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魔女さんの家に滞在中です 1

 昨日の残りのパンを卵液に浸して、今日はフレンチトースト。採りたてのカブは軽くローストしてサイドディッシュ、青菜とナスはスープにした。

 何か言われる前にさっさと対面に席を作れば、今朝もダレンさんも一緒の食卓だ。


「コンソメとかがあればラクなんだけどねー」

「それは?」


 熱いスープをふうふうしながらの呟きを拾われて、気になっていたインスタント食品等について訊いてみた。


 このトラウィス国では就業率に性差は大きくなく、自炊よりも外食や総菜が一般的と聞いている。

 でも家で全く料理しないなんてことはないだろうし、それならナントカの素、とか、お湯を注げば~系のインスタントを便利に使う人は多いと思うんだ。自分もそうだったもの。


 文化水準的には私の生きていた現代とそう変わらないから、技術的には十分可能だろう。

 ところがエドナさんの台所には、缶詰が申し訳程度にあるくらいで……その推測がちょっと揺らいだ。

 まあ、エドナさんの好みかもしれないし、塩や砂糖は慣れ親しんだものよりも良い意味で雑味が多いから、基本の調味料だけでも味に深みが出るからいい気はするけど。


「ああ、オーブンで焼くだけのや、スープの粉末とかか」

「あ、やっぱりあるんだ」


 いわゆる生活知識や常識に乏しい自覚は、とてもある。

 料理や炊事に関して言い訳をさせてもらえれば、お城では調理室に立ち入ることなんて不可能だったんだもの。


 しかも、私がいただいていたのは、畏れ多くも陛下と同じ食材、同じメニュー。

 吟味された食材を使って自分の腕に誇りを持つシェフが作る料理に、まさかインスタント食品は使わないだろうし、なんとなく訊くのもはばかられた。


 そもそも、不測の事態――異物混入とか、物騒だけど毒殺などの可能性――を防ぎ、もしそうなった場合でも即対処できるように、王宮内の食事は各責任者が一から作るのが原則だ。

 パンだって菓子だって、どこかで買った既製品が食卓に上がることはまずない。


「半調理品や簡易食材も売っている」

「でも、(ここ)にはなかったよ?」

「師匠は魔女だから」


 どういうことだってば。意味わからん。

 むう、と不満顔でダレンさんに追加説明を要求しながらフレンチトーストを口に運ぶ。うん、ぱらりと振りかけた砂糖が甘い。おいしい。


「魔女は魔術のほかに、魔法も使う」

「ん」


 もぐもぐしながら頷いた。

 魔法は、魔術よりも精霊とかが持つ原始の力に近いもので、魔力の中でも特別なのだと、ざっくり習っている。

 先天的にその能力を持つ人にしか使えなくて、それがつまり、魔女さんたちなのだと。


「魔法は、自他相互の魔力干渉が基礎になって……いや、いい。簡単に言うと、師匠が自分で料理をしているのは、魔法のためだ」


 途中で「はて、なんのこと?」の表情になった私に気付いて、ダレンさんは説明を端折ってくれた。


「直接肌に触れたり、体に取り込む物……服や食べ物だな。それらは特に、魔法の質や発動に影響を与える」

「へえ」

「魔法を常に使用可能、かつ良好な状態で保つために一番いいのが、自然の状態に近い食材から、自分で調理したものを摂取することだ」


 作る薬の効果にも影響が出るのだという。ああ、それは大事だ。


「調理時に魔力を込めた食事を摂取することで、魔法の効力はさらに上がる」

「じゃあエドナさんは、料理が趣味とか、スローフード推進派とかいうことでなく、自分の魔法の質向上のために?」

「それ以外の理由で、師匠はわざわざ料理などしない。あの人は基本的に魔法以外に興味がない。特に家事には」

「あ、うん。そのようだね……」


 家内の惨状を思い出して、はは、と乾いた笑いがでてしまった。

 保存食がほとんど置かれていないのも、庭の畑も、必要にせまられてなんだな。


『アタシだってラクに済ませたいよ、まったく』とかぼやきながら、面倒そうに鍋をかきまわすエドナさんが想像できすぎる……。


 話をしながらも上品に食べ進めるダレンさんのお皿の上からは、私の作った簡単ごはんが今朝もすごい勢いで次々と消えていく。

 残されるよりずっと嬉しいけど、量が足りなかったかとやや焦る。


「……ダレンさん、おいしい?」

「ああ。リィエの魔力の味がする」

「っ?!」


 あっぶない、口に入れたばかりの噴き出すところだった!


「な、な、なにそれ?!」

「さっき言ったが、料理には『魔力を込め』られる。これらには全部、リィエの魔力が入っているな」

「私、そんなことしてないよっ?」

「無意識だろう」

「ええー……」


 うろたえる私に構わず食事を続行するダレンさんから、自分のお皿に目を移す。

 ……うん、見たところで分からない。


 魔力はあるとはいえ使うほうはさっぱりだったのに。なんなの、無意識怖い。それとも、食べ物限定の魔力だったとか? ――って、どうなんだ、それ。


「なにか、変な味とかしてたりする?」

「いや。魔力で味そのものは変わらない」

「え、じゃあどうして『魔力が入っている』って分かるの」


 ああ、とようやくダレンさんは手を止め、残り少ない皿の上を示した。


「食べ物に込められる魔力は微量だ。その影響を受けるのは、魔女や一部の神官、それに取り替え子くらいだ」

「あ……」


 そうだった、この人は。

 気まずさを感じたのは私だけのようで、ダレンさんの動じなさに救われたと思ったのに。


「今まで食べたものの中で、一番口に合う」

「っそ、そうデスカ」


 昨日からすごい食べるから嫌いではないと思ったけれど、突然また天然爆弾を落とさないでくれるかなあっ?!

 他意はないと分かっていても、いやー、ムズムズするっ!


 誤魔化すようにフレンチトーストを一切れ、お腹に抱いた卵に寄せると、おいしいというようにぴこぴこ動かれた。

 そっかぁ、君も魔力が分かるのねー……まあ、うん。後で考えよう。自分ではどうしようもないし、害はなさそうだし。なんか恥ずかしいけどっ。


 気を取り直して、それよりも。


「……ところでさ、お城のほうって今頃どうなっているんだろ?」

「……」


 さすがにこのままでいいわけがないのは、ダレンさんだって分かっているはず。


「きっと心配してるね」


 卵と、それからダレンさんを。

 ほんのり温かい殻を撫でながら言った言葉に、返事はなかった。

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