Ⅴ
イーブンは新聞のテレビ欄を見ながら、sunshineが出演する番組にペンで丸をつけていた。そのうちの一つ、sunshineが主体でやっている番組では、新しく入ったオッドのために特集を組んでいた。
「『彗星のごとく現れ人気を総集め!超期待の新メンバー、オッドの素顔に迫る!』……ねえ」
イーブンは複雑な顔でそれを読む。
どうやらオッドは初めて出演したCMで多くの注目をひいたらしい。コンサートにも出ていないのにさっそくファンクラブが出来ているのには驚きだった。その人気を考えると、同期の言っていた通りオッドは女性受けする顔なのかもしれない。
オッドの話などあまり興味がないが、ライも勿論出るのでイーブンはそれを予約することにした。
リモコンを操作して録画予約をしたあと頬杖をついてため息をつく。
いちいちオッドのことで騒ぐ警官達も、ネット上で騒ぐファンもイーブンには煩わしかった。
「……」
オッドのファンクラブを興味本位に覗いてみてイーブンは後悔した。そこではオッドに惚れた人々が色々と書き込んでいた。それを読むとなんだかこちらがこっぱずかしくなってくる。
新規のファンもいれば、別のメンバーのファンからオッドに移ったファンもいる。中にはライからオッドに変えたファンもいて、イーブンは人事ながら勿体ないと思い残念な気持ちになった。
ライには劣るが新メンバーとしてはファンクラブに入っている人の数は多い。ライが負けるかもしれないという一抹の不安を感じつつ、イーブンはライのファンクラブのページを開いた。
ライのファンクラブのコメントを見ているうちに、イーブンは段々心が安らいでくるのを感じた。ライを称賛するコメントにうんうんと頷きながらスクロールしていく。
(そうよ!オッドなんてライの人気に比べれば全然大したことないんだから!)
そう思うとなんだか気分が楽になった。そのままどんどんスクロールしていくと、最近の書き込みになった。そのコメントのいくつかにオッドの文字を見つけてイーブンは目を止める。
『あのオッドとかいう新メンバー、調子のっちゃって嫌な感じ』
『分かる。ライ様の足元にも及ばないのに少しちやほやされただけでアイドル気取りだよね』
そのような書き込みがいくつかなされている。他の人が『他メンバーをけなすのはやめてください』と書き込んでいたが、マナーの悪いファンがいるようで、オッドを貶めるコメントは続いた。
(なんでライのファンクラブページでオッドの悪口を言わないといけないわけ?)
せっかく楽しんでいたのを邪魔されて、イーブンはまた嫌な気分になった。
そのコメントの一つに
『右目を隠してるのだってキャラ付けするためにやってるんでしょ?』
というのがあり、イーブンはさらに腹が立った。
(なによ、オッドだって隠したくて隠しているわけじゃないのに……)
そこまで思ってイーブンははっとした。なぜ、今自分はオッドを庇っているのだろう。さっきまではちやほやされているのを見て、腫れぼったく思っていたというのに。
「……」
自分のことがよく分からなくなってきたイーブンはパソコンを閉じ、その上に突っ伏した。
そして誰もいないオフィスを眺める。
オッドがいたときはなんとも思わなかったが、一人でいるとこの部屋はあまりにも静かすぎる感じがした。
カチカチと時計の針が動く音がやけに大きく感じる。
「……」
イーブンはちらりと時計を見た。もうすぐ十二時になる。
(……お腹すいた)
イーブンは立ち上がると部屋を出て食堂へ向かった。
家に帰り、体をソファに投げ出しながらテレビをつける。ちょうどsunshineの番組がやっており、オッドがメンバーに囲まれながら質問に対して答えていた。
もうすっかりメンバーとも仲良くなっているようで、オッドはライや他のメンバーと冗談を言いながら笑いあっていた。それをイーブンは黙って眺める。
目を輝かせてライを見ている自分を、呆れながらテレビのこちら側で見ていたオッドが、今はテレビの向こうでライと話している。それを目の当たりにすると、さらにテレビにいるオッドがオッドではないような気がしてくる。
誰かと笑顔で話しているからだろうか。警察署にいるときには決して見せなかった自然な笑顔。それを惜しみなく出している今のオッドはイーブンにとっては変な感じがした。
他メンバーのする色々な質問にオッドはすらすらと答えていく。それを聞いているうちに、イーブンは自分がオッドについてほとんど何も知らなかったことに気づいた。
オッドと一緒にいた時間はそこまで長くはないが、決して短くはない。しかし、わざわざオッドについて尋ねたことなどないにしても、あまりにも知らないところが多すぎる。
苦手な食べ物が寿司というのも初めて聞いた。イーブンは逆に寿司が好きなので、仕事終わりによくオッドを連れて食べにいったものだ。
オッドはその度に苦手なものを無理矢理口に運んでいたのだ。「言ってくれればよかったのに」と思うが、いつも半ば強引にイーブンが連れていってしまうので、遠慮して言い出せなかったのだろう。
『ぶっちゃけ、好きな女の子はいるの?』と司会の人にニヤニヤして問われ、オッドは笑いながら『いいえ、いません』と答えた。それを見てライ達も笑う。
『そうだよね。俺たちの恋人はファンの皆だもんね』
そうこともなげに言ってみせるライにキュンとしつつも、イーブンは浮かない表情をしていた。
(オッドに酷いことをしちゃったな……)
俯いて自分の行動を後悔していると、『そういえば』と司会の人が話を変えた。
『オッドくんは右目を隠しているのが特徴だけど、それはどうしてなの?』
それを尋ねられてオッドは困った顔をした。
『あー、これですか。……これは』
なんと言うのだろう、とイーブンは食い入るようにオッドの顔を見つめる。
『これは……?』と司会が前のめりになって言う。
『……ファッションですよ。それ以外の何物でもありません』
そう肩をすくめて言うオッドは、なんだか傷ましく見えた。イーブンは黙ってオッドを画面越しに見つめる。
(本当はそんなこと、言いたくないだろうに……)
気の毒に思いながらもイーブンは、何故オッドがアイドルになったのか疑問に思い始めていた。アイドルになった以上、自分の顔は晒さなければならないし、右目のこともより一層隠さなければならなくなるのに。
「……」
(元々オッドはこういう仕事をしたかったのかもしれない)とイーブンは考えた。しかし右目のせいで自信が持てず、オーディションに自ら参加する勇気がなかったのかもしれない。
だったら、sunshineの新メンバーになれたことは、彼にとって大きい一歩だろう。
(それなら応援しないと)とイーブンは考えた。一緒に仕事をする時間が減るのは寂しいが、彼の夢を阻む権利などイーブンにはない。
(まあ、それに……)
sunshineと繋がりが出来たのが何よりイーブンは嬉しかった。オッドをだしに使えばもっとライにお近づきになれるかもしれない。
イーブンはそんな悪い考えを頭に浮かべながらテレビを眺めた。
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