二話 付属品が付いてきました
「うっ」
突然の光に目を細めた。
飛び込んできたのは水の流れる音、足元の小石の感触、木々の葉がこすれる音。
目が慣れるまでの僅かな時間で森に近い河原であることが分かった。
「やっぱりな」
目が慣れ、想像通りの場所であった事に頷く。
想像と違ったのは思っていた以上に鬱蒼としている向こう岸の森くらいだろうか。
小動物の気配が散見し、遠くからは鳥の鳴き声も聞こえる。五感が恐ろしく冴え渡っているのが理解できる。
「おー、黒髪黒目。純粋に若返った感じだな」
小川に映した自分の姿は十六歳の頃の自身を彷彿とさせた。もう十年は昔の姿なのに懐かしさよりも親近感を覚える。
そうか、髪こんなに短かったっけ。身長は確か百七十センチ程度のはずだ。目つきは悪い。二度言おう、目つきは悪い。
生意気そうな顔がこちらを見ていた。
ん? この服はなんだ? 白のインナーに股下まである青のセーターみたいな、素材は麻か? 下も綿パンみたいに見えるけど、素材は一緒か。あぁ、この世界向けに合わせてくれたのかな? 靴もへんてこなブーツだ。
「ひでぇな」
その言葉が出たのはなんとなくだった。小川の中の自分も小馬鹿にしたような笑みを浮かべている。
鏡のようにもっとしっかりと姿が見られたら、別の感想が出たのかもしれない。
「しっかし女神様。町の近くってお願いしたけど、街への手掛かり無さすぎじゃないですかね?」
上流を見ても下流を見ても、蛇行していて左右の木々に遮られる形であまり遠くまでは見渡せない。
「そういえば、アイテムボックスくれるって言ってたな」
アイテムボックスと念じると、中に聖剣が一本だけ入っているのを感じた。
手に取るように念じる。
すると、夢で見たあの聖剣が手の中に現れる。
「やはり美しい……」
ほぅ、とため息を吐き聖剣を見つめる。これだけでも転生した甲斐がある。女神様に感謝だ。
そして、その横には……。
「なんだお前」
全長十五センチほど、藍色のワンピースを着た手のひらサイズの人形のようなものが浮いていた。
「なんだとは何よ。私は聖剣の守護精霊よ」
守護精霊とやらが胸を張る。そのサイズは平均か、それより少しだけ小さいか。そして背中には蝶のような形をした透明な羽が四枚付いていた。
「……チェンジで」
「チェンジって何よチェンジって!」
「いや、お前あり得ないでしょ。自分の姿見たことある?」
「なんてこと言うの。失礼にもほどがあるでしょ」
「そもそもこの聖剣を見て見ろよ。この純白のウェディングドレスを思わせる清楚で美しい白い鞘。刀身は透き通るように白い美しい肌。それを支える鍔は上品な金色の髪のよう。そしてアクセントに胸元に蒼い宝石と髪飾りに紅の宝石をあしらったような、そんな聖剣だぞ? どうしてその守護精霊がお前みたいなビッチなんだよ」
「ビッチ言うな!」
「まず、なんでスカートが短いんだよ! おかしいだろ! 仮にも聖剣の守護精霊名乗るなら聖剣に合わせろよ!」
「うっ」
思うところがあったのかスカートを抑えた。
「それに胸元! 胸元もなんでそんな開いてんの?」
「うっさい、伝統的な衣装なのよ!」
「はいはい、伝統のせい伝統のせい」
「うー……精霊の伝統馬鹿にするなー」
「それに加えて、なんなのお前。可愛いのは認めるよ? 確かに可愛いよ。でも属性が無いだろ!」
「属性?」
「胸が小さかったり大きかったりするわけでもないし、眼鏡掛けてるわけでもないし、つり目の勝気系キャラでもないし。優し気なお姉さんキャラと言えなくはないかもしれないけどサイズ的にあり得ないし。ほんと中途半端。そんなの誰も求めてないんだよ」
「ひ、ひどい……外見的特徴を否定するなー」
「せめて何とか属性つけて来いよ。ほら、試しにお兄ちゃんって呼んでみ?」
「お……お兄ちゃん」
「うげぇ、やっぱないわ」
「鬼か!」
守護精霊がプルプルと震えている。
「とりあえず、お前は聖剣の守護精霊に相応しくない! チェンジで!」
震える守護精霊を横目に聖剣へと目を移す。
貴方にふさわしい男になる! 聖剣に対して心の中で誓い、アイテムボックスへと丁寧に仕舞った。
これは誓約だ。自分が納得できるその日まで、彼女にはもう会わないと勝手に決めた。
「ふぅ……あれ? なんで残ってんの?」
聖剣を仕舞ったのに、付属品がまだ浮いている。
「なんで残ってんの? じゃないわよ! 私は守護精霊だからあなたから離れられないの!」
「えぇ……」
「こっちのセリフよ」
「あの、誰かと交代することは?」
「私はこう見えても高位の精霊なの! 聖剣の守護精霊になれるような高位の精霊がそうポンポンいるわけないでしょ!」
「高位……」
もう一度じっくりと守護精霊を見る。
可愛い。確かに可愛い。緑のロングヘアーに紫の瞳。藍色のちょっときわどいワンピースも似合ってる。ただ、あの聖剣の守護精霊と言われるとどうしても疑問が残る。というか認めたくない。
「何よっ、そもそも私みたいな高位の精霊が人族の前に現れるなんて超レアなんだからね? もっとありがたがりなさい」
うーむ、聖剣の守護精霊としてではなく付属品として考えればギリギリ……本当にギリギリだがありか? というか、チェンジ出来そうにないし。サービス悪いな。
「……仕方ない、これで我慢するか」
「これ……」
「分かったよ。名前で呼ぶから名前教えてくれ」
「シィルよ。それで、失礼なあんたは何て呼べばいいの?」
さて、なんと名乗ろう。桐島冬弥だから略してキリt……いや、これは駄目だ。俺の直感がまずいと告げている。今までこの感覚に従って間違ったことは無い。
「トーヤだ」
下の名前をそのまま使うことにした。普通が一番。
「トーヤね。失礼な奴だけど聖剣に認められてるらしいし。仕方ないから面倒見てあげるわ」
「……」
「なんで嫌そうな顔するの」
「嫌だからだよ」
「ほんっと失礼ね」
「で、それじゃあ、街どっち?」
「さぁ?」
使えねぇこの精霊。
「仕方ないでしょ、私だって今呼び出されたばっかりなんだから……あっ」
その時、遠くの方で何かがぶつかったような大きな物音と悲鳴が聞こえた気がした。
「なんだ? 女神様、イベントまで用意してくれたのか?」
これで街の方向が分かるかもしれない。
実はあの女神様チョロイン属性あるんじゃね?
「ところでシィルさんや」
「何?」
「現地人からはお前は見えるのか?」
「基本見えないから安心して。相当に親和性の高い人間がいれば話は別だけど、まずいないと思うわ」
「それは良かった」
頭を切り替え、初めての現地人に思いをはせつつ音のした方へと向かった。