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卵番はじめました 1

 朝を告げる鐘の音が響く。

 ベッドから出て窓のカーテンを開けると、格子の枠に嵌まったガラスの向こうは澄んだ青空が広がっていた。


 んー、今日も爽やか……仕事や学校を休んで、お弁当を持って景色の良い公園とかに行きたくなる日和だね。

 その眩しさに目を眇めて、私は片腕だけで伸びをした。


「おはよう。いい天気だよ」


 寝間着姿の私の肩には、骨折の時の三角巾というか、いわゆるスリング的な抱っこ布が掛かっている。その中にいい子で収まっているまんまるちゃんに、ぽんぽんと軽くあやしながら声を掛けた。

 ぷるっと震えたのが返事のようで、思わず口角が上がる。


 今いるここは王城の一角、塔のある建物の貴賓室。

 ルドルフさん達との面会の後、私が歩けるくらいまで回復するとすぐに、研究室の一角にあった病室のような部屋からこの場所に移された。


 フカフカ絨毯の広い部屋には、天蓋付きの広いベッドや美しい意匠の家具の数々。

 一見するとただの豪華な客室だが、実は特殊な窓ガラスを始め複数のセキュリティが施されている、要人専用室だ。

 同じフロアには警備員も常駐しているし、きっと監視カメラ的なものもあるのだろう。


 ついでに言うと、起きている間はシーラさんか、研究室の職員さんの誰かとずっと一緒。私が一人きりになることはほとんどない。

 こんなふうに、卵が孵るまでの間は監視生活になると追加の説明を受けても、「魔王」の世話をする「聖女」という職を私は受け入れた。


 あれから約一ヶ月。


 最初は戸惑った豪華な部屋も、四六時中だれかがそばにいる生活も、毎日続けばそれなりに慣れる。大丈夫、問題ない。

 見張られているというよりは見守られているという感じだし、なにより、卵が可愛い。


 本当に、かわいい。


 すっかり当初の冷たさがなくなった卵を抱いていると、じわっと愛しさが込み上げてくる。

 自分がこんな気持ちを持つようになるなんて、我ながら驚くけど。仕方ないよね、かわいいんだもん。


 しかも卵は温かくなっただけでなく、時折身じろぎをするようになった。

 今もほら、朝日を浴びてモニョモニョと隠れるように動いている。えらいなあ、光が分かるんだ。


「眩しかった? でも、朝のお日様は気持ちいいよねえ」


 こうして抱いていると、返事も表情もないのに卵の気持ちが伝わってくる気もして……あ、怪しい人じゃないよ、電波とかじゃないから!


 仕組みは解明されていないけど、聖女と魔王ってそういう――つまり、以心伝心的な間柄だというから、私が特別とかじゃなくて、たぶん普通!


「リィエ様、おはようございます。今朝はいかがですか?」


 抱いた卵をゆっくり揺らしながら空を見ていると扉がノックされて、いつものようにワゴンを押したシーラさんが入ってきた。


「おはようございます、シーラさん。よく動いてご機嫌ですよー」


 そう伝えて布の中を見せると、覗き込んだシーラさんは嬉しそうに目を細めた。

 そっと卵に触れて、とたんにうっと涙ぐむ。


「こんなに温かくなって……リィエ様のおかげです……!」

「そんな、シーラさんってば」

「あのまま聖女様が見つからなかったら、どうなることかと」


 大げさな気もするけれど、シーラさんの心配は致し方ないらしい。


「でも私は抱っこしているだけですし」

「いいえ、それが出来るのが聖女様なのですよ。毎朝、こうしてお二人のお元気な姿を拝見してどれだけ安心できるか」


 なんでも、聖女の体温以外では卵を十分には温められないのだそうだ。

 私としては何も特別なことはしていないので、あまり感謝されても困るというか、逆に申し訳ない感じになってしまうのだけど。


 失敗することが決して許されない「魔王(の卵)預かり業」だが、慣例とはいえ頻繁にあったわけではなく、前回卵を託されたのはかなーり昔。

 もちろん国にとって重大なことではあるに違いないが、今では、そんなこともあったねえ的な、ほぼ昔話の域だったとか。


 魔王の育て方のノウハウも基本的に口伝だったらしく、文書で確認できるのは日記の一文とかの断片ばかり。

 さらに当時とは文化も生活スタイルも違っていて、なかなか役立つ情報が探せないでいるそうだ。

 あー、それはね。私だって江戸や室町時代の直筆資料とか、そもそも字が読めなそうだわ。


 今は、もし次回があった時のためにと、私と研究室の人達が毎日の記録を書いている。

 大事な公文書として残るのに、私の書く内容が飼育日誌か妊娠ダイアリーみたいだとルドルフさんが頭を抱えているらしいけれど……すまん、頑張ってどうにかして。


 現在のところ確実に分かっている卵の孵しかたは、「聖女が()()その身で温める」という一点のみ。


 そんなわけで、いつでもどこでも一緒だ。

 そう、それこそお風呂もトイレも寝る時も。大丈夫、慣れる。


「あら、話し込んでしまいまして。朝食にいたしましょうね」


 時計を見て我に返ったシーラさんは、テキパキとワゴンから朝食をテーブルに並べ始める。


 手伝いたいが、役割分担が徹底されていて「聖女」が自分で料理や掃除をすることは許されていない。

 上げ膳据え膳やシーラさんからの「様」呼びに異議申し立てをしたものの、迫力ある笑顔で『なりません』とキッパリ断ぜられたら、返事はハイ分かりましたの一択だ。


「さ、リィエ様」

「はあい、ありがとうございます」


 そうして今朝も、大人しく食卓についたのだった。





 

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エンジェライト文庫/イラスト:鈴ノ助先生

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