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戦禍の大地に咲く百華  作者: 大洲やっとこ
第三部 沈む沼。溢れる湖
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第126話 馬鹿どもの重撃



 苛立たしい。

 昔の自分ならそれで血気に逸っていただろうが、成長した。

 目の前の生意気な敵よりも先に、全体への影響を考える程度には。


 全体のというか、グリゼルダの為か。

 自分がどう動くことがグリゼルダの助けになるか。それを優先した。



「舐めるんじゃあないよ! 奴隷どもがぁ!」

 吠えて、薙いだ。



「うりゃあぁっ!」


 誰を、ということもない。

 影陋族共が多くいそうな場所を、右と左の鉄棍で薙ぎ払う。


 鉄棍だけではない。コロンバの体当たりを受けて吹き飛んだのもいくつか。

 血飛沫が舞い、砕けた肉が顎辺りに飛んできた。


 手の甲で拭っている間に襲ってくる敵はいなかった。今の二撃を見て、即座に反撃できるような奴は少ない。



 これでグリゼルダも多少は楽になるだろう。

 となれば、次は自分の敵だ。

 コロンバから見れば格下のアヴィだが、他の兵士たちにとっては別格の脅威になる。


 今も、このわずかな合間に呼吸と態勢を整え直していた。先ほど多少なり打ったはずだが、痛みはないのだろうか。



「あんたも、さっさと!」


 片付けて、グリゼルダの手助けをしなければ。

 コロンバの攻撃を妙な素材の布切れで受け流し、かろうじてだが防ぐ。


 コロンバ自身、気づいていなかった。焦るあまりに単調になっていることを。

 奇しくも、同じ時にグリゼルダが相対する敵にそう言っていたように。


 しかし、コロンバとアヴィの力の差は明確だ。ましてアヴィは武器を失い、苦し紛れに布切れでの攻防をしている。


 だというのに攻めきれない。

 苛立たしい。



 砕けた氷の足場。

 敵の足を止める為だったが、同じ足場で戦うコロンバとて決して条件がいいわけではない。


 足を取られぬよう強めに踏みしめ、そのせいで多少は速度が落ちる。

 かといって滑ったり躓いたりするわけにもいかないのだから、これは仕方がない。アヴィとて条件は同じ。


 同じ――はず。



「?」


 むしろ素足の分だけ条件は悪いと、そう思うのだが。


「なんだってそんな……」


 前と変わらない。いや、下手をすれば前よりも軽快な印象さえ。

 さすがにそれは錯覚だ。コロンバの方が足さばきに気を取られているだけで。


 ただ、アヴィの動きは実際に前とほとんど変わらない。



「こんな足元で!」

「?」


 コロンバの漏らした呻きに、受けるアヴィが疑念の色を浮かべた。

 彼女にとっては別に何事でもないらしい。気にもしていない。


 野生児か。

 獣のような生活をしていれば、この程度の足場など特に気に留めるほどのことではないのかも。

 コロンバとて決して上品な育ちではないが、影陋族というものを見誤っていたと思う。



「なら!」


 踏み込みと共にその素足を砕く。

 さすがにそれは警戒されたようで、するっと躱された。


「うっ!」


 躱しただけではない。その足がコロンバの顎先を掠めた。

 慌てて振った鉄棍は空を切り、やや距離が離れる。


 まだ反撃するだけの力があるとは、驚かせてくれる。

 コロンバが仕留めにかかっている中で、アヴィが攻撃してきたのは初めてだ。


「やるじゃあないか!」


 信じがたい。

 信じられないが、先ほどまでよりも強くなっている。

 むしろこうした悪条件の方が慣れているのか。剣を使っていた時より強くなったような気さえする。



「その布切れはなんなんだ、よ!」


 踊り子のベールのようにふわりと、それでいて突然に鋭く。

 コロンバの鉄棍に重い衝撃をぶつけて逸らし、両手で張って受け止め、流す。

 マフラーそのものが意思を持っているような動きをして、戦いにくい。


「母さんが作ってくれた」


 重いわけだ。

 納得してしまい、思わず口元が緩む。


 舐められたと憤ったが、舐めていたのはコロンバの方だ。

 自分より力の劣る影陋族と侮り、その覚悟の重さを見くびっていた。

 さっさと片付けようなどと考えていい相手ではない。

 ある程度の危険を承知で、全力で倒さねばならない敵。



「アヴィっていったね」


 覚えておこう。その名前は。

 これはコロンバの敗北だ。戦況はどう見ても有利とは言えず、どうやら被害も大きい。


 今更この影陋族どもを駆逐しても、この侵攻作戦の成否で言えば喜べる結果ではない。最高責任者はコロンバではないにしても。

 失敗を認めることは損にはならない。それを認めずさらに大きな過ちを犯す方が悪い。

 

 苦い味を飲み込み、その上で打ち砕く。


「これで終わりだよ」


 大したものだ。コロンバにこれだけの覚悟をさせるなど。

 反撃を覚悟で、息を吸い込んだ。



「だぁ!」


 全力で踏み込んだ左足が少し流れるが、関係ない。

 無視して右の鉄棍を振り抜いた。


「う、ぁ……っ!」


 両手に張ったマフラーで受けるアヴィだが、コロンバの全力を受けるには力不足。

 それでも何とか上に力を逸らせたのは、母の愛情とやらによるものだろうか。


 勢いを受けきれず大きく泳いだその体は、隙だらけだ。

 コロンバの左の鉄棍がその顔に突き出された。

 躱すことは出来ない。


 左腕を、顔と鉄棍の間に差し込めただけ大したもの。

 骨を砕く感触がコロンバの手に伝わる。その勢いのまま突き抜いた。



「ぐぁ!」


 粉砕する。

 弾けるように後ろに吹き飛ばされたアヴィの左腕は、もう使い物にならないだろう。


 コロンバの左足より、ひどい。



「う、くっそ……」


 本当に信じられない。確かに怪我を覚悟で踏み込んだとは言うにしても。

 左腕を犠牲にしてコロンバの鉄棍を防ぎながら、右手を振り下ろしてマフラーを叩きつけていった。

 コロンバの左膝の上あたり。


 踏み込み過ぎて流れた左足に、上から重く硬い布切れを叩きつけられた。

 実際に受けてみてわかったが、あれも鉄棍のような硬さを持っている。

 こんな痛みは久しぶりだ。噛み締めて態勢を直そうとして、さらに痛みに顔を歪める。


 痛みのあまり、手を離してしまうなど。

 アヴィを突いた鉄棍は、そのまますっぽぬけて飛んで行った。アヴィの後方に転がっている。


「ほんとに、反撃するか……てんだよ、馬鹿か」


 死を目の前によくやってくれたものだ。

 その反撃のせいでコロンバの突きがわずかに浅くなってしまったか。


 くそ、と。もう一度呟いて、右手に残っていた鉄棍を左手に持ち替え、杖のように左の体重を支えた。


 折れてはいなくとも、罅くらいは入ったか。衝撃での痛みも大きい。

 我慢すれば動けないほどではないが。



「あ、ぐ……ぶっ……」


 コロンバに突き倒され、ぴくぴくと痙攣しているアヴィ。

 まだ息はあるが、あれでは到底動けまい。

 腕を砕いた衝撃はそのまま顔にも伝わっていた。その勢いで後ろに倒れたのだから。


 あとは止めを。



「うおぉ!」


 血気に逸るというか、漁夫の利を得るというか。

 倒れたアヴィに襲い掛かる兵士たちがいた。


 まあそれも仕方がない。コロンバが歩いていくのも億劫だ。

 戦場なのだから、そんな死に方もあるだろう。見ていて気分がいいわけでもない。


「ぶふぇっ」

「いでぇぇぇ!」


 目を閉じかけたコロンバの耳に届いた悲鳴は、女のものではない。



「汚い手でアヴィに触るな!」


 別の少女だった。

 先ほどまで冒険者サビーノと戦っていたはずの、両手に変わった短槍を持つ少女――頭に角が?



「アヴィ、頑張った。偉い」


 短いけれど、労わりの言葉を残して。


「誰かアヴィを!」

「我々がお守りします!」


 角の少女の言葉に応えて、影陋族の戦士たちが集まる。


 仕方がない。痛みはともかくもうひと働きはしなければならない。

 この程度の怪我なら、苦痛はあっても有象無象を倒すのに問題はないだろう。



「あいつはエシュメノがやる」

「……へえ」


 サビーノは勇者級の冒険者だ。あれとやり合えるだけの力はあり、コロンバは手負い。


 勝てると思うのは無理もないが、甘い。

 今のコロンバの状態でも、サビーノを相手にしたとして勝利は揺るがない。そのサビーノを倒しきれなかった小娘程度。



「きなよ、獣娘」


 馬鹿なマフラー女の後に、馬鹿な獣娘。

 本当に馬鹿ばかりだ。この戦場は。



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