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三話 突然のハードモード

 ほぼ獣道を進む。身体能力がかなり上昇しているらしく移動は楽だった。


 ある程度近付いてからは万が一を考えて気配を殺して忍び寄る。


「おらーっ、早く出てこい」


 そこでは十人の盗賊風の男たちが倒れた馬車を囲んで怒鳴っていた。馬車は装飾は無いが、木製のしっかりとした作りをしているように見える。


 馬車の御者だったのか、布服の男が矢のような物を生やして倒れてるのが見えた。少し離れたところにもう一人普通よりは豪華そうな服装の男性も倒れている。こっちは商人か? 他には護衛らしき革の鎧を着た男たちが数人血の海に沈んでいる。盗賊風の男も数人倒れている所から努力の跡は見られる。


 うわ、えっぐ。ごめん、無理。女神様チョロインとか言ってごめんなさい。めちゃくちゃハードモードでしたわ。


「いいか、三つ数えるうちに出てこなかったら蹴破るからな。怪我しても知らねーぞ。いーち……」


 目の前ではイベントが進行している。


 いやぁ、でもいきなり十人とかハードモード通り越してナイトメアっぽくないっすかね?


(どうすんの?)


(助けるよ。助けるに決まってんだろ)


(へぇ……)


 見捨てることができればどれほど楽か。でも、誰かが困ってるんだったら助けるしかないだろ、こんちくしょう。


 それに、ここで見捨てるような男は聖剣にふさわしいとは言えない。


 問題は勝てるか、だ。女神さまの言ってた身体能力チート信じていいのか? 勘は大丈夫だと言ってるが。


「わ、分かったのです。出ていくのです」


 飛び出すタイミングを計っている時、馬車の中から怯えを含んだ女性の声がした。


「なんだ、一人は獣人か。お? もう一人はエルフか? 大当たりじゃねーか」


 倒れた馬車の扉が開き、頭に獣耳が見える短めの青い髪の少女と金髪の若い女の子が現れた。こっちがエルフか? そういえば耳が長くて尖ってるな。


 エルフの女の子は短剣を手に持って威嚇している。


「い、痛くしないで欲しいのです。お願いなのです」


 獣人の少女が懇願する。


「知らねーなー。さぁ、そっちのエルフも武器を捨てな。たっぷり可愛がってやるからよぉ。ヒヒヒ」


 盗賊達は下卑た笑みを浮かべる。先頭の奴の顔は見えないが、舌なめずりでもしてそうな雰囲気だ。


 それにしても、あの短剣をもったエルフの方は強いな。腰の位置、足取り、構え方、どれをとっても一流の匂いがする。あれ? なんでそんなこと分かるんだ?


 ふと、獣人の少女と目が合った気がした。


「助けてなのです!」


 獣人の少女が叫んだ。


 おっと、それは選択肢として最悪だ。とんだ強制イベントもあったもんだ。仕方ない。


「んあ?」


 近くにいた数人の盗賊が獣人の少女の視線を追う。


 踏ん切りをつけて見つかる前に飛び出し、一番近くの盗賊の胴に力一杯の蹴りを見舞う。


「べぇぅっ」


 悲鳴? のような物を残して後ろにいたもう一人の盗賊を巻き込み盛大に脇道へと吹っ飛んでいった。


『ズンッ』


 何か遠くの方で突き刺さるような音がした後、静寂が訪れた。今、絶対曲がっちゃいけない方向に腰が曲がってた。


(やるじゃない。流石聖剣に認められた男ね)


「……」


 あれぇ? おかしいな? 今明らかに蹴りの感触じゃなかったような……。


「お、お前、な、なんなんだ」


 おっといけない、横の盗賊が剣を振り上げたので、仕方なく掌底を胸に打ち込む。


 すると、汚い何かをまき散らしながらまたしても脇道へ吹き飛んでいった。


 うーむ。ひょっとしてこいつら、弱い?


「ばっ、化け物っ」


 残り七人の盗賊の目が集まる。


 一番近くの男が震える剣先をこちらに向けた。そっと右手で剣先を逸らしつつ左手で掌底を入れる。なんだろう? 止まって見える。


 同時に斬り付けてきた男を躱しながら蹴り上げ、そのままの勢いで呆然としていた二人を回し蹴りで同時に排除した。いやー、よく飛ぶ。大丈夫か? こいつら。


 残り三人。いや、一人になったか。


 エルフの女の子が隙をついて一人は首を、もう一人は胸を突き刺していた。


「さて、最後の一人だが、どうする?」


 両方に聞いた。


「ま、待ってくれ! 俺には生まれたばかりの娘が……」


 後ずさった男の胸から短剣の切っ先が生える。


 躊躇なしか、こえー。でも、何とかなったようで良かった。


「あ、ありがとうなのですぅ~。あ~ん」


 安堵からか獣人の少女は泣き出してしまった。


「……」


 エルフの女の子はそんな獣人の少女をかばうように短剣を持ったまま間に入った。あれ? 俺危険人物?


(ぷぷっ、警戒されてやんの)


 この野郎……。


「あー、なんだ、災難だったな」


 よく見ると二人とも結構かわいい。装飾一つない地味な格好をしてるが、逆に素材を生かした魅力がある。


 獣人の女の子は十代前半、エルフの女の子は俺と同じくらいかちょっと年上に見える。獣人の女の子は外見通りだが、エルフの女の子は随分と胸が大きい。エルフは貧乳ってイメージ持ってたわ。


 今更気が付いたが、獣人の少女には尻尾がある。モッフモフで柔らかそうだ、触らせてくれないかな? 獣耳と尻尾がある以外は普通の人間と同じに見える。


 そして二人ともが金属製のゴツイ首輪をしていた。


(二人とも奴隷みたいね)


 これが異世界名物奴隷って奴か。


「あ、ダメなのです。リノンは喋れないように命令されているのです」


 どうやらエルフの女の子は喋れないようだ。


 命令? あの首輪の力か?


 目を移すと警戒するように短剣を構えられた。いや、胸は見てませんよ? 吸い寄せられそうになったけど耐えましたよ?


「あー、俺は、そっちの子に、助けを、求められた、だから、助けた、おっけー?」


 身振り手振りを交えて語り掛ける。


「あの、言葉は普通に聞こえているのです」


 そりゃそうだ……。


(トーヤって馬鹿?)


 くそ、反応できねぇ。独り言の危ない奴だと思われる。耐えろ俺。


「リノン。せっかく助けてくれたのに失礼なのです」


 獣人の少女が短剣にそっと手を当て、首を振る。


「安心してくれ。俺に害意はない」


 両手を上げて交戦の意思無しを伝える。伝わるよな? 伝わるといいなぁ。


「……」


 ニコニコと無害さをアピールしていると、ようやく短剣を仕舞ってくれた。


 やっぱ笑顔は大事だよな。うん。


「僕はメケと言いますです。助けてくれてありがとうなのです」


 獣人の少女が深く腰を折る。そして満面の笑顔。はい、かわいい。シィルはこれを見習え。


「どういたしまして、だ」


 近付いてメケの頭を撫でた。頭を撫でているとふにふにと毛で覆われた耳が手に当たる。なるほど、獣人の耳は柔らかい。これは大発見だ。そして頭を撫でられると尻尾が揺れる。これも大発見だ。


 それから気になっていた首輪へとそのまま手を伸ばした。


「ダメなのです、鍵が無いと首輪は外せないのです」


 しょんぼりと落ち込むメケ。


 あれ? 首輪の鍵なら普通は商人が持ってるんじゃないのか?


 立ち上がり、少し豪華な服装の男の懐をあらためる。お、それらしいの発見。


「これか?」


「そうです。それなのです」


 二人の首輪を外してやった。リノンの首輪を外すとき、大きな胸に視線が吸い寄せられたのはすぐ逸らしたので許してほしい。不可抗力だったんだ。


(トーヤってエッチよね)


「うるさい」


「!?」


「あ、君じゃない君じゃない、ちょっと虫が飛んでたんだよ」


 シィルを叩く。


「あ、あの、ありがとうなのです。僕たちは馬車から離れないように命令されているので自分たちでは探しに行けなかったのです」


 なるほど。


「どうして……」


 お、リノンの声は初めてだな。首輪が外れたから喋るようになったのか。クールボイス系だな。


「どうした?」


「どうして助けてくれたの?」


 純粋な疑問を口にしているように見えた。だから単純に答える。


「メケが助けを求めただろう? だから助けた。それだけだ」


 実に単純な話。


「そう……ありがとう」


「おう」


 サムズアップで答えてみたけどこっちでも通じるかな?


「ところで、お兄さんはここで何をしてたのですか?」


 メケがコテリと首を倒す。


「あー、道に迷った……かな?」


「手ぶらでです?」


「途中で無くしたんだよ。たぶん」


「たぶんですか?」


「いや、絶対、だと思う」


「……」


(言い訳下手ねー)


 二人と一匹の視線が痛い。


 森の奥を手ぶらで歩いてる男かー。確かに怪しいですわ。まぁ、それ俺のことだけど。


「と、ところで、お兄さんの名前は何と言うですか?」


 ナイスメケ! 沈黙が痛くなってきたところだ。


「トーヤだ。よろしく頼む」


 握手をした。あれ? 手を放してくれない。


「トーヤ様、僕達を助けてくれるんですよね?」


 どうやら、まだイベントは終わっていないようだった。

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