四話 仲間が増えました
「私(僕)たちのご主人様になってください(です)」
二人の声が重なった。リノンの平坦な声は懇願するようなメケの声にかき消されそうだったが。
「ど、どど、どういう事だってばよ?」
ど、動揺なんてしてねーし、俺冷静だし。童貞なめんな。後シィル笑うな。
「僕たちは首輪が外れても奴隷なのです。もしこのまま街へ戻れば、またどこかに売られてしまうのです」
メケが続ける。
「ですが、盗賊を討伐した場合、その盗賊の所持品は自分の物にすることができるのです」
奴隷は物扱いって事か。
「別に俺は奴隷なんていらないぜ? 首輪外れたんだから好きにすればいいんじゃねーのか?」
胸と尻尾は惜しいが、無理を強いるほどではない。
「ダメなのです。ステータスチェックすると奴隷と分かってしまうので、ご主人様無しに生活するのは難しいのです」
街へ入る時や大きな買い物をする時等は、ステータスチェックが行われるらしい。
(良いじゃない。ご主人様になってあげれば)
(簡単に言うな)
「?」
あ、くそ、反応してしまったせいで変な目で見られてる。
「んー、奴隷をやめるにはどうすればいいんだ?」
「奴隷になって三年以上経ってから、主人の同意を得て奴隷商の下で開放の手続きを受けなければいけない」
リノンが淡々と口にする。
「僕はまだ半年も経ってないのです」
「私も同じくらい」
「うーん、なら、家族のもとへ戻るとかは?」
「僕は家族に売られたのです」
「私は、帰る家が無い……」
やばい、地雷踏んだ。空気が重くなる。
「と、とりあえず、歩きながら話そうぜ」
オレ、空気読める子。
惨状の跡を脇道へ集めて、現金と金になりそうなものを頂戴した。食料と水も有効活用してあげよう。どんどんアイテムボックスへ仕舞っていくと、二人は驚いたような目をしていた。
いや、流石に無一文は辛いって。
街道を歩き始めると、二人と一匹は当然後ろを付いてくる。
リノンが使っていた短剣はメケが持っており、リノンは積み荷を漁って直剣を腰へ差していた。
(シィル、ちょっとこっち来い)
(ちょっとー、いくら何でもグーでつかむとかあり得ないんですけど)
(良いから来い)
「リノンとメケはちょっとそのままそこで待っててね」
馬車が見えなくなる所まで歩いた後、二人から少しだけ距離を取った。
「ちょっと、あの二人トーヤにほったらかしで逃げられるんじゃないかって不安がってるじゃない。可哀そうに」
「あ、あぁ、なるほど。そういう考え方もあるのか」
「で、何よ?」
「シィルの姿ってあの二人にだけ見せる事って可能なのか?」
「当り前じゃない。私を誰だと思ってるの?」
知らねーよ。さっきあったばかりだろ。
「声は?」
「もちろん大丈夫よ」
おお、これで独り言の危ない奴と思われなくて済む。良かった。
「じゃあ話は早い。シィルをあの二人に紹介したい」
「なんて紹介するの?」
「……野良精霊?」
「嫌よ! 何よその拾ってきましたみたいなの。私は高貴な精霊なのよ?」
高貴な精霊がそんなきわどい恰好するんじゃねぇよ……。
「じゃあ、なんて説明すればいいんだよ。ほら、もう二人とも怪しい目でこっち見てるし」
「普通に聖剣の守護精霊でいいんじゃないの?」
「それはない」
「トーヤってほんっと失礼よね」
話し合いの結果、ただの守護精霊として紹介する事にした。嘘はついてない。
「じゃあ、合図したら姿現してくれよ」
二人の場所まで戻る。
「あー、実はリノンとメケに紹介したい奴がいるんだ」
「え?」
「?」
「はい、守護精霊のシィルです」
バーンと両手で指し示したところにシィルが現れる。はずだ。俺にはずっと見えてるから分からんが。
「何もいませんが」
「何もいないですよ?」
「おいぃぃぃぃ、シィル話が違うぞ」
「プクククク、あの二人の目。トーヤ凄い痛い人だ。アハハハハハ」
わざとかこの野郎。わざとだろちくしょう。そんなネタいらねーんだよ。
「ごめんなさいね。二人とも初めまして。守護精霊のシィルです」
シィルが急に真顔になりやがった。精霊こえー。さっきまでめっちゃ笑ってたんですよこの人。
「精霊さんですか?」
「っ!? せ、精霊様」
メケは目を見開いて驚き、リノンは急に両ひざをついて祈るような姿勢になった。
「ほら見てトーヤ。これ、これが正しい反応なの。トーヤも私も敬いなさい」
シィルがリノンを指さして主張する。
「リノン、こいつそんなたいそうな物じゃないから」
「い、いえ、だって精霊様ですよ? それも人型で会話もできる方なんて初めて見ました」
本当に驚いているようだ。その眼前でシィルは大きくも無い胸を張っている。リノンの前で胸張るとか自虐趣味でもあるのか?
「まぁ、ほら、とりあえず立って。歩きながら話そう」
「はい……」
「俺が二人の主人になるなら、こいつとも一緒に暮らすことになるから、紹介しておこうと思ってな」
「驚きましたです」
「精霊様が顕現なさるなんて大事件です」
「ちなみに、二人には見えるようにしてもらったけど、他の人には見えないから注意してな」
「わかりました」
速く打ち解けてくれるといいな。
移動を再開すると、シィルは何が楽しいのかそこら辺を飛び回り始めた。
「所で、街までどれくらいかかるんだ?」
「え?」
二人の視線が痛い。
「いや、ほら、俺遠くの方から来たもんでこの辺のこと知らないんだよ」
「……」
沈黙が痛いってこういうことを言うのかな?
「え、えと、多分このまま歩くと日没までにはエトールの街に着くはずですよ!」
メケが天使に見えた。
「そ、そうか。それにしても人とすれ違わないなー」
「逆向きは半日以上街が無いので昼過ぎから向かう人はいません」
抑揚の無いリノンの声が冷たく感じる。
その時、クゥと小さくお腹が鳴った気がした。リノンの顔に若干の赤みがさす。分かりやすくて助かる。可愛い奴め。
「お、お腹空かないか?」
先ほど手に入れたパンと水を取り出す。
「頂いていいんですか?」
「あ、あぁ。ほら、メケもどうだ?」
「ご主人様、ありがとうございますです」
「うおぅ」
パンを取り落とすところだった。
「どうしたですか? ご主人様?」
「ぐ……」
ご主人様呼びがこんなに強力だとは……。
体の奥からこう、身悶えるような恥ずかしさがこみ上げてくるというか……。これは危険だ。
「?」
「ありがとうございます。ご主人様」
うっ。リノンの方も強烈だ。
「ご主人様。耳が赤いですよ?」
「き、気のせいだ! それよりご主人様呼びをやめろ」
「ご主人様はご主人様ですから」
くおー。どうしよう俺。俺にそんな属性は無かったはずだ。何かいけない物が目覚めたかもしれない。
「ねぇ、私もご主人様って呼んだほうが嬉しい?」
「うるさいぞシィル」
さっきまで飛び回ってたくせに、こういうタイミングには敏感なんだから。まったく。
「ご主人様。そういえばさっき助けてくれた時は凄かったです。何か武術をやってるですか?」
「ああ、実はこう見えて桐島流格闘術の開祖なんだ」
カッコよく親指を立てて答えた。おい、シィル。なんだその苦い表情は。高貴な精霊様はそんな表情しないぞ?
「うわー、すごいですー」
あ、あれ? 冗談のつもりだったんだけどメケの目が輝いている。普通これくらいの年齢の男がそんなこと言っても信じないよな?
「じゃ、じゃあ、あのバーンってパーで殴って吹っ飛ばしたのも凄い技ですか?」
「あ、あぁ、あれは獄滅爆裂掌と言ってだな。奥義の一つなんだよ」
「すごーい、すごーい」
まずい、純真な目の圧力が……。キラッキラしてるし。
「そ、それじゃ、あの回し蹴りで二人同時に吹っ飛ばしたのも」
「滅殺烈風脚という奥義でな……」
メケさん止めて、俺のライフはもうゼロよ。
何とか平静を装うが、リノンとシィルの冷めた視線は突き刺さるほどに痛かった。
空の色が変わり始めた頃まで歩いて、ようやく街に着いた。日が完全に沈むと門が閉められるらしいのでギリギリだ。危ない危ない。
「俺、ステータスカードとか持ってないんだけど大丈夫か?」
入場待ちの列に並び、そういえばと確認した。シィルは見えないから大丈夫だろう。
「え? トーヤ様、ステータスカード持ってないですか?」
道中ご主人様呼びからなんとかトーヤ様呼びにまで修正した。ちなみに様とさんの間には越えられない壁があるらしくまったく歯が立たなかった。強いなぁ、メケ達の中にある常識の壁。
「あ、あぁ、俺の住んでた田舎だとステータスカードとか必要なくてな」
「そんな田舎があるですか」
知らなかったです。とメケが口に手を当てる。そしてシィルへと視線を移し、納得したようにうなずく。いや、絶対勘違いしてるからね? 便利だから正さないけど。
「まぁ、入場料を払って街に入って冒険者ギルドででも作ってもらえば問題ないですね」
「そ、そうか」
リノンは俺に常識が無いのを理解したらしく、諦めた表情で説明してくれる。メケが余りに無邪気に色々信じるのでストッパーとしてありがたい。
既にメケの中の俺は超人を通り越して変人の域にまで達していそうだ。
「ステータスカードを作ったら私たちの主人登録お願いしますね」
「分かったよ」
袖振り合うも多生の縁と言うしな。今更放り出すのも可哀そうだ。決して胸や尻尾の為ではない。
「オイ、次だ」
金属製の鎧に槍を持った守衛に声を掛けられた。威圧的だなぁ。あ、威圧してるのか。
「お願いしますです」
「ん」
リノンとメケがステータスプレートを取り出す。
「奴隷が二人と……お前は?」
「いえ、実はステータスプレートをまだ作ってませんでして」
「なにぃー? ステータスプレートが無いとか何処の出身だぁ?」
「すいません。かなりド田舎の名前も無いような村だったので」
穏便に穏便に。
「まぁいい、合計で入場料銀貨二枚だ。あとそこの水晶に手を当てろ」
平民一枚、奴隷が半額。聞いていた通りの値段だ。やはりシィルは見えていないようだ。
言われたとおりに水晶に手を当てるが、特に何も起こらなかった。
「おう、通っていいぞ」
問題ないらしい。ようやく初めての街に辿り着いた。