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婚約者となったコーディ殿下とは同い年だ。黒い髪に少し吊り目がちな黒い目は意思の強さを窺わせる。王族らしく少し偉そうではあるが、良く言えば溌溂とした少年だった。
コーディ殿下は顔合わせの時、目をキラキラさせながら私を見てきた。
「俺たちは婚約した。大きくなったら父上や母上みたいに夫婦になるんだ」
「はい、殿下」
「違うぞ、ダリア。夫婦になるんだから俺のことはコーディと名で呼んでくれ」
「しかし」
躊躇う私にコーディ殿下は頑として譲らなかった。
「俺はお前に名前で呼ばれたいんだ」
そう駄々を捏ねる姿は同い年なのに自分よりも年下みたいで、まるで弟ができたみたいだ。
「分かりましたわ。コーディ」
私が名前で呼ぶとコーディはとても嬉しそうに笑ってくれた。
それから、コーディはこまめに私を訪ねに邸へ来てくれるようになった。アンドレアとベティの機嫌が日に日に悪くなるのは感じていたが、だからと言って王族であり自分の婚約者に「来るな」とは言えない。
父は純粋に私がコーディの心を掴めたと思い、喜んでいた。おめでたいことだ。
◇◇◇
「お姉さま、ひどいわ!」
ベティは目に涙を浮かべながら私を睨みつける。その様子に、遊びに来ていたコーディは戸惑いながら視線を私とベティの間で迷わせる。
「来客中に、ノックもなしに入って来るなんて礼儀がなっていないのではないの」
私とコーディはバルコニーでお茶をしていた。今日は天気が良く、心地よい風が吹いているのでとても過ごしやすい日なのだ。だから私がコーディをバルコニーに誘った。もちろん、傍には私の侍女とコーディの専属護衛がついている。
二人で他愛無い話をしていたところ、急にベティが入って来たのだ。急な闖入者にコーディの護衛は不審者と勘違い、反射的に腰に下げている剣の柄を握り、コーディの前に出ていた。けれど、相手がベティであることを認識すると戸惑いながらも姿勢を正し、コーディの後ろに控える。
さすがは第二王子の専属護衛。なかなかできる男のようだ。
「またそうやって私を平民とバカにするのですか」
「そんな覚えはありませんが。妄想もいいところね」
「自分の傲慢さに無自覚なんて。それでよくコーディ様の婚約者が務まりますわね」
彼女はいつから私の婚約者の名前を呼ぶようになったのだろうか。許可がなければ「殿下」をつけなければいけないのだけど。気づかれないように視線だけを動かしてコーディを見ると、彼はまだこの状況に戸惑っているようだ。あの様子からでは彼が許したのかどうかは窺えない。
許してなかったとしても名前を呼ばれていることに気づいてはいないだろうし。
「それで一体何の用なの?」
「ああ、そうでしたわ。お姉さま、また私の部屋に勝手に入りましたわね」
「現在進行形で許可なく私の部屋に入り、入り浸っているのはあなたですけど」
「酷いですわ」
「無視ですか」
ベティは体を震わせ、目からボロボロと涙をこぼす。その姿をコーディは痛ましそうに見る。
「私は何でも買っていただけるお姉さまと違ってドレスも装飾品も限られているのに」
毎日のように商社を呼んで、アンドレアと買い物をしていたと思うけど。持っているものも私よりも数が明らかに多いでしょう。
「ドレスを破くなんて」
そう言ってベティはびりびりに破けたドレスを差し出す。おそらく自分で破ったのだろう。
「酷い」
ぼそりとだけどコーディが言った。その声は私にもベティにも聞こえていた。その証拠にベティは気づかれないように顔を下に向けてにやりと笑っていた。
「お姉さま、どうしてこんなことをするんですか?そんなに私が嫌いなのですか」
声を震わせ、目に涙を溜めながら私を見るベティ。吐き気がする。
「あなたも随分と必死ね。そんなに私を悪役にしたいの?」
「お姉さまがこんなことをしなければ、私だって」
そう言って言葉をつまらせるベティ。
「そのドレス一着がいくらするかご存知?知らないでしょうね。だから、そんなに躊躇いもなく破けるのだわ」
私の言葉にベティが噛みつくように言った。
「破ったのはお姉さまでしょう。私が破ったみたいに言わないで頂戴」
「私は事実しか言わないわ」
「ひどい。ひどいわ」
そう言ってベティは泣きながら、走って部屋を出て行った。
「・・・・ダリア。本当に君がしたわけではないんだな?」
疑わしそうに聞いてくるコーディの言葉を私は肯定した。
「そうか」と、取り合えずコーディは納得してくれたけど彼が実際どう思っているのか私には分からなかった。
「コーディ。ベティに名前を呼ぶことを許したの?」
私の唐突な問いにきょとんとしたがすぐに先ほど名前で呼ばれていたことを思い出したのだろう。
「ああ。何れ家族になるからな。お前の妹は俺にとっても大事な妹だからな」
「・・・・そう。名前で呼びたいとベティに言われたの?」
「ああ。何れ家族となるから、親しくなりたいと」
「・・・・そう」
そうやってベティは私から全てを奪っていくのね。
私はコーディに気づかれないように嘆息した。