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九話 テンプレバトル

 大男はもじゃもじゃとした茶色い髭を撫でながら、値踏みするような視線でこちらを見ていた。惜しい! これでモヒカンかスキンヘッドだったら完璧なのに。髭と同じ色の短めの髪が実に残念だ。


「おい、新入り、お前にまず冒険者の礼儀ってもんを教えてやるよ」


 いえ、結構です。と素直に口にしたくなったが、なんとか空気を読んだ。


「トーヤ様。私が」


「いやいや、待って待って。どうして腰の剣に手を当ててるの? 落ち着こう」


 リノンをなんとかなだめる。


「綺麗な女の子の前で格好つけたい年頃だろうけどなぁ、まずは先輩冒険者に頭下げてイロハから学んだほうがいいんだよ!」


 あれ? 割と言ってることはまともだな。


「トーヤ様がそんな下働きのような事をする必要はありません」


「そうなのです。トーヤ様はお前らなんかより強いのです!」


 なぜ火に油を注ぐ?


「女子供は引っ込んでな!」


「なんですとー」


「いいか小僧。冒険者は確かに夢を見る仕事だ。だがなぁ、礼儀や基本を疎かにしていいってわけじゃねぇんだ。その辺分かってんのか? その女どもをしっかり守らなきゃいけない自覚はあんのか?」


「お……おう」


 そうだそうだと囃し立てる取り巻きが数人。


 なんだろう? やっぱり割とまともなこと言ってるよな?


「おい、あれ持ってこい」


 大男が取り巻きに目配せをする。


「へい」


 そして取り巻きの男が持ってきたものは、赤くて丸い果物だった。いや、リンゴだよな、あれ。


「小僧、見てろ」


 大男はリンゴを掴むと、フンッと力を入れる。


「ムーーーーーー、ハァッ」


『グシャアッ』


 握力の力だけでリンゴは砕けてしまった。もったいない。


「ハァ、ハァ……。どうだ?」


 大男がドヤ顔を決める。


 周りの取り巻きはすげぇだとかさすがだとかおだてている。


「……え?」


 いや、凄いよ? 確かに凄いけども。うーん。


 仕方ない、ここは俺も乗るしかない! 俺は空気の読める男だ!


「ククク、その程度か?」


「なんだと?」


「え?」


「トーヤ様?」


 ポケットの中から出す振りをして銅貨を一枚収納から取り出す。


「これを見ろ」


 親指と人差し指で銅貨を挟む。


「フンッ」


 力を入れて銅貨を二つに折った。あ、割と簡単だ。技能補正凄い。


「な……この野郎。良いだろう。こっちへ来な」


 大男が親指で後方を指した。取り巻きが察したのか、団らんスペースのテーブルを隅に寄せ始めた。


「トーヤ様。いいんですか?」


「ああ、とりあえず任せておいてくれ」


 大男に続く。


 周りの人間たちによって作られた空間の真ん中にはテーブルが一つ。そして椅子はない。なるほど。


 大男はテーブルの向こう側に回るとおもむろに右手の肘をその上へついて言い放った。


「かかってこい」


 左の手の平を上にして指をクイクイと挑発のポーズ付きだ。


「いいだろう」


 感触を確かめるようにテーブルの上に肘を乗せ、二度三度位置を調整してから大男の手を握った。腕の大きさが全く違うんだが大丈夫かこれ。


「小僧。名前は?」


「トーヤだ。あんたは?」


「ザガンだ。極腕のザガンだ。覚えておけ」


「俺に勝ったら覚えてやるよ。いつでもいいぜ?」


「ふんっ、口だけは達者なようだな。持ってもいいんだぜ? 左手でその机の端をな!」


「余計なお世話だ。あんたこそ持っていいんだぜ?」


「口が減らないな。見ろ」


 ザガンは自分の側の手の甲が叩きつけられる位置にあったタオルを取り去った。


 なんてことしやがる。……仕方ない。俺も無言で自分の側のタオルを取り去った。


「いいのか?」


「あぁ、あんたも後には引けないぜ?」


「望むところだ」


 お互いにニヤリと口元を緩ませた。


「あの……これ、ただの腕相撲ですよね?」


「リノン、危ないから下がってろ」


「ここは男の戦場だ。女子供は引っ込んでな!」


「えぇ……」


「リノン、ほらほら、空気読んであげようよ」


 シィルも楽しそうに観戦モードに入ってた。


「オイ」


 ザガンが声を掛けると取り巻きの一人が待ってましたと前へ出る。


 組み合った手の上にそっと掌を乗せる。


「ようござんすね?」


 ザガンが無言でうなずき、俺も続く。さて、何割の力でやるか……。負けるのは悔しいしまずは三割で力を見るか? 二割で十分か?


 組み合ったザガンの腕の太さを見る。安全のために最初は三割で行こう。


「レディー……ゴー!」


「ふんっ」


『ゴッバァーン』


 勝負は一瞬で終わった。


「いっ、てぇぇぇぇぇぇぇえええええぇぇっ」


 激痛が走る。なんだこれ、なんだこれ、折れたか? 一瞬右手の指が吹き飛んだかと思った。


 その場には意外な勝負の結果に静寂が訪れていた。


 砕け散ったテーブルの破片がパラパラと床へ落ちる音さえ聞こえてくる。


「す、すげぇぇぇぇぇぇ」


 ワッと声援が上がった。


「あ、あんたすげぇよ。なんなんだよ。ザガンに勝っちまったよ」


 知らない男たちが次々と俺の肩を叩いて称賛の言葉を口にする。


 そう、俺は勝った。ただ、その代償は大きかった。一気に叩きつけたせいで相手の手の甲の裏にあった指を思い切り机に叩きつけてしまった。痛いなんてもんじゃない。


「てめぇ、手ぇ抜きやがったな!」


 ザガンに怒鳴りつける。タオル外したのもこのための罠だったのか?


「んなことしねぇよ」


「ざけんな。タオル無いせいで指が取れたかと思ったじゃねぇか」


「いやいや、俺だって手の甲叩きつけられて砕けたかと思ったんだぜ?」


「ちくしょう……。マジいてぇ」


 物理耐性さん仕事してください。あ、ひょっとして自分で自分の指叩きつけたってことで物理耐性無効さんまで仕事したって事? うわー、なんという罠。


「大体なぁ、このテーブルは冒険者ギルド用の高級品で不壊属性ついてんだぞ? なんで壊れてんだよ。お前なんかやったのか?」


 おお、こんな安っぽそうな木製のテーブルにそんな上等な効果が付いていたとは。


「知らねーよ。ガタが来てたんじゃねーのか?」


 不壊無効さんまで仕事してたかぁ。


「二人とも……」


 いつの間にか周りの熱は引き、そこにはカーサさんが立っていた。


「あ、あの」


 背後に鬼が見える。すげぇ、この世界に来て初めて勝てる気がしない。というか、勝っちゃいけない気がする。


「きっちり弁償してもらいますからね!」


「えぇ……」


 なけなしの小金貨一枚を没収されてしまい、さらに金欠に拍車がかかってしまった。


「おい、トーヤ」


 ザガンが初めて俺の名前を呼んだ。


「なんだ? ザガン」


「悪かったな。お前は強い。そのまま冒険に出ても大丈夫だろう。何か困ったことがあったら俺のところへ来な」


「あぁ、そうさせてもらうよ。今日の借りは返してもらうからな」


 そうして、冒険者ギルドを後にした。




「トーヤ様は馬鹿です」


 なぜかこの後リノンにめちゃくちゃ怒られた。

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