Ⅸ
休日にイーブンが郵便受けを覗くと、中に封筒が入っているのが見えた。
不思議に思い封を開け、中から紙を数枚取り出す。
その文面を読んでイーブンは思わず目を輝かせた。そして「やった!」と大声をあげた。
封筒に入っていたのは、少し前に募集していたスペシャル企画、『sunshineのメンバーと一日デートしちゃおう!』の選考結果だった。もちろん応募する人は多く、倍率はすさまじいことになっていたのだが、イーブンは半ば運試しのようにこれに応募した。
しかし、イーブンの日頃の行いが良かったためか、なんとライの一日デート相手に選ばれたのだ。
(嘘でしょ!?夢みたい!)
イーブンは喜びのあまりベッドに飛び込むとそのままくるくる寝返りをうった。見間違いではないかと何回も見返すが、文面の内容は全く変わっていない。
「生きててよかったあ!」
イーブンはばんばんとベッドを片足ずつ叩きながら喜びをかみしめていた。そして一通り喜び放心状態になったあと、はっとして顔を上げる。
「……だったら、デート用の服を探しに行かないと!」
ライの隣で変な格好をしているわけにはいかない。イーブンは思い立ったが吉日、ベッドから飛び降りるとショッピングをするべく外に飛び出した。
当日、朝早く起きてイーブンはシャワーを浴びいつも以上に丹念に化粧をした。早起きがピーマンより苦手なイーブンだが、ライとデート出来るならそれくらいたいしたことではない。今なら始末書を何枚書かされても大丈夫かも、とイーブンは朝食を作りながら考える。
そしてイーブンにしては珍しくしっかり時間に余裕を持って家を出た。朝の町を鼻歌を歌いながら歩き、撮影場所まで向かった。
撮影場所には多くのスタッフがいた。キョロキョロと辺りを見回すと、スタッフの一人が声をかけてきた。
「おはようございます。あなたは……」
イーブンが名前を言うと、スタッフは紙で確認してから頷き、「こちらへ」と言い歩き出した。
イーブンが案内された場所には四人の女性がおり、全員机に腰掛けていた。どうやら他のメンバーのデート相手に選ばれた人のようだ。皆わくわくしているようで、昨日一睡も出来なかったと語る女性もいた。
イーブンはそこでいかにsunshineが素晴らしいかについて話し合った。このように面と向かって話すのは初めてだったので、話は非常に盛り上がり、最後には皆でメールのアドレスを交換した。
その中の一人は、オッドのデート相手だった。何故オッドを選んだのか遠回しに聞いてみると、
「オッドくんの何もかもが私の好みだったから」と言った。本人曰く一目惚れだったらしい。
なるほど、と相づちを打ちながらイーブンは用意されていたオレンジジュースを飲み干した。
トークが落ち着いて来た時に、プロデューサーらしき人が部屋に入ってきた。そして、挨拶をしたあと、イーブン達を外へ連れて行った。
外で待っていたsunshineのメンバーを見て、イーブン達は歓声をあげる。メンバーそれぞれがデート相手に歩み寄り、挨拶をした。声をかけられた数人は夢心地で、声が聞こえているかも怪しいくらいだった。
目の端でオッドが先程の女性に話しかけるのが見える。顔を真っ赤にして話をする女性にオッドが笑いかけた。
(……なによ、あんなやつ)
ふと顔をあげたオッドがイーブンを見つける。そして、驚いた顔をした。
イーブンは他の人に見られないよう思い切り舌を出した。そんなイーブンにライが近寄る。
「こんにちは、お姫様。また会うなんて運命みたいだね」
そう言って爽やかに笑うライを見て、イーブンも顔をりんごのように真っ赤にする。
陽光の下で見るライはさらにかっこよく見えた。ついライを前にすると、通常傍若無人なイーブンでさえどぎまぎしてしまう。
「こ、こんにちは。今日はよろしくお願いします」
そうぺこりとお辞儀をするイーブンに、ライが「こちらこそよろしく」と言った。そしてイーブンの服を見て、
「今日は一段と可愛いね。服が君のかわいらしさをさらに引き出しているよ」と言ってくれた。
イーブンはうれしくて頬を染める。頑張って選んだかいがあったというものだ。
ライは愛おしそうにイーブンを見つめたあと、振り返り「プロデューサー。もうデートを始めてもいいですか?」と尋ねた。
プロデューサーが頷くのを見て、ライがイーブンの肩を抱く。
「じゃあ、行こうか。どこに行きたい?」
そう尋ねられて「ライの行きたいところでいいよ」と常のイーブンなら絶対言わない言葉を言う。
それを聞いてライが微笑んだ。
「遠慮しなくていいんだよ。だって、今僕らは恋人同士でしょう?」
そう言われてイーブンの顔はさらに熱くなる。
(恋人同士……。ライと……)
鼻血が出そうなのを必死に抑えて、イーブンは考えた。
辺りを見回すと、クレープ屋の屋台が見える。
おいしそうなクレープに、イーブンの目は釘つけになった。
(……おいしそう)
そうとは思ったが、いきなり食べ物に走るなど食いしん坊であることを露呈させるだけだ。
しかしイーブンの体は正直だった。彼女の視線の先にある物に気づいたライがにっこりと笑う。
「あのクレープ、食べに行こうか?」
心を読まれたイーブンがぶんぶんと首を振る。
「い、いいの。クレープ屋はいつでもいけるし……」
そう言うが、ライはイーブンの手を握り、クレープ屋の方へ歩き出していた。
「君がやりたいことをしよう。それに、僕もクレープを食べたいし」
ライに握られたところが熱い。手をつないでいる事実に、イーブンは発狂してしまいそうだった。
(や、やばい。死んじゃいそう……)
イーブンは神様に心から感謝をした。
「はい、どうぞ」
ライからクレープをもらい、イーブンはお礼を言った。そしてクリームをこぼさないよう気をつけながら口に運ぶ。
「おいしい?」と尋ねられイーブンは頷いた。
(おいしい、のだけど……)
イーブンはちらりと辺りを見回す。
正直、味より周りにいる人間の目の方がイーブンは気になってしまう。
カメラマンがいるせいで何かの撮影をしていることに気づいた人々が近寄ってきたのだ。それでもって、いるのがライだと分かったせいで、さらに人が寄ってくる。周りを取り巻く女性がイーブンのことをお邪魔虫のように見ているのがありありと分かって、仕方がないことだと思いながらもイーブンは顔をしかめた。
ふとライの食べているクレープを見る。イーブンのクレープは苺がたっぷりのっていたが、彼のクレープにはチョコレートとバナナが乗っていた。
「ライってチョコレートが好きなんだよね」
そう言うとライは頷く。
「そうだよ。よく知ってるね」
イーブンが恥ずかしそうに「前バラエティ番組で言っていたから……」と答えた。
それを聞いてライはうれしそうな顔をする。
「僕の好きな物を知っていてくれるなんて、うれしいな」
天使のような笑みに癒やされつつ、イーブンの頭にはオッドの顔が浮かぶ。
(あ、なんで……?)
頭の中には、以前任務終わりに公園でクレープを食べたときのオッドの様子が映し出されていた。イーブンが苺のクレープを食べる一方、彼はライと同じ、チョコレートとバナナのクレープを選んだのだ。
『おいしいですね、警部補』
そう言ってオッドはイーブンに笑いかけたのだった。
イーブンは頭を振って慌ててその光景を打ち消す。
(なんであいつのことを思い出すのよ。今はライとデートしているのよ……)
表情が暗くなったイーブンに心配そうにライが声をかける。
「大丈夫?調子が悪い?」
はっとしてイーブンが顔を上げ、首を振る。
「う、ううん。大丈夫。ごめんね」
こちらを気遣うライを見て、イーブンな申し訳ない気分になった。せっかく忙しいなか、イーブンの為に時間を割いてくれているのだ。ライを悪い気分にしてはいけない。
「なんでもないの。これ、とてもおいしいから感動しちゃって」
そう言って笑うイーブンを見てライはほっとした顔をした。そして、思いついたように
「そうだ、一口交換しない?」とクレープを差し出した。
「え!?」
イーブンは声を上げる。
(そ、それって間接キスとかいうやつ……!?)
そんなことをしてもいいのだろうかとカメラマンと音声の方を見るが、止められることはなかった。ライの方を向けばエンジェルスマイルを浮かべている。
(ど、どうしよう……)
イーブンは悩みに悩んだ結果、やめておくことにした。
「そっか、残念だな」とライが言ってくれたのが、イーブンにはうれしかった。
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