Ⅱ
オッドはぱらぱらと新聞をめくって記事に目を通す。イーブンはというと、暇そうにソファに座り、脱力していた。
(暇……)
そう心の中で呟く。
最近、彼らが追っているギャング『ジャンクファミリー』が活動を休止していた。
彼等による被害が出ていないのはいいことだが(ここまで平和だと逆に暇だ)とイーブンは思いきり伸びをする。
ふとオッドが何をしているのか気になって、イーブンはソファの背もたれに体を沿わせ、のけぞるようにすると後ろにいたオッドの顔を見た。
「ねえ、オッド。何をしているの?」
オッドが顔をあげイーブンを一瞥した後、再び目を新聞に戻す。
「見ての通り新聞を読んでいるんですよ。何か事件が起こっていないかと思って」
オッドの返答に「ふーん」とイーブンが興味なさげに言う。そのままの体勢でいるイーブンに、オッドが
「その体勢、苦しくないんですか?」と尋ねた。
「ううん、苦しい」
そう言ってから弾みをつけて起き上がる。そのまま辺りを見回した。
(私も何かしようかな……)
イーブンの目が棚の上にある可愛らしい缶に止まる。
(そういえば、あれの中に何が入っているんだろ?)
旅行のお土産として同期にもらったものだが、中身はお菓子としか情報がない。
もらった時は他のお菓子が有り余っていたため、見向きもされなかった缶。机の上に置いておいても邪魔だからと、オッドが棚の上に上げたのだ。
(なんだろ?チョコレートかな?クッキーかな?)
美味しそうなチョコレートやクッキーがイーブンの頭の中にほわほわと浮かぶ。するとみるみるうちにお腹がすいてきた。
イーブンは俊敏に立ち上がると棚の前に向かう。そしてお菓子の缶を見上げた。
(……届くかな)
物は試しと爪先立ちをして、手を懸命に伸ばしてみたが、お菓子の缶どころか棚の上部までも手が届かない。
「うっ……」
イーブンは自分の身長の低さを恨んだ。しかし、こればかりはどうしようもない。
辺りを見回し踏み台になるものを探す。しかしそんなものはなく、イーブンは仕方なくオッドの方を振り返った。
オッドはまだ新聞を読んでいた。かなり集中しているようで、イーブンの視線にも気づかない。
なんだか頼むのもしゃくで、イーブンはぴょんぴょん跳び跳ねて缶を引き寄せようとする。けれどそれも無駄な足掻きに終わった。
イーブンの心の中のお菓子を食べたい欲求は、オッドに頼りたくない欲求に勝った。
(仕方ないな)
イーブンは渋々オッドに助けを求めた。
「オッド、あのお菓子をとってくれない?」
オッドは顔をあげ、イーブンとお菓子の缶を見比べる。そして全てを察したようで
「いいですよ」と微笑んだ。
なんだかバカにされた気がしてイーブンはムッとする。それを横目にオッドは棚の前に立つと、容易くお菓子の缶をとった。
それを見てイーブンが面白くなさそうな顔をする。
「あんた、補佐の癖に私より背が高いのが気に入らないのよ」
無茶苦茶な理論にオッドが困り顔を作る。
「そんなことを言われましても……」
それにオッドは特別背が高い訳ではない。イーブンが小さいだけだ。ただ、こんなことを言うと間違いなく怒られるので、触らぬ神に祟りなしとオッドは黙っておいた。
イーブンはお礼を言うとお菓子の缶を受け取った。さて、さっそく食べようとソファの方に体を向けたとき、コンコンと誰かが扉をノックした。
返事をしてイーブンが近寄る前にオッドが扉を開ける。彼は扉の向こうの人と二言三言交わしたあと、礼を言って茶封筒を受け取った。
「?」
妙な行動をイーブンが不思議に思って眺めていると、オッドが封筒の封を切りながら近づいてきた。そして中に入っていた紙を取りだし目を通す。
「なに?それ」
自分の顔を見上げるイーブンに、オッドが笑いかけた。
「……実は私、オーディションに受かって、sunshineのメンバーになることになったんですよ」
それを聞いて一瞬イーブンがぽかんとした。数秒後、驚きと疑いが混じった声が上がる。
「え!?あんたがsunshineに!?」
イーブンが信じられないと言った顔でオッドの顔を見つめる。
「ええ」
「えっ!?そんなの絶対あり得ないでしょ!」
失礼なことを言うイーブンにオッドが紙を見せる。
イーブンはその文面を読んでわなわなと手を震わせた。
「う、うそ……」
確かにそこにはオッドをsunshineに正式なメンバーとして迎え入れる旨が書かれていた。目の前がチカチカする。ドッキリなのかと思ったが周りにカメラはなかった。また、オッドの表情からして本当のようだ。
「あ、あんたいつの間にsunshineのオーディションなんか……!」
尋問するように問われオッドが頬を掻いた。
「実は、この前町を歩いていたら芸能事務所の人に声をかけられたのです。話を聞いてみたところ、なかなか面白そうだったので応募してみたんですよ」
口をあんぐり開けてイーブンはオッドを見つめる。オッドは申し訳なさそうな顔をして続けた。
「ですから、補佐の仕事が毎日は出来なくなるかもしれません。そこのところはご了承を……」
そう言い終わる前に、イーブンがオッドの両手首を勢いよく掴んだ。驚いてオッドがイーブンの顔を伺い見る。
「あ、あの、警部補?どうかしましたか?」
イーブンは下を見ているので表情が読めなかった。しかし、口を真横に結んでいるのだけは分かる。
(許可をとらずに行動してしまったから怒られるかもしれない)と思い、オッドが謝ろうとした次の瞬間、
「オッド!」とイーブンが顔を上げた。
「は、はい」
イーブンは至極真剣な顔をしている。何を言われるかとオッドがごくりと唾を飲み込む。
「……」
イーブンがじっとオッドの顔を見ながら口を開いた。
「ライのサイン、貰ってきて!」
「……はい?」
イーブンの言葉にオッドは目を丸くする。
「『はい?』じゃない!『はい』でしょ!」
「え、あ、はい」
「よし。絶対だからね!」
ぽかんとしているオッドを気にかけずイーブンが続ける。
「補佐の仕事なんてどうでもいいから、しっかりsunshineで頑張りなさいよ!ライの足を引っ張らないよーに!」
まるで母親のような口調で話すイーブンを見て、オッドは杞憂だったとため息をついた。
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