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七話 素振りに夢中になりました

 朝、というか早朝。疲れていたはずなのに目が覚めてしまった。


 いつの間に戻ってきたのか、枕元にはシィルが横になっていた。精霊って寝るのか……。羽って寝返り打つのに邪魔だろうなぁ。いかん、まだ頭が寝ぼけてる。


 もう少し寝るか。


 下がっていた毛布を再び上げる。


「フ……ウン」


 あれ? 隣のベッドから妙に艶めかしい声がする。


「……」


 メケさん、何やってるんですか?


 メケがリノンに抱き着く形で腕を回し、その豊満な胸に顔を埋めている。そして、リノンはそんなメケを優しく包み込むように抱きしめていた。


 なんだこれ。羨ましい。


「ン……フ……」


 メケが少し体勢を変えるとリノンの胸も形を変え、そして口からは艶っぽいため息のような……ってまてまて。


 ダメだ。これは我慢できない。バッチリ目が覚めてしまった。


 これ以上見てたら何かがダメになりな気がして、こっそりとベッドから起き上がり部屋を後にした。


 うん、もう絶対眠れないし素振りでもしよう。




 宿の裏手に回り木剣を取り出すと、眠たそうに眼をこすりながらシィルがやってきた。眠いなら寝てればいいのに。


「何々? こんな時間から素振りするの?」


「あぁ、体を慣らしておかないといざという時困るからな」


 握りを何度か確認する。


「ところで、昨日の盗賊の時思ったんだけど、聖剣使わないの?」


「……はぁ」


「何よその顔」


 やれやれとため息を吐く。


「俺は聖剣は当分使うつもりはない」


「そう、ならいいわ」


「あれ?」


 なんだ? こいつ実は話が分かる奴か?


「なにその意外そうな顔」


「いや、シィルは聖剣使えって言わないのな」


「あー。まぁ、どっちでもいいというか。ほら」


「なんだよ?」


「聖剣なんて、使われない方がいいのよ。使う必要がないくらい平和って事なんだから」


 おお。なんだこいつ、ちょっと常識人っぽいじゃん。


「お前……割とまともなことも言えるんだな」


「トーヤってほんっと失礼よね。でも、そんなところも含めて聖剣に認められたんだろうから、いつ使うかはトーヤに任せるわ」


 シィルが優しく微笑む。なんだこれ、何か悪いものでも食ったか? まぁ、こいつにも色々あるんだろうなぁ。


 でも、ガチャ回しただけなんだけどなぁ……。認められたとかちょっと恥ずかしいわ。訂正したら怒りそうだからしないけど。




 ゆっくりと知識の中にある基本の型をなぞる。


 袈裟斬り、左斬り上げ、逆袈裟斬り、右斬り上げ、左薙ぎ、右薙ぎ、唐竹、逆風、右刺突、左刺突。


 ……うん。もう一回。


「フッ……ハッ……」


 今度は少し連撃的な繋ぎも入れていこう。


 ……。


 あれ? 気が付いたら服が汗でベトベトになってた。


 薄暗かったのに太陽ももう完全に昇ってしまっている。あれー?


「満足した?」


 動きを止めるとシィルが寄ってきた。


「いや、満足は出来てないけど、とりあえずはこんなもんかな?」


 木剣を仕舞い部屋へ戻ろうとすると、少し離れた場所でメケとリノンが正座してこちらを見ていた。


 全然気が付かなかったわ。呼びに来てくれたのかな? それにしても正座して待ってることはないんじゃないかなぁ。


「二人とも、待たせたか? いやぁ、軽くのつもりだったんだけど興が乗っちゃってねぇ」


 まさか見られてると思わなかったから照れ隠しに笑いながら歩み寄った。いつから見てたんだろう?


 すると、


「申し訳ありませんでした」


 突然リノンが手をついて謝った。おぅ、これは土下座って奴だ。なにこれ超居心地悪いんですけど。え? ナニコレいじめ?


「ちょ、ちょちょ、何? どうしたの?」


 慌てて体を起こさせる。


 あれ? なんかおかしくないか? メケの目がキラキラしてるのはともかく、リノンの視線も熱を帯びているというか、こうまるでシィルを見るような……。


「トーヤ様は凄いです! 感動したです!」


「あはは、ありがとう。それで、リノンはどうしたのかな?」


 まるで感極まったかのように熱い視線を感じる。というか、ちょっと泣いてないか?


「トーヤ様。私に罰を与えてください」


「ええっ?」


「私は昨日失礼なことを思ってました。トーヤ様が剣士になりたいと言った時この人は何を馬鹿な事を言ってるんだろうと思ってました。あれほど体術の技を修めているのに剣術も修めようなどと無理に決まってると思っていたのです」


「あぁ、なるほど」


「そればかりか、アドバイスを下さると仰った時、心の中では、あぁこの人は馬鹿なんだな、剣に対しては嘘は吐きたくないけど仕方ないから少しだけ付き合ってあげようかな、と蔑んでいたのです!」


 おう、リノンさん実は結構黒いのね。


「しかし! 先ほどの演舞かと思える修練を見させてもらって気付きました。トーヤ様は私より遥かに先にいると。改めてお願いします。私に剣術を教えてください」


 そしてまた頭を下げようとしたので止めた。


「分かった。分かったから、大丈夫だから。罰とかも無いから。気にしてないから。昨日も言ったけど俺はまだ剣で戦うつもりはない。だからアドバイスだけになるけどそれでいいかな?」


「はい。是非よろしくお願いします」


 清々しい顔とはこういう表情を言うのかな? 感情を押し殺そうとしているリノンも良かったけど、やっぱりこっちのほうが良い。


「お互い、一流の剣士になれるようがんばろうな」


「トーヤ様はすでに一流では?」


「いや、まだまだだ」


「そうですか。私が今まで見た中では圧倒的な位置にいると思ったのですが、トーヤ様がそう言うのでしたらそうなのでしょう」


 リノンがデレた。剣に関してはメケ並みに妄信しそうな気がする。気をつけねば。


 シィルはなんかしたり顔で頷いてるし。


 そして、やっぱりガチャ引いただけなんですけどね……。なんか罪悪感がする。頑張るから許してね。心の底に封印しておこう。




「二人とも朝食は食べた?」


「トーヤ様と一緒に食べるです」


「先に食べるなんてあり得ません」


 おお、リノンの語気が強い。昨日までのリノンさようなら。


「そうか、なら食べに行こうか」


「はい(です)」


「その後服買いに行っていい? 汗でベトベトで気持ち悪くって」


 ベッチャリと張り付いて不快だ。ほんとどれくらい素振りしてたんだろう?


「あ、それくらいなら私が」


 シィルが何か呟くと気持ちのいい風が体を突き抜けるような感触がして、気が付くと不快感がなくなっていた。むしろ洗い立てのようでさえある。


「え? 何これ?」


「クリーンの魔法よ、どんな汚れもこれで一発。結構難しい魔法なんだから」


 なん……だと……。


「流石シィル様です」


「二人にもサービスね」


「ありがとです」


「ありがとうございます」


「シィルが……役に立った、だと?」


「あのね、私高位精霊なんですけど? 役に立たないと思われてるほうが驚きなんですけど!」


 ただのマスコット枠だと思ってました。ごめんなさい。よし、洗濯係にランクアップだ。


「結構便利なのな、お前」


「何よその言い方、結構なんてもんじゃないわよ、覚悟しときなさい。フンッ」


 どういう覚悟か分からないが楽しみにしておこう。


「さぁ、飯だ飯だ」

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