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魔女さんの家に滞在中です 3

 だいたい綺麗になったところで改めて見回しても、エドナさんの家にはテレビとかネットとか電話とかいった、外部と繋がる機器がないようだ。

 あの不思議な花瓶の通話魔道具があるけれど、あれは多分、魔女さん専用。


 クロスワードの雑誌は何冊もあった。でも、新聞や情報誌などは見当たらない。

 世の中の動きや政治経済には興味がないのかもしれないし、別の情報源があるのかもしれない。


 大量の本は、職業柄必要そうな魔術書や薬草の本のほかに料理レシピや園芸誌、それに冒険小説や歴史書、児童書やロマンス小説まで。多読だなあ。


 この家があるのも町はずれだし、家を空けることも多いらしい。

 看板もないということは、そもそも対面販売をしていないのかもしれなくて、だとすると、お客さんもそんなに頻繁には訪れないのだろう。

 卸しとか、既存顧客からの紹介のみとか、いろいろできるもんね。


 ざっくりと種類ごとにまとめた本の山ができたところで顔を上げると、青い扉――扉を隠すように、壁と同じ色の薄布が掛かっている――が目に入った。

 さっき教えてもらった、書庫だ。


「……入ってもいいって、言ったよね」


 書庫なんて、普通一般のお宅ではなかなかお目にかからないと思う。少なくとも、この目で実際に見たことはない。

 ワクワクしながら真鍮のノブを静かに回した。


「おじゃましまーす……」


 その空間へと足を踏み入れ、息を呑む。

 そこは隣のリビングとも、他のどの部屋とも違っていた。


 出入口はこのひとつで、どうやら一階の張り出した部分になっているらしい。

 窓は天井に明かり取りがあるだけの六角形の小部屋で、周囲の壁が全部、天井までの書棚。

 ライティングテーブルが一台組み込んであるが、写真やオブジェなどの飾りは一切置いておらず、全部が本の置き場だ。

 棚のところどころ空いているスペースは、リビングや寝室に放置された本が入っていた場所だろう。


 部屋の中心には、ゆったりした一人掛けのソファー。張地とお揃いの緑色のクッションとブランケット、それにオットマンもある。傍らには小さいテーブルのついた読書灯。


 ……たいへん素敵だ。


 引き寄せられるようにして、ふかりとした絨毯に足を沈めながら進み、ソファーにそっと腰掛ける。

 背もたれに体を預けると、天窓の向こうには雲のない青空が見えた。


 ――厚いガラスに和らげられた日差しが、頬や肩に積もる。きっと静かな夜には星が覗き、月光が降るのだろう。

 膝に猫と、温かいコーヒーか紅茶があればパーフェクトだ。


「いい部屋……でも、あんまり使っていないみたい」


 清浄の魔術のおかげで埃がないから、最後にこの部屋が開かれたのがいつなのか分からない。けれど、どこよりも人の気配が薄い印象を受ける。

 なんというか、来ない誰かを待っているような……というのは、さすがにロマンチックすぎるか。


 ソファーから立ち上がり、ライティングテーブルに近付く。開いたままの机の上には、すぐに使えるようにインクも紙も準備されていた。

 置いてあるペンは太めで、可愛い物が好きそうなエドナさんが持つにはちょっと武骨だし、長さも手に余りそう。

 ……ペン軸の蜂蜜色は、ダレンさんの髪色に似ている気がする。彼のだろうか。


 そのダレンさんは、ここに住んでたとはいえ、出てからは結構経つのだと思う。

 それでも、いつ戻ってきてもいいようにしているのかな――なんて思いながら、並ぶ背表紙を眺めつつ書庫の中をぐるりと一周して、一旦リビングへ戻った。


 目録とかは見つけられなかったけれど、さすがに分類はしてあるようだった。

 ダレンさんが「一人で戻すな」って言ったのは、重たいから気遣ってくれただけじゃなくて、並べ方も決まっているからなんだろうな。


「間違ったところにしまっちゃうと二度手間だよね。とりあえず、書庫に移動だけさせるか……台車がほしいなあ」


 卵を抱っこしている状態では、たくさんの本を一度に抱えることはできなくて、少しずつ運ぶことにする。


「っと、わあ!?」


 書庫とリビングの往復が二桁を越えた頃。掴みどころが悪かったのか、重ねて持ち上げた本が手から滑り落ちた。


「ああぁ、エドナさん、ごめんなさーい!」


 そこまでの高さではなかったが、古そうな本だ。落下の衝撃で痛んでいないか、慌ててその場に膝をついて確かめる。

 三センチほどの厚さの、薄茶色の革張り。表紙に題名はなく、かすれた箔押しで植物と星空が描かれている本だった。あれ、こんな本あったかな。


 ――よかった、外側は大丈夫そう。


 中身は平気だろうか。

 乱暴に開くと綴じ糸が切れてしまいそうで、ことさらゆっくりと表紙を捲る。


「うん、なんともない……な。ええと、『――ジの花弁を集……は、忘却の水薬となり』『朝露の残るヘン……の葉には、強い解毒作用と……』――ああ、薬の作り方の本だったのかあ」


 印刷技術が確立される前の、手書き時代の写書だろうか。なんにせよ稀覯本(きこうぼん)だと思う。

 クセが酷かったり走り書きもあってスラスラとは読めないものの、挿絵は綺麗だし、内容はなかなかにファンタジーだ。


「へえ……面白いかも」


『材料:毒蛇の日干し』って、毒蛇だったら種類はなんでもいいの? 自分で捕まえて干すのかな。

『なきふくろうの羽』……鳴きフクロウ、それとも泣き? 別の動物やなにかの隠語だったりする?


 ページをめくる手が止まらない。

 これは、大掃除の最中にうっかり見つけちゃった古雑誌とか読みだすパターンだ。 


 そう思いつつ、クッションを引き寄せて床に座り直した私は、玄関扉が叩かれるまでその本を読みふけっていたのだった。



 §



 魔石の採掘や研磨に重用される、豊富な水を湛えた風光明媚な湖を起点に、グリナウィディの町は広がっている。

 だが、そもそもが大きい都市ではなく、観光客や魔石業者で賑わう町の中心地には、地元住民の居住区や商店も混じって点在している。


 そんな町の一角で、店を出たダレンの進路を塞ぐように一台の黒い車が停まる。

 後部座席から降りてきたのは、見慣れた研究室のローブを纏った長身の男性。


「ダレン、そこまでだ」

「……ルドルフ室長」


 三歩ほど離れた位置で足を止め相対する二人の頭上には、空を飛ぶ魔獣の姿があった。




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