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「……あなたの瞳、とっても綺麗ね」

その女性はそう言って柔らかく微笑んだ。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






オッドは長く延びた廊下をつかつかと歩いていた。そして新しい指令の書かれた紙に目を走らせ、眉間に皺を寄せる。

(全く、悪人を捕まえるためとはいえ、無理難題を押し付けてくるものだな……)

オッドは断れなかった自分の立場にため息をつきながらドアノブに手をかけた。

「警部補、次の任務内容が……」

扉を開けたとき、何よりも早く耳に入ってきたのは騒がしい音楽。もはや確認しなくてもそれが何かオッドには分かる。

(ああ、またか)と内心呆れながら視線を巡らせれば、テレビの前に言葉通り張り付いている警部補が見えた。

テレビには今をときめくアイドルグループ、sunshineが映っている。彼女はそれの大ファンで、彼らの出演するテレビ番組を毎日チェックし、コンサートには高いお金を払ってでも必ず行く。今のところ仕事には支障がないが、いつか警察の仕事をほっぽりだしてアイドルに走るのではないかとオッドは内心ヒヤヒヤしている。

音楽と映像にノリノリでこちらに気付いていない彼女、イーブンにオッドは今度は大きめに声をかけた。

「警部補、またそれを見ているんですか。よく飽きませんね」

ようやく気づいたイーブンが振り返り笑顔を見せる。

「まあね!何回見てもライはかっこいいもん!」

ライというのはsunshineのリーダーだ。彼は品のいい金髪かつ碧眼であり、『女子が夢見る優しげな白馬の王子様』というコンセプトで売り出している。ヒットした曲のほとんどでは彼が膝まずいてお姫様の手をとるようなシーンがあるらしい。

ライは歌や踊りもうまく、しかもしゃべりも演技もそつなくこなす、誰が見ても現在最も人気なアイドルだった。

今回の曲もライのひざまずくシーンのアップがあり、イーブンはそれが映るたび柄でもなく黄色い声をあげていた。

オッドはそれ見ながらデスクに腰掛ける。そしてうんざりしたような顔で

「……警部補、職場でそういうのを見るのはやめてください」と言った。

水をさされたイーブンが口を尖らして振り返る。

「別にいいでしょー、誰かに迷惑をかけている訳でもないし」

全く悪いと思っていないイーブンにオッドはやれやれと首を振る。この人はこれだから煙たがられるのだ。まあ、彼女はそもそも煙たがられていることさえも気づいていないのだが。

オッドがどうしようかと頭を抑えたとき、扉が壊れんばかりに乱暴に開いて、

「イーブン!あんた、この前貸したお金まだ返してないでしょ!」とイーブンの同期が息せききって飛び込んできた。

イーブンはそれに一瞬キョトンとしたあとはっとして

「あー!そうだった!ごめん、忘れてた!」と叫んだ。

早く返せと急き立てられ、ちらかった鞄内を探るイーブンを頬杖をついて見ながら、

(なんでこの人の補佐になっちゃったんだろう)とオッドは考えた。

この警察署の警部補には、必ず一人以上の警部補補佐がつく。この場合、イーブンが警部補でオッドが補佐であった。

ここの警察署には警部補が数人おり、補佐は同署に所属している警官から警部補直々に指名されて選ばれる。そして補佐になれば、ほぼ百パーセントの確率で後に警部補になれる。

だが、もちろん全員が補佐になれる訳ではない。だから、警部補補佐になりたい警官は、警部補に媚びをうったりごまをすったりする。そのような努力を考えると、特にそんなこともせずに、一年目で補佐に選ばれたオッドは立派なエリートだと言えるのだが。

(なんせ、警部補がこんな風だからな……)

お仕えする警部補が同期に引きずって連れていかれ、静かになった部屋にsunshineの歌だけが響く。オッドはリモコンを手に取るとブツリとテレビの電源を落とした。勝手に切ると怒られるが、今回は金を返していなかったイーブンに非がある。勝手に電源を落とされても文句は言えないだろう。

オッドはぼうっと窓の外を眺めた。そして遠い目をする。

オッドはあのとき、イーブンの補佐になりたいと思った自分の頬を叩いてやりたかった。そして目を覚まさせてやりたかった。特に警部補になりたかったわけでもない。焦らずとも二年目まで待てば、もうちょっとましな警部補に巡り会えたかもしれないというのに。

「……」

オッドはイーブンと会ったときのことを思い出していた。

顔は可愛いが、変わり者の警部補と呼ばれていたイーブン。まさか自分が彼女の補佐になるなんて夢にも思わなかったが、同じく"変わり者"のオッドが彼女に引き寄せられるのはおかしくなかったのかもしれない。

彼女は、オッドが隠している右目を見て「綺麗」と言った最初で最後の人物なのだ。

「……」

オッドは右目に覆い被さる髪にそっと触れた。

自分でも見たくない瞳。自分を生まれてからずっと苦しめ続けた瞳。

『あなたの瞳、とっても綺麗ね』

彼女の柔らかい声と笑顔が頭の中で再生される。

「……」

オッドはくすぐったいような照れ臭いような気分になって、表情をゆるめた。


(C)2019-シュレディンガーのうさぎ

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