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卵番はじめました 2

 異世界ではあるけれど、生活様式や食事などは元の世界とほぼ一緒で馴染みやすい。

 今朝はベーコンエッグに野菜サラダ、パンとスープというホテル仕様。

 一人暮らしの普段の朝食なんてせいぜいヨーグルトとか飲み物くらいの生活だったから、すごく贅沢に感じる。おいしいけれど、運動量も多くないから食べ過ぎ注意だ。


 当然のように食事中も卵は抱いたまま。美味しかったのが伝わったのか、もじもじと小さく揺れている。

 うん、元気でよろしい!


 食べていると、シーラさんが今日の予定を尋ねてきた。


「リィエ様、午前中はまた散策に行かれますよね。西側の第三庭園では、トーカの花が咲き始めたそうですよ」

「あ、じゃあ今日はそこにします」


 シーラさんはニッコリ頷くと警備さんに伝えに行く……卵ちゃんは重要人物なので、お出かけにはSPが付いてくるんだよ。生まれる前からすごいね。


 そして食後、身支度や準備が整うと、シーラさんに見送られて散歩に出かけるのだけれど。


 この豪華な部屋と外との行き来には、建物の端にある塔の螺旋階段を利用する。

 頑丈な建物だが躯体そのものは古くて、階段に手すりなどはない。そして螺旋の中央はドーンと天井まで吹き抜けだ。


 さて、ここで大事なポイントが二つ。


(一)寝起きしている部屋は四階程度の高さにあり、

(二)私は高所恐怖症である。


 というわけで、ご想像いただけるだろうか。

 片手を壁にびったりと付けて、反対の手で抱っこ帯の卵をがっちりと抱え、おっかなびっくり震えながら階段を下りる私の姿を。


 着ているのはこちら仕様のフェミニンなミモレ丈のワンピースドレスだが、はっきりいって、優雅さのかけらもない。


 完璧なへっぴり腰に抱いている卵も緊張しているような……いや、ワクワク? こらぁ、アトラクションじゃないんだぞっ。もう、頼もしいじゃないか!


「足元に気をつけてね、リィエ」

「は、はいぃ……っ」


 そんな私を支えてくれるのは、ジョディさんというお姉さんだ。

 ルドルフさんやフィルさんと同じ研究室の職員さんで、あの日私に手鏡を渡してくれた人。


 年齢は多分二十代後半くらいかな、腰までの黒髪ストレートで、涼やかな目元のクールビューティ。ちょっぴり近寄りがたい反面、うっかり見とれてしまうような色っぽい笑顔の持ち主だ。

 そしてやっぱり、名字がややこしくて長かった。例によって聞き取れなかった自分にガックリしつつ、名前で呼ばせてもらっている。


 そんなジョディさんが、びくびくしながら階段を下りる私に苦笑いを向けてくる。


「昇降盤はまだ無理そう?」

「あはは……いつか乗れたらいいですねえ」


 実は、なにもこうして階段を使わずとも、エレベーター的な移動手段があるのだ。

 そりゃそうだよね。賓客も使う部屋なんだもの、まさか延々と自力で階段を上り下りさせるわけないよ。


 だが、残念なことに私はその便利な道具を使えない。

 だって怖いから。


 あのね、ガラス張りになっていて外が見えるエレベーターがあるでしょう。あれの全方位クリア版だと思って。

 しかも機械部分も見えなくて、壁も天井もない。薄い透明な板に乗るだけ。

 すっごい速くて、風が上から下からびゅんってなって、お腹はひゅんってなるんだから!


 高所恐怖症だって言ってるじゃん、ついでにジェットコースターとかも苦手なの、無理だって! 死ぬかと思った!!


 あれにまた乗るくらいなら、びくびくしながら筋肉痛覚悟で階段を上り下りしたほうがよっぽどマシ、という結論になったのだ。

 どこに行くにも私と卵に同行の義務がある、ジョディさんや護衛さん達には付き合わせてごめんなさいだけど。


 初めて乗ったときのことを思いだして青くなる私に、ジョディさんはくすりといたずらっぽい笑みを零す。おお、至近距離で麗しい表情、眼福です。


「あのムカつくくらい冷静沈着なルドルフ室長が、また大いに狼狽えるところを見たいのよねえ」

「そ、それは忘れてあげてください」

「嫌よ。こんなおいしいネタ、もったいない」


 ねえ? とジョディさんに同意を求められて、前を行く警備の騎士さんも控えめに口角を上げる。


「あの室長が慌てるところなんて、見たことも聞いたこともないですからね」

「でしょう!」


 今日の担当騎士さんは爽やか系のお兄さんだ。騎士隊の制服がカッコよろしくて見惚れそうです。

 あ、王城の警備なんで騎士と呼び帯剣もしているけど、普通に拳銃を装備しています。まあ、スタイルは大事だよね。


「もう、目がすっごい泳いで、手がパキンって固まって、あんなに焦った顔……ププッ」


 なんと私は恐怖のあまり、隣にいたルドルフさんにめっちゃしがみついてしまったのだ。

 ええ、もう、お化け屋敷に来たカップルかっていうくらいの勢いでぎゅうぎゅうと抱き着いたね。卵ちゃんが割れなくて本当によかったよね。


 あまりの私の取り乱しぶりに、さしものルドルフさんも驚いたらしい。

 乗っている最中はそれどころじゃなかったし、降りてからは腰を抜かして、ついでに生まれたての小鹿になっていたから知らないけど。

 わ、悪いのはあの昇降盤、私のせいじゃないから!


 国王陛下の御前でもふてぶてしいルドルフさん(ジョディさん談)、駆除難易度超級のアメリカバイソン似の魔獣にも涼しい顔のルドルフさん(フィルさん談)が、周囲が分かるくらいに動揺していたと、いい話の種にされてしまっている。


 ……私のハグは、ごっつい魔獣以上のインパクトなんだろうか。

 軽くショックだが結果的に上司の威厳にケチをつけることになってしまったようで、ええと、すまんかったと一応心の中で謝っておこう。


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エンジェライト文庫/イラスト:鈴ノ助先生

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