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戦禍の大地に咲く百華  作者: 大洲やっとこ
第三部 沈む沼。溢れる湖
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第125話 セサーカの逡巡



 運だけでは、生き延びられなかった。

 強く握りしめた魔術杖が震える。


 当たり前のことでもあるが、強者が全て早起きというわけもない。

 実直に、危急と察してすぐさま駆けつける者もいれば、誰かがやるだろうと考えて怠惰に遅れていく者もいる。


 サジュを占領した軍の中に、そんな強者がいることだって不思議はなかった。



 集団を作り人間を次々に襲っていくサジュの住民たち。

 敵を殺し、その武具を奪ってさらに戦力を増して。

 少人数で孤立していた人間の兵士は、満足な抵抗をすることも出来ず片付けられていった。


 そんな中でもまともな抵抗をする兵士どももいて、それらをセサーカが先頭に立って倒していた時だった。

 別の場所で、異常な破壊音が響いた。



 町に残っていた人間の中に、相当な力量の強者がいる。

 格違いの戦力に対しては、普通の住民ではまるで歯が立たなかった。


 一瞬、迷う。

 敵の力量が読めない。いや、正直に言えばセサーカよりも格上だと見えた。

 戦うべきか逃げるべきか、セサーカの足が止まった。



 止まらなかった者たちがいる。

 セサーカの手伝いを率先してやってくれた少女を中心としたサジュの住民たち。


 相手の力がわからなかった、ということもあるだろう。

 そこまでの戦いで、人間をあまりに簡単に倒せてしまっていたことも一因か。

 あるいはただ、サジュの町を取り戻すのだという使命感だったのかもしれない。



 セサーカが足を止めたのに対して、彼らはその強者に迷わず向かっていった。

 そして散る。


 今日まで戦いなどしたころもなかったような彼らが、戦いを得意な生業としている相手に勝てる道理がない。

 だが、鬼気迫る彼らの足は止まらなかった。


 致命傷を受け、隣の者が倒れても、その敵に迫ろうと。


 気が逸れた。

 その隙を逃すほどセサーカは愚図ではなかった。




「……」


 見捨てた。

 彼らを囮にして、強敵を倒す盾として使った。

 噛み締める。


 命を失った少女。セサーカよりも少し年若で、自分にも出来ることがあるならと言ってくれていた。

 生気を失ったその頬を撫で、そっと目を閉じる。


「……ごめんなさい」


 いずれ詫びようと思っていた。

 いつか詫びなければと、そう思っていたのに。

 もう、そんな言葉も届かない。


 守れなかったのかと自問すれば、そうではない。

 危険と見て、出来たかもしれないことをしなかった。誰よりも自分がわかっている。



 サジュの町は今もひどく混乱していて、あちこちで争いの音が響いていた。

 状況は既に清廊族が優位だ。

 一部の強者を除けば、凍った町の中でまとまって動くこちらに対して、人間どもの抵抗は散漫で動揺が大きい。


 今までの戦いで、清廊族に対して数で劣るなどということはなかっただろう。

 常に多勢で戦っていたはずが、少数派に回る。恐怖心が表に出るのも仕方がない。

 総数で言えばまだ人間の方が多いはずだが、バラバラに出て来たところをまとめて叩き潰していくのだから。


 ルゥナの作戦勝ちだ。

 捕らえられていた戦士たちも、呪枷

を外されて戦っている様子。そちらはトワがうまくやってくれたのだろう。


 戦士たちを殺さずに置いてあったのは、こちらは戦闘用の奴隷としてだったのだと思う。

 おそらく、他の人間勢力などに対する攻撃の捨て駒として。


 この町の守りではなく、もっと無茶な作戦の際に使い捨てられる奴隷兵士として置いておかれた。

 だから今回の守備戦では使われなかった。少数の清廊族に対しては余裕で勝てると判断されたのだと思う。




「トワ」


 うまく運んでいるにしても、セサーカが呆けている暇はない。

 これまでの戦闘で魔法を使いすぎて疲労が大きいが、そんなことを言っている場合ではなかった。


 戦士たちを解放に向かったトワは、セサーカよりも危険な相手と相対しているかもしれない。

 戦っている中にトワの気配は感じない。彼女は独特の雰囲気があるから、混乱の中でも探そうと思えば目立つ。


 なのにいない。何かあったのではないか。

 ただ目の届く辺りにいないだけかもしれないが。



 目の前で目を閉じた少女の亡骸が、知っている誰かのものと重なる。


 違う。

 そうではないのに、不安に駆られる。

 トワのことも、表で戦っているミアデ達のことも心配だ。


「行かないと」


 町で戦う清廊族は続々と数を増やしている。敵から奪った武具を持つ者も多く、サジュの中の戦況はもう十分だ。


 東の空に舞う雪鱗舞。

 住民の目にも見えていただろう。ウヤルカが櫓にいた魔法使いをいくつも潰している姿が。

 仲間が戦っていると、全員の足が自然と東へと流れていく。


 セサーカも東門に近付き、戦場の音がはっきりと耳に届くようになった時だった。



「っ!」


 ユキリンが横に走った。


 ウヤルカがその背にしがみつくように身を伏せて、くるくると錐のように回転しながら右に、左に。



「ウヤルカ!」


 近付いたところで大きく声を上げると、向こうも気が付いたようで空の上から西を指す。


 西の空。

 振り返るが、見えない。

 建物が邪魔をしてセサーカの位置からは……見えた。


 日差し塔の横あたりに、黒い丸みのある形の一部が確認できた。


 空を浮かぶ、かなり巨大な黒い塊。

 当初から懸念していた正体不明の敵だ。



「全員、東へ! クジャの戦士たちが戦っています!」


 住民たちの多くは解放した。

 あの敵が来るのなら撤退をするとルゥナからの指示だ。解放したサジュの戦士たちや住民たちも連れて逃げればいい。


 サジュの住民全てではない。だが、全員を救えるだけの手立てもない。


 あの敵の正体を見極めながら撤退して、対策を考える。

 ここでサジュの住民を多く失うわけにもいかない。状況次第で、この住民たちもアヴィの血を分けて戦力としなければならないのだから。

 戦禍を思い知った彼らの中には、人間への復讐心を抱く者も少なくないはず。




 東大門に向かう清廊族に、今度は集まり直した人間の兵士たちも追ってくる。

 セサーカが後ろに立ち、他の戦士たちと共にそれらを迎撃しながらの東進。

 その間に、西の空にははっきりとその黒い姿が浮かび上がった。


 黒い楕円形の、なんだろうか。

 日差しを浴びて黒光りしているようにも見えるし、鈍い銀色のようにも。

 大きさは、かなり距離があるのに相当な大きさ。


 遠目でわかりにくいが、飛んでいる高さは普段のユキリンよりも倍ほど高いような気がする。

 そして、それに目を奪われすぎて気付くのが遅れたが、周囲にいくつか小さな点が舞っていた。


 小さく見えるが、違うか。遠すぎるだけだ。

 飛竜とは別の飛行する魔物が、その黒い楕円の周囲を警護するように飛んでいる。

 まさか親子ということもあるまい。大きさも形もまるで違うのだから。



「……ルゥナ様の言う通り、このまま戦うべきじゃないですね」


 あまりに異質で見たことも聞いたこともない。

 魔物も連れているのだから脅威でないとも思えない。


「このままルゥナ様たちと合流して――」



「――っ!」



 声が聞こえた。

 セサーカを呼ぶ声のような気がして、けれどそれは西から。

 湧き出るように姿を現す人間の兵士の向こうから聞こえた。



「トワ!?」

「セサーカさん、逃げちゃダメ!」


 今度ははっきりと。

 町の中に残っていたトワかと思ったが違う。



「ユウラ?」


 湖に向かっていたユウラの声だ。

 ヌカサジュを溢れさせ、サジュを水浸しにする役目を果たしたはず。


「はぁっ!」


 兵士どもが続けて三人、後ろから頭を撃ち抜かれて倒れる。

 ニーレの氷の弓。彼女の腕はすさまじい。


「極冠の叢雲より、降れ玄翁の冽塊」


 セサーカが放った無数の氷の塊が敵兵を薙ぎ倒し、ユウラたちに道を開く。



「トワは?」


 こちらが合流していないが、それならユウラたちが合流したのではないのか。


「トワちゃんは見てないけど、いないの?」

「ええ……」


 既に東に脱出したのかもしれないが、わからない。

 


「逃げてはいけないとはどういうことです?」


 トワのことは後回しだ。

 今の発言は、ルゥナの指示とは異なること。なぜそんなことを。



「……メメトハは?」

「……」


 ニーレが顔を顰め、答える前に近付いてきた敵兵を撃ち抜く。


 なんだ。

 何があったのか。



「メメトハが……メメトハを助けないといけないの!」


 だから、逃げてはダメだと。

 どういう意味なのか問い質したい。けれど。



「……ルゥナ様に聞かないと」

「セサーカさん!」


 わからない。

 何を言われているのか、わからない。

 どうしたらいいのか、それもわからない。


「ルゥナ様に」


 この混乱の中で、当初の決め事を変える判断などセサーカには出来ない。


 セサーカは自分が思い上がっていたことを思い知る。

 戦いを経験して成長した。アヴィやルゥナの助けになれるだけの存在になっていたと。


 こんな切羽詰まった状況になってみて、思い上がりだったと思い知った。

 見知らぬ誰かではない。仲間の命を助ける判断さえ出来ないくせに。


 覚悟が足りない。

 己の不甲斐なさに、血が滲むほど唇を強く結んだ。



  ※   ※   ※ 


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