Ⅳ
「ねえねえ、このCMのオッドくんかっこよくない?」
「あー、分かる。なんだろ、補佐をやっていたときよりもかっこよく見えるよね!」
そうきゃいきゃい騒ぐ女性警官を横目にイーブンは昼食のサンドウィッチを頬張る。
今、食堂のテレビにはオッドが出演している炭酸飲料のCMが流れていた。制服は制服でも学生服を着る彼は、なんだか無理がある気がしてイーブンは吹き出してしまいそうなのだが。
「ねえ、イーブン。あんたいいわよねえ、オッドくんが補佐なんだもん」
「うらやましい、代わってちょうだいよ」
今、イーブンの周りはオッドに興味津々な女性警官が集っていた。イーブンが困惑しているのは、今まで一度もオッドを話題にしなかった警官たちが、皆口をそろえて「オッドはかっこいい」ということだ。
「何よ、あんたたち。今までオッドのことなんて少しも興味がなかったじゃん」
そう言うと彼女達はばつが悪そうな顔をする。
「だって……。なんだかオッドくんって怖かったし、右目が変だって聞いていたし……」
一人の警官の言葉に「そうそう」と近くの机に座っていた男性警官が笑う。
イーブンと女性警官達がそちらの方を振り返る。
「あいつ、あんな“不気味な目”を持っているっていうのにアイドルやってるなんて笑っちまうよな。今は人気らしいけど、あいつの右目を見たら、きゃーきゃー騒いでる奴らも一気に静かになっちまうんじゃねえの?」
そう言うと同じ席にいた男性警官達が「だよな」と嘲るように笑った。
それを聞いて騒がしかった女性警官達が黙り込む。そして食堂を居心地の悪い沈黙が支配した。
「……」
イーブンは黙ってサンドウィッチを食べきると、カフェオレを飲み干しさっさと食堂を後にした。
ゆっくりオフィスに戻りながら、イーブンはオッドの右目のことを考えた。
彼の右目は、うまれつき色がなかった。透明なのだ。
左目は全ての色を吸い込む漆黒であるのに、右目はガラス玉のように全ての光を透過させる。その目は見るものを底なしに不安にさせ、ぞっとさせるようなものだった。
ただでさえオッドアイというのが目をひくのに、それに加え奇怪な瞳の色をしている。そのせいで、母親までもが彼を忌み嫌った。彼は母親の愛情もろくに受けられず、人々からは虐げられて生きてきた。
オッドは自分の瞳を恨み、憎んでいつしか右目を髪で隠すようになっていた。
右目が隠れてさえいれば、人々はオッドに寄ってきた。しかし一度右目を見てしまえば、人々は距離をおいたり、「化け物だ」と陰口をたたいたりした。
オッドは仲が良かった者が離れていく悲しみを避けるために、元から人に心を開くことをやめ、距離を置くようになった。そして彼はここの警察署でも、誰とも交わらず一匹狼で生きてきたのだ。
イーブンはそんな後輩がいることは知っていたものの、あまり関心を抱かなかった。彼女はライのことで頭がいっぱいだったのだ。
しかしあるとき、署長室へ急いでいたイーブンがオッドにぶつかり、転んだ拍子に彼の右目を見てから状況は一変した。
イーブンは太陽光を受けて透き通るオッドの右目に魅了された。彼女はそれに恐怖も不安も微塵も感じなかった。まるで、神様を見てしまったかのような、崇高なものを目の当たりにしたような気分だった。イーブンはしばらくその目にみとれていた。
オッドが焦ったように右目を隠すのをイーブンが止める。そして何を言われるかと怯えるオッドに、微笑んでみせたのだ。
『あなたの瞳、とっても綺麗ね』
それを聞いてオッドは目を見開いた。そして言葉を詰まらせる。
『もっと自信を持てばいいのに』
そう言うイーブンの視線を避けるようにオッドがそっぽを向いた。そして右目を隠す。
その時、イーブンの頭にびびっと電気が流れたような気がした。そして、よく考えもせずに、イーブンは言葉を紡いだ。
『決めた。あなたは今日から私の補佐よ』
その言葉にオッドはぽかんとする。署長に勧められた他の警官はもはやイーブンの頭には無かった。彼女の頭には、先ほど見たダイヤモンドのような瞳だけが浮かんでいた。
こうして、イーブンは半ば無理矢理オッドを補佐にしたのだ。周りの警官はこっそり、「変人コンビだ」と噂したが、全くイーブンは気にならなかった。
イーブンには何故人々がオッドの目を忌み嫌うかが理解出来なかった。瞳の色なんて皆違って当たり前だ。オッドだけがどうこう言われるのはおかしいだろう。
そんなことを思いながら扉を開けると、オッドがこちらに背を向けて、何かを書いているのが見えた。しばらく警察署に姿を現わさなかったオッドを見て、イーブンが不思議がる。
「あれ?オッド。どうしてここにいるの?」
そう後ろから声をかけるとオッドがびくりと肩をはねさせ、慌てて書いていた紙を新聞の下に滑り込ませた。妙な行動にイーブンが首をひねる。
「あ、警部補……。お久しぶりです」
そうどこか落ち着かなさそうに言うオッドに
「ちゃんと仕事してる?」とイーブンが尋ねた。
「ええ、ご心配なく。もう大分慣れてきました」
そう言って笑うオッドはどこか疲れているように見える。イーブンはじっとその顔を眺めたあと、
「オッド、あんたちゃんと寝てる?」と尋ねた。
オッドが目を丸くする。
「へ?……ええ、もちろん」
「そう?なんだか疲れているように見えるけど」
顔を覗き込むとオッドが気まずそうに目を背けた。そしてふっと笑う。
「……警部補って、妙なところで鋭いですよね」
「そう?」
首をかしげるイーブンにオッドは頷く。そして困ったような顔をした。
「……実は結構ハードなスケジュールでして。今日もこの後すぐにテレビ局に戻らなければいけないんですよ」
「すぐっていつよ?」とイーブンが尋ねる。オッドの言った時間を確認して、イーブンは驚いた。
「あと五分じゃない!」
「ええ。休憩時間に抜けてきただけなので」
それを聞いて「なんでわざわざここに来たのよ」とイーブンがあきれた顔をする。
「それは、まあ……。少しやることがありまして」
そう言葉を濁すオッドにイーブンは再び首をかしげた。オッドはそれを見てどこか焦ったように時計を見る。
「そういえば、警部補。今日はパトロールの当番ではないですか?」
そう言われてイーブンははっとした。もし遅れでもしたら、またあの同期に怒られてしまう。
「そうだ!早くいかないと!」
イーブンは慌てて制帽と警察手帳を取り上げると扉の方へ急いだ。そして外に出る直前に振り返って、
「オッド!ライのサイン、忘れないでよ!」と念を押した。
オッドは「分かっていますよ」と苦笑してイーブンを見送る。ばたばたと騒がしい足音が聞こえなくなったあと、オッドは「本当にライが好きなんだなあ」とため息をついた。
町中を同期と共に歩きながらパトロールをしていると、ビルに備え付けられた巨大なテレビに、オッドのCMが映った。
信号待ちをしていた女子高生やOLなど女性が一斉に顔をあげて、それを見る。
「ねえ、あの人って……」
「新しくsunshineに入った人だよね?」
そう口々に言う声が聞こえる。同期はオッドと知り合いであることを誰かに言い触らしたいようで、うずうずしている。
イーブンは興味なさげに信号が青になるのを待つ。さっさとパトロールを終わらせてオフィスに帰りたかった。
「sunshineにはいないタイプだったから、最初はどうなるかと思ったけど、意外とマッチしそうだよね!」
「うんうん。右目を隠しているのがまたミステリアス、って感じでいいよね」
そんな風にはしゃいでオッドの噂をする女性達を横目に見て、なんだかイーブンはもやもやした気分になってきた。
前までは一部の人間しかオッドのことを知らなかったのに、今や彼のことをこの国の人全員が知っている。そして彼のことをかっこいいやらミステリアスやらと騒いでいる。町中のテレビに映るオッドを見て、自分とオッドの間に遠い距離が生まれてしまったような気がした。
信号が青になった。イーブンは理由のわからない苛立ちと焦りを覚えつつ、同期を置いてさっさと歩き出した。
(C)2019-シュレディンガーのうさぎ