13
「・・・・」
痛みをおして食堂へ行くとそこには既にアンドレアとベティが居て、食事を始めていた。
「何を突っ立ているのです、ダリア。早く、食事をしなさい」
アンドレアは素っ気なく私に言う。ベティは何も言わないけれど、ニタニタと私を見て笑っている。
私の食事はテーブルの上にはなかった。私の食事は床の上にあった。
「何よ、何か文句あるの?」
いつまでも食事を始めない私をアンドレアは不快気に見る。この状況でも文句がない方がどうかしている。父は一昨日から仕事で王宮に泊りこみ。そのせいで、アンドレアは好き放題している。元々、仕事が忙しくて家を空けることも多い人だったので仕方がない。
「犬が人間様と同じ食卓につけると思っているの?犬は犬らしく床で食べなさい」
「そうよ、そうよ。何ならワンって鳴いてみても良くってよ」
「あら、ベティ。面白ことを言うわね。さすがは、私の娘」
そう言ってベティとアンドレアはげらげらと笑う。
因みにだけど二人の朝の食事は籠に大量に入ったパン。ベーコンエッグ、スープ、サラダ、デザートとなっている。床に置かれた私の朝の食事はパンが一つとコップ一杯の水だ。まぁ、食欲は元々なかったから良かったけど。
私は床に腰を下ろして、パンを手に取った。
「まぁ! 本当に食べるなんて。行儀が悪いわね。後で躾をし直す必要があるわね。本当に、あなたのお母様にそっくりで。行儀の悪いこと」
自分が床に用意させたであろうにアンドレアはそう言って私を嘲笑う。
「貴族としてのプライドはないのかしら? 公爵家の人間がなんてお下品なの。お母様。私、こんな人が姉だなんて嫌ですわ。社交界で笑いものにされてしまう」
ケラケラと笑いながらベティは言う。その姿は本気で心配しているわけではないことが分かる。
「それは大変ね。早く再教育して、矯正しないと」
うるさいな。私は床に座りながら、これは今日の焼き立てのパンではないな。硬くなっているから昨日の残りのパンだろうと感想を抱く。
私が無言でパンを食べていると、食事を終えたアンドレアが私の前まで来た。そして彼女は床に置いてあった水の入ったコップを蹴る。当然、中の水は零れる。
「いつまで食事をしているの。ベティと違ってできの悪いあなたにはやらないといけないことがたくさんあるのよ」
いつまでって。さっき食べ始めたばっかりなんだけど。
「そうよ、お姉さま。ちゃんとお母様に貴族としてのマナーを学んで頂戴ね。でないと、私が恥をかいてしまうわ。それにコーディ様にも悪いもの」
「ほら、行くわよ」
アンドレアは私の手を掴み、引きずるように食堂を出て行く。床にはアンドレアが蹴って、水を半分以上もこぼしてしまったコップと私の食べかけのパンが転がっていた。侍女がすぐにそれを片付け、その様子を楽しそうに見ているベティがいた。
私はその姿を見ながらアンドレアに引きずられるように廊下を歩く。連れていかれた場所はアンドレアの部屋ではなかった。そのことにほっと胸を撫で下ろした。でも、すぐにその考えはあまいと思い知らされる。
「あなたはマナーと同じでダンスの腕もなっていないから、今日は一日中ダンスの練習よ。講師はもうすでに呼んであるから。それと、食事のマナーについては食事の時に私が手ずから教えてあげる」
そう言って笑うアンドレアの目は獰猛な猛禽類のようだった。この顔のどこに父は惚れたのだろうか。
「っ。あっ」
「お嬢様、大丈夫ですか」
「・・・・はい」
もう休まずに何時間もダンスの練習をしている。加えて、昨日の傷が響いて、思うように踊れない。足が絡まり転びそうになった私をダンスの講師が支えてくれた。彼女はアンドレアの息がかかった人だからきっとこの練習のことを外部に漏らすことはないだろう。
彼女はかなりの借金があるそうだ。私のダンスの講師をすることと外部に漏らさないことで他よりも高い値段で雇ってもらったそうだ。だから彼女はアンドレアが不利になるようなことはしない。それに下級貴族のようだし。元庶民とは言え、今は公爵夫人。公爵家を敵に回したくはないだろう。
「お嬢様、続けますよ」
「・・・・・」
私はもう返事をする気力さえ残っていなかった。足の豆がいくつも潰れている。血も出ている。それでも休むことなく、ダンスの練習を続ける。
「お姉さま、コーディ様が見えられているの。でも、お姉さまは今日お相手が難しいだろうから私が相手をするわね。婚約者に放置されて可哀そうなコーディ様を私がお慰めするの」
ぼんやりとする意識の中で何時ものごとくノックもなく練習室に入って来たベティがそんなことを言ってきた気がするけど。よく覚えてはいない。
◇◇◇
目が覚めたら私はベッドの上だった。どうやらダンスの練習中に倒れたようだ。
「起きたのかい、ダリア」
仕事から帰って来たのか、父が入って来た。
「医者は発熱だと言っていた。フローレンスは体が弱くて、よく熱を出していたから。もしかしたら娘の君にも遺伝したのかもしれないね」
そんな能天気なことを言っている父の言葉を無視して私は再び目を閉じた。会話をするのさえ億劫だったのだ。そんな私に父が苦笑したのが気配で分かった。彼は何も言わずに部屋を出て行った。
私を診た医者はベティの何でもない足をねん挫だと誤診した医者だろう。彼はよく誤診する。この熱だってきっと痛みからくる熱だけど、あの医者は父に体調を崩しただけだとでも言ったのだろう。言葉はおかしくなるかもしれないけど敢えて言わせてもらおう。
「腕のいい藪医者だ」