疲れた人の話
心が疲れてしまって、どうでもよくなってしまった。
生きるために働いていたのに、働くために生きているようだった。
彼らがゆっくり煙草を吸い続ける為の時間を作るために働いているんじゃない。
彼らが心置きなくトランプゲームをするために働いているんじゃない。
彼らがリラックスして雑談をし続ける為に働いているんじゃない。
彼らがなにもしなくてもただ時間を過ごせば残業代がつくように残業してるんじゃない。
言いたい事は山程あったけれど、その全てを飲み込んで、全てを諦めたのは外でもない私自身だった。
私の仕事は内勤業務である。
内勤業務って何かと問われれば、私の場合は何でも屋だった。
電話応対、顧客対応、事務処理全般、クレーム処理、出納業務、在庫管理、トイレットペーパーをはじめとする消耗品の管理手配、事務所・応接室・給湯スペース等の掃除。仕事を挙げればきりがない。
これを一人でやっていた。
自営業ならそんなものは当たり前かもしれないけれど、ちょっとした企業の支店である。
他に人がいないの?という疑問もあるかもしれない。
他に人?いますよ、そりゃあ。
ここは小さい支店だけど、会社自体はまぁまぁ大きいので。
私以外男性ばかりの5名。
そこに女性1人で、なにも知らない人はさぞ気を遣われて親切にしてくれそうとか言うけれど、そもそも親切が身についている日本人男性って存在してるのかなって疑問に思うくらいには、ここの職場でそういった男性にあうことはなかった。
怒られたくないから顧客に電話をしない営業マン。
都合の悪いことは内勤のせいにする営業マン。
会社の査定の為に仕事は内勤にやらせて手柄は自分にする若手。
お手空き時間よ永遠に続けといわんばかりに趣味を会社に持ち込み仕事を依頼するとキレまくる勤続年数だけが取り柄のサービスマン。
注意して皆にそっぽ向かれたくないから遊んでいても注意せず結局一緒に遊んでしまう責任者。
それを横目に電話とって対応して、伝票作成したり見積もり作成したり、来客対応して、繁忙期にむけての在庫管理して……
雑談程度ならまだしもスマホで対戦ゲームしたり、外からギャハハという笑い声とボールを弾ませる音が聞こえたり、いつの間にやら簡易のバスケットゴールが設置されてたり。
何人もが遊んでいる環境で、その声やら音やらBGMに仕事をし続けるということは思いの外辛いものだった。
こんな無法地帯、会社としておかしくないのか。
でも責任者は何も言わない。
ただ1人事務所で仕事に追われている私を見ても、何も言わない。
仕事は滞ってないからだ。
朝早く出てきて、昼休みもとらず仕事を片付けている私が、彼らの当たり前になってしまったからだった。
疑問を感じて支店責任者に意見をしても、全くだめ。
まぁそうだよね、あなた一緒にトランプしちゃってますもんね。
どの面下げて部下に真面目に仕事をしろと言えようか。
そんなこんなでその支店で3年過ごした頃、私自身全く予想外なことが起きた。
元気と真面目さが取り柄だと自負していた。
仕事スイッチをきちんと切り替えれば、腹が立つことも笑って受け流せる程度には大人だった。
だから、世にいう『心の病』なんて無縁だと思っていた。
きっかけは、なんだったのか。
本当にいきなりだった。
『糸が切れる』とはよく聞く表現だけど、まさにそれだった。
ストンとかプツンとか音にするならきっとそんな感じで、何かが私の中から無くなったのか、それとも増えたのか。
よく分からないけれど本当にどうでも良くなった。
担当が困るから、お客様が困るかもしれないから、そう思って1人でこなしてきた業務も心の底からどうでも良くなった。
周りに変わって欲しければ、まずは自分が変わりなさいって何かで聞いたことがあるフレーズをずっとずっと信じていた。
だから、正しく在りたかった。
“あいつ頑張ってるから、俺らも頑張ろう”って、いつか思ってくれるかもしれない。
それまではひとりでも頑張らなきゃって思ってた。
そもそもそれが間違いだった。
周りに変わって欲しければ、自分の環境を変えるべきだった。
明らかに様子のおかしい私を心配した家族が、会社に連絡を入れてしばらく休むことになった。
仕事がどうでも良くなったついでに、不思議なことにメイクが出来なくなった。
いや、正確に言うと出来ない訳じゃない。
以前のように出来ない、が正しい。
毎日毎日スッとかいていたアイラインがうまく引けない。
アイブロウが以前のようにかけない。
ガタガタの不思議なものになってしまうのだ。
夜も眠れなくなった。
夢をよく見るけれど、その夢はいつも会社の人たちが私を責める夢だった。夢の中で私はずっと『ごめんなさい』と謝っていて、会社の人たちは休んでいる私を責め続けた。
ウトウトしても何度も目を覚まし、朝になる。
日中のうたた寝が増え、時間は短いけれど悪夢は見なかった。
過換気症候群、いわゆる過呼吸が増えた。
過呼吸と侮ることなかれ、酸素の大切さを身を持って知る。
苦しいし、手も顔も痺れる。顔が痺れると口の開閉もままならなくなる。手も然り。
その事実に等の本人が驚いて更にパニックになるとさらに過呼吸がおさまらなくなる負のループ。
自身が落ち着けば過呼吸も落ち着くのが早くなる。
でも、そんな簡単なものじゃない。
他人は何とだって言える。
本人にしか分からないもの。
私自身も、こうやって色々体験してみてやっと心が体に与える影響が理解できた気がする。
我慢して過ごした3年は、会社よりパワハラの認定と謝罪、支店異動の提案を受けた。
私は以前より異動希望を出していたが、いなくなられたら困るといって希望をきいてもらえなかったのに。
異動させてくれるなら、もっと早くが良かったよ。
こうなってみて思う。
会社は個々の人生の責任なんかとってくれない。
だったら、心が壊れる程頑張っちゃだめだ。
辛かったら逃げるべきだし、身に余る仕事量はやらないほうが良い。
やれないなら他人に仕事を振るべきだったし、私はそれが出来なかったけど、やりきれないって目に分かる様に仕事を残して問題にでもされれば良かった。巡り巡って上司の責任になったのに。
意地になって仕事さばいてしまった自分がいけなかった。
本部からの聞き取り調査の時に、辞めたいと伝えた。
次に何するのかを聞かれたから、カフェの店員さんとかって適当に答えたけど、我ながら良い案だと思った。
コーヒーの匂いに囲まれて仕事できるなんて天国だ。
そうしたら、
「そんな仕事やるなんて勿体無い、もっと経験を活かすべきだ」って言われた。
何が勿体無いんだろうか。
男女が平等な社会になった、会社も然りだと、ハラスメント研修やら何やらあるけれど、その実ちっとも浸透していない。
“女だからってお茶いれる必要ないよ”といった口で、“女性に淹れてもらったお茶はおいしい”と言う。
“女性だから細かなところに気が付く”と褒めているように見せかけて、自分達がやらなくて良い理由にしている。
“女なんだから、笑って話せば相手の気は収まる”って、クレームの対応投げる。
勤務時間は男女平等、
でもお給料は女は低い。
お前なんか戦力外だと言われた方がよっぽど納得できる。
君がいないとまわらないんだよ仕事が!と必死に言ってくれたけど、やっぱり仕事ってお金も大切なんです。
嫌なことならなおさら。
会社を辞めたからって、死ぬわけじゃない。
終身雇用にこだわる必要ってある?
アルバイトでも、ストレスなく生きて行けるほうが絶対良い。
きっとたくさん大変なことあるのは間違いない。
でも、今までだってずっと大変だった。
なら、少しでも気持ちが上向きになることをしたい。
誰かの“ほっ”とする瞬間の手助けができるような。
それこそ、こんな報われない社会人生活をどこかで送っている私みたいな人が、それ以上無理しないで立ち止まれるような。
だから、本部の人に言われたとおり経験活かして文字にしてみました。
時系列で書き上げたら果てしなく長くなるし鬱になるし書くの辛いからかなり大雑把になったけれど、
言いたい事は結局ただ一つ。
壊れる前に逃げちゃった方が良い。
これだけは確かな事。
疲れた人(私)の話でした。
実際の話だけど、かなり省略してしまっています。
今は症状も穏やかで過呼吸もさほど起きません。
こんな人もいるんだなぁって思ってもらえたら幸いです。