十六話 死闘
思わずギダンに駆け寄る。
あの化け物は一切の反応を示さなかった。
興味がないのか、それとも強者の余裕か。しかし目線がこちらを見ていることは分かる。
「ギダン、大丈夫か?」
背中にかばうように腰を落とし、化け物から目線を外さずに声を掛ける。
「ぅ……逃……げろ、ドラゴン……だ」
「なにっ」
ワイバーンじゃなかったのか。
「逃げ……ろ……」
「ったく、無茶しやがって」
そう口にしたところでバッと体を起こす反応が伝わってきた。なるほど、さっきまでは無意識でやっと気が付いたか。
「はっ、トーヤか? てめぇ、何してやがる」
「あんたを助けに来たと言ったら?」
「馬鹿野郎! さっさと逃げろ、あれはドラゴンだ。S級冒険者だって一人じゃ勝てるもんじゃねぇ。悪いが俺は足をくじいちまってる。俺を置いて逃げろ」
「断るね」
「なんでだ?」
意外そうな声が聞こえるが、これは俺にとっては当たり前の話だ。俺は依頼を受けて、そして依頼を果たすためにここにいる。
「なぁ、目的の物は手に入ったのかい?」
「あぁ、だが、そのせいで奴に見つかっちまった」
「手に入った後で良かった。ところで、あんたはなんで一人でその依頼を受けたんだ?」
「あぁん? なんで今そんなこと――」
「答えろ!」
「俺たちゃ所詮その日暮らしの冒険者だ、ならず者呼ばわりされることもあるし街の人間に後ろ指差されて笑われることだってある。だけどな、孤児院のガキが歯ぁ食いしばってかき集めてきた小銭持って土下座するんだ。これで孤児院のババアを救ってくれって。自分たちを助けてくれって。それで奮い立たなきゃ冒険者なんてやってねぇ!」
「良い答えだ」
本当に良い答えを貰った。
「ここは俺に任せろ。俺が時間を稼ぐ」
だったら、俺も男見せなきゃなぁ。
「トーヤ、何を言って――」
「あっちだ! ザガンも来てる。急げ」
後ろ手で方向を示して歩き出した。
ザガンならきっと来る。怯えなんて振り切って来る。
「待たせたな、化け物」
ドラゴンの手前で立ち止まる。
ギダンとのやり取りは興味が無かったのか、静観していてくれて助かった。というより、知性があるのか? それでいて放っておいたのか?
ならば俺も逃がしてほしいところだが、その瞳からはそういった感情は窺えない。むしろ爬虫類の顔がニヤリとにやけて見えるから不思議だ。
『グゥゥゥゥ……ガァッ』
――これが危険感知だろうか? 背中にヒヤリと冷たい物が走る感触がした。と同時に左の地面が盛り上がる。魔法かっ。
「くっ」
右に避けようとしたところを左手の薙ぎ払いで迎え撃たれる。
「間に合えっ」
丸太どころではない、大木のような手と地面の間に腕を突き入れ全力で上方向へと逸らした。そう、全力でだ。
こんな機会があるならもう少し練習しておくべきだったかな? 全力を込めたおかげで、なんとか薙ぎ払いを跳ね上げることが出来た。
『グゥ?』
ドラゴンにしてみれば意外だったようで、確認するように跳ね上げられた左手を今度は内から外へと払いのけの形で切って返す。
「速いっ、もう一度っ」
今度は真横からではなく斜め上からだったが、なんとか逸らせるだろうと腕を差し入れ――ようとしたところでまた危険感知が冷たい警鐘を鳴らす。どういうことだ?
「グッ……ガッ」
今度は逸らすどころかびくともせず、そのまま払いのけられ崖に叩きつけられてしまった。
どこか折れたか? いや、大丈夫だ。動く。がんばれ物理耐性。
今のは魔力だな。魔力を纏って強化しやがった。俺も使えるはずだ、ぶっつけ本番になるがやるしかないな。
『グッグッグ』
ドラゴンは結果に満足がいったのか満足げに笑って見える。
「爬虫類が笑っても気持ち悪いだけなんだよ!」
お返しとばかりに魔力を纏い拳を入れ――ようとしたところで、近づく前に右手で払いのけられてしまった。
三回転くらいしてる間になんとか態勢を整え足を地面につける。
くそう、でかいくせに速ぇ。
「トーヤ様ぁ!」
リノンの声。来ちまったのか。
『グォォォォ……』
ドラゴンが息を溜める。マズイ、これは有名なあれだ。しかし避けたら……。
『ガァァァァァァ』
炎の息吹が視界を埋める。
「……ざけんなっ」
両手を前に突き出しありったけの気と魔力を同時に込める。
目の前が炎で埋まる。だが、突き出した両手を起点として炎が上に逸れている。そうか、これが神気纏装か。
「トーヤさ……師匠ーーーーーーーーー!」
リノンの叫びが聞こえる。
大丈夫だ。任せておけ。
一瞬なら片手でも耐えられるはずだ。右手を引き、拳に気と魔力を込める。
まだだ、もっとだ、もっとだ。
「炎なんざっ、この拳でぶち抜いてやる!」
くらえっ、これが俺の全力だ!
突き出した右手が炎を食い破る。そして切り離された神気が弾丸のごとく真っすぐに炎を突き破る。
まるでドリルで突き進むように炎をまき散らしながら、最後はドラゴンの口の中へ吸い込まれた。
『グァ、ゴァァァァァァァ』
ドラゴンが怯んだ。今だっ。
「馬鹿トーヤっ! 剣使いなさいよぉぉ」
シィルの叫び声が聞こえる。
「ドラゴンくらい素手で屠れなくて立派な剣士に慣れるか! うぉぉぉぉぉ」
全身に神気を纏い、一気に飛び掛かる。おお、すごい身体能力上がってるぞこれ。
「獄滅っ、爆裂掌!」
下から突き上げるように首の根本へ神気を叩き込む。
『ゴブッ、ギャアァァァァ……』
ドラゴンは後ずさりながらも回転するように尻尾で辺りを薙ぎ払う。
飛び上がり回避すると、一気に背中を駆け上がり首の付け根を見つめる。一枚だけ逆さになった鱗がある。あそこだ! あそこが弱点だ!
一気に加速し狙いを見定める。
「滅殺ぅぅぅぅ、烈風脚っ!」
渾身の飛び蹴りを叩きつけた。
バリンという鱗が砕ける感触と共に足が突き刺さる。
『ガッ、アァァァァァァッ……』
遅れて、ズシーンと巨体の倒れる重い音と感触。
足を引き抜くと、首の付け根辺りが陥没して燃やしたわけでもないのに焦げたような臭気を放っている。神気こえぇ。
「トーヤ様ぁー」
メケとリノンの呼ぶ声がする。
「おう」
ドラゴンの背中から取り降りる。
改めて下から見上げると崩れ落ちてなお高さは五メートル以上ある。でけぇ……。
すぐにリノンがやってくる。
「心配しました」
「あぁ」
「死んでしまうかと思いました」
「あぁ」
「トーヤ様は馬鹿です」
「あぁ、悪いな」
「うあぁぁぁぁん」
そのまま抱き着かれてしまった。
「僕も心配したです」
「そうだな、悪かったよ」
メケの頭を撫でる。
「最後まで剣使わないなんて、本当馬鹿よね」
「シィルもありがとな」
「ふんっだ」
シィルは横を向いてしまったが、その横顔はとても優しい表情をしていた。
こんな時くらい、しばらく勝利の余韻に浸っていたっていいだろう……。
「ザガンとギダンはどうした?」
ようやくリノンとメケが落ち着いたのでそう切り出した。
「ギダンさんの足の怪我がかなり重かったので先に帰ってもらいました」
そうだったのか。
「スライムとかゴブリンに襲われないかなぁ」
当面の危険が去ったら、逆にザガンたちの帰りが心配になってきた。
「危険がないとは言いませんが、二人とも気配遮断が使えるそうなので大丈夫なのではないでしょうか?」
「だったらいいけどな」
「あと、シィル様に頼んでこっそり魔法をかけてもらいましたので」
なるほど、それはいい。
「街に帰るくらいまでなら持つバリアを掛けてあげたから大丈夫よ」
「なら、後は俺たちが帰るだけか」
「ですです」
「ところで、これどうしよう」
ドラゴンの巨体を見上げる。
「流石に持って帰れないですよねぇ?」
「いや、やってみよう」
確か容量無限って書いてあったからいける気がする。
あ、やっぱいけた。
ドラゴンの巨体が一瞬でアイテムボックスの中へと消えてしまった。
「……トーヤ様って規格外って良く言われませんか?」
「いや、言われないなぁ」
「凄すぎるです」
「これで無事持って帰れるな」
万事解決だ。
「トーヤ様、ドラゴンは倒せなかったことにしたほうが良いと思います」
「ん? そうなのか?」
「はい。隙をついてなんとか逃げ出せたことにしましょう」
「別にいいけど、どうして?」
「ドラゴンの素材とか物凄いお金になると思うんです。もう少し冒険者として力を付けてからでないと……」
「なるほど。厄介事が一杯って事か」
「はい。特にあの街の領主はお金に汚いと聞きますので。もしくは迷宮都市のような力が物を言う場所でならドラゴンの素材も捌けるかもしれません」
迷宮都市か。ダンジョンには行くつもりだったし、丁度良いな。
「分かった。じゃあ、ドラゴン倒したのは秘密だ。俺たちは命からがら逃げ伸びることが出来た。それでおーけー?」
「わかりました」
「うー、残念です。トーヤ様の活躍を伝えられないです」
「まぁまぁ、そのうちドラゴンくらいまた狩ってやるさ」
「くらいって……ドラゴンってSランクなんですけどね」
「そうなのか? でも、大丈夫だって。もっと強い魔物が一杯いるさ」
予感がする。そしてそれはきっと間違いない。
「ドラゴンより強い魔物が一杯いたら大変です!」
「それもそうか。さぁ、とりあえずザガン達が無事帰り付けたか確認しに行くか」
「そうですね」
「依頼料代わりに飯奢ってもらわないとな」
「安い依頼料ですー」
「でもその前に、ボロボロの服だけ着替えたほうが良いと思いますよ」
言われてみると左手の袖は肩口から焼けて消失、右手も同じく、右足は蹴りを叩き込んだ反動で股下で無くなっていた。おう、右足は靴もないじゃん。
「そうします……」
物陰でこそこそと着替えるのだった。
次の話で一章終了となります。
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