を!」


 守れと命令されているのなら仕方がない。

 だが一刻の猶予もない状況だ。

 一呼吸するだけで、その少女はここまでの苦労を台無しに出来るのだから。



「どきなさい!」


 問答するつもりはなかった。一応言っただけで、庇う彼女らを押し退けて切るよう踏み出している。



「清廊族なの!」

「この子、仲間!」


 必死の形相で銀髪の少女を庇う二人の清廊族。


「っ!?」


 必死な二人と、茫然とした様子で立ち尽くすだけの銀髪の少女。

 まるで殺してくれと、そう言うかのように。



 それは、まるで――


(私が……アヴィに、出会った時と……)


 同じように。


「……わかり、ました」


 勘違いだった。これは人間ではない。


 清廊族の身体的特徴とはかなり違うが、そういう者がいないわけではない。

 見れば、庇う二人も呪枷をつけていなければ清廊族かどうか判断に迷うような外見だった。

 ルゥナの勘違いだ。



「ぁ……が、トワ……」


 先ほど腹に石ころを叩きつけられた男が、手を伸ばす。

 銀髪の少女に、助けを求めるように。


「わ、わしを……」


 言わせるわけにはいかない。

 どういう言葉でも、この男の言葉は奴隷の少女たちを縛る。



「死になさい」


 ルゥナはそれだけ言って、肥満体の男の頭を蹴った。


「ぎゅ、ぶうぇ……」


 ごきゅりと音が鳴り、男の頭があらぬ方向に捻じれる。

 血泡を吹いて息絶えた。ただそれだけだった。



「他に人間は?」


 茫然としている少女はとりあえず放っておいて、今しがた彼女を庇った二人に訊ねる。

 その首輪を断ち切りながら。


「見張りが三人いたはずです」

「……」


 一人は始末したが、他がわからない。逃げたのか、潜んでいるのか。


 白い呪枷は固い。継ぎ目のないこれは斬るしかないのだが。

 ルゥナの持つ剣は少し長く、ただでさえ斬りにくかった。ミアデの持つような短剣があれば良かったと思う。



「いっ」

「あ……」


 顔をしかめた少女に、ルゥナの手が引っ込められた。

 地面に落ちた首輪。

 けれど、手元が滑って首に少し傷つけてしまった。



「……彼女のを」


 片方の呪枷を切り落とし、次の一人も切り落とす。

 少し躊躇したのは、罪悪感から。

 それよりも、アヴィだ。




 アヴィの剣戟は、すでに屋敷を半壊させていた。

 戦っていたはずの初老の男の姿は見えない。

 屋敷の瓦礫の中に埋もれたらしい。死体になっているのか。


 今のアヴィの標的は呪術師ガヌーザ。

 相変わらずぬるりぬるりとした挙動で、アヴィの剣を躱しているが、さすがに今度は反撃まで至らない様子だった。



「ひ、ふ」


 軽口も叩く余裕がない。


「目障り」


 振り下ろされたアヴィの剣を、横に躱すことが出来なかった。

 木の根のような杖で受け止める。


「ひ」


 鍔迫り合い。



(……あの、体で?)


 呪術師の体躯は、澱むような雰囲気の外套でよく見えないが、決して立派な体格ではない。

 見えている部分ではかなり痩せ細っている。


 反対に、アヴィの力は剣を振るうだけで建物を半壊させるような力だ。

 剣を壊さぬように気遣っているとしたら、本気ならそれよりも遥かに強い。


 受け止められる人間などいるのか。いるとしたら、それは勇者やそういう領域の戦士だけのはずなのに。



「ひ、ひゃ」

「……なに」


 アヴィが疑念の声を上げて、飛びのいた。

 下げさせられた。



「アヴィ!」

「こいつ、()()()()


 ルゥナの印象もそうだ。その呪術師は何かおかしい。



()()()、と、いう……」


 下がったアヴィに、呪術師が嗤う。


「だい、じ、よな……ひ、ひゃ……ま、え、じゅんびと、いうのは……」


「アヴィ! 聞いてはだめです!」

「ん」


 次こそはと、必殺の構えを取ったアヴィに、呪術師はさらに嗤った。



「ひゃ! ひゃ! ひゃひゃっ!」


 遅かったというのなら、どのタイミングだったのか。


 この一撃に込めた時ではない。

 初老の男に時間を稼がれた。そこでもない。

 ルゥナが戦っていた最中には既に、それはあったのだ。


 予兆、先触れ、前準備。


 この呪術師と相対したルゥナが感じた違和感。

 攻めきれないアヴィの感じた苛立ち。


 それらは、呪術師ガヌーザが姿を現した時に既に終わっていたのだろう。

 敵がいると知り、前もって備えていた。



女神(レセナ)は覧ず。泥濘の澱にもがき沈む雛鳥の嘆きを。懺睨(さんげい)眸子(ぼうし)



「すこぉし、あや、うかった……が、な」


 剣を構えた姿勢から、何かが抜けたように崩れ落ちるアヴィ。


「あ……う……」


 力を失い、膝を地面に着いた姿勢で、その血のように赤い瞳がルゥナを映す。


「ルゥ……ナ……」


 くたりと、倒れた。

 ルゥナの瞳の中に映る、その姿が。


「アヴィィィ!」



  ※   ※   ※ 

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