十五話 山へ
翌日、ギルドに顔出すなりザガンに捕まった。肩に手を回される。
「頼みがある」
「お、おう」
ち、近い。顔が近いから! 俺にその趣味はねぇ。
「いや、虫のいい話だってことは分かってる。だが、他に何とかできそうなやつがいねぇんだ」
「あー、分かったからもうちょっと顔離してくれ」
手で軽く押したが無駄だった。
「分かってる、分かってるんだ。大した金にもならねぇし、金以外に旨味のある事でもねぇ。それでも、そこを何とか頼みたい!」
「ええい、鬱陶しいわ! 分かったって言ってるだろ。とりあえずちょっと離れろ」
今度は強めに押す。
ようやく距離が離れる。いや、いつもの距離だが。
「頼まれてくれるのか?」
「とりえず話を聞かせろ」
まぁ、大体予想は付く。昨日の孤児院のガキの話だろ?
「昨日の孤児院のガキ繋がりの話なんだがな?」
あ、やっぱり。
「実は俺の兄貴が今朝向かっちまったんだ」
「はぁ?」
それは予想外だった。兄貴ってあれだろ? 昨日飲み比べした。
「昨夜、孤児院のババアの容体が悪化したらしくてな? あのガキ、ギルドパブに溜まってた連中の方へ直接頼み込みに行ったらしくてよ」
あの後そんなことがあったのか。
「容体が悪化ってことは薬か何かの依頼だったのか?」
「おう、孤児院のババアの病は特殊な奴でな、特効薬を作るには南の山の崖に生える竜玉草って草が必要なんだよ」
「で、お前の兄貴が行くことになった、と?」
「あぁ、兄貴はガキの涙に弱えんだ……」
ザガンがやれやれと首を振る。いや、お前兄貴の事あんま言えないからな? というか、血筋じゃね?
「まあ、それは良いとして、何が問題なんだ?」
「この時期は山に巣を持つワイバーンが産卵期で殺気立ってるんだよ」
なるほど。
「ワイバーンって美味しいのか?」
リノンに小声で聞いた。
「美味しいという話は聞いたことがありますが、まさか……」
信じられない物を見るような目で見られた。いや、重要だろ。絶対フラグだって。
「よし、ザガン、俺に任せとけ」
「行ってくれるのか?」
ザガンが破顔する。
「トーヤ様?」
「本気ですか?」
メケとリノンは止めたいようだ。
「なんだったら二人は留守番でも――」
「一緒に行きます(です)!」
「お、おう」
強く否定されてしまった。危険な場所だったら待っていてほしかったのだが。
「トーヤ様を一人で行かせるなんてそんな恐ろしい真似できません!」
「そ、そうか」
心配してくれて……いるんだよねぇ?
「という事で、ザガン、三人で行くことになった。急いだほうが良いんだろう? お前の兄貴が向かった詳しい場所を教えてくれ」
「いや、行くのは四人だ」
想定外の答えがザガンから返ってきた。
「四人?」
「俺も行く」
「マジか」
マジかー……。
「時間が惜しい。兄貴が通っただろうコースは分かる。俺が道案内しよう」
行く気満々だ。これは止められそうにない。うーむ。
シィルに余り話しかけるなよと目で合図を送ると、ニッコリとそれはそれは優しそうな微笑みが返ってきた。ちくしょう。
「ところで、お前の兄貴ってギダンの事だよな? ギダンは一人で向かったのか?」
「ああ、兄貴は……ギダンは腕のいい斥候なんだ。一人で見つからないように隠密行動を取るつもりなんだと思う」
「……」
人間、本当に驚くと言葉が出ないもんだな。あの背格好で斥候か。苦労したんだろうなぁ。
「俺はすぐにでも行ける準備が出来てるが、日帰りできたとしてもギリギリになる。最悪一泊の可能性もある。トーヤ、急ぎで準備してくれるか?」
「大丈夫だ。一泊位なら問題ない」
テントも寝袋も準備万端だ。食料もアイテムボックスに突っ込んである。
「どこに……あぁ、収納持ちだったな。分かった。それじゃあすぐに出発したい」
「任せろ」
「それと、報酬だが……」
「ザガン、そんな話は終わってからでいい。うまい飯でもおごってくれ」
「ああ、わかった。じゃあ付いてきてくれ」
強行軍の出発だった。
ザガンはかなりの速度で森を先導してくれていた。
襲ってくるスライムは俺が踏みつぶし、メケが魔石を回収する。
最初にスライムを踏み潰した時、ザガンはギョッとした後「何だこいつ、馬鹿なんじゃねぇ?」と目で語っていたが、今では慣れてきたようで暖かいまなざしを感じる。え? どういうこと?
かなりの速度で進んだと思うが、まだギダンには追いつかない。すでに緩やかな勾配を登っており、もうすぐ山の中腹に着いてしまう。遠目には目的地の切り立った崖が見て取れた。
「おかしい、ちょっと止まってくれ」
「トーヤ様、変なのです」
ザガンが足を止めたのと、メケが様子を伝えに前に追いついてきたのは同時だった。
「メケ、ちょっと待ってくれ。まずはザガン説明してくれ」
「入った時から思っていたんだが、ゴブリンがまったくいねぇ。それだけならただの偶然かと思ってたんだが、奥に行くほどスライムの数が減って来てやがる。普通は逆だ」
「そうなのか?」
「はいです。僕もそう思うです。後、ちょっと前にスライム倒してからスライムも全く見かけ無くなったです」
確かに山に近づくにつれ気配の数も減ってきてた。それが異常だったとは。てっきりワイバーンから逃げているものとばかり。
「ワイバーンから逃げてたんじゃないのか?」
とりあえず疑問を口にする。
「この辺のワイバーンは草食だ」
「なんでだよ!」
衝撃の事実だ。イメージ大事にしろよ!
「そもそもワイバーンは雑食だが魔物を襲うことはまずない。特にこの辺の森は餌が豊富だからな、巣に近づきでもしなきゃ人間も襲ってこねぇよ。それに第一そのワイバーンはどこ行ったんだ? こんだけ崖に近づけば飛んでる姿の一匹や二匹目に付くはずなんだ」
「ですです」
困った時のシィル頼みするかなぁ。
「なぁ、シィル――」
『グガァァァァァァァァ』
その時、アビスベアーの時など比較にならないほどの咆哮が大気を揺るがした。
小さな鳥等の小動物が一斉に離れようと行動し、一つの意思を持ったかの如く一体となったその音は波のように広がった。
「こいつぁ……」
地面どころか世界そのものが震えた気がした。その方向に集中して気配察知を向けると、感知できるギリギリの位置に何かどでかい反応がある。それと、恐らく人が一人。こちらは動いていない。
「恐らくギダンを見つけた」
「何っ?」
「トーヤ様。危険です」
「行っちゃダメです」
本能的に分かるのだろう。そこに絶望があることが。
「メケ、リノン、悪いな。俺は行かなきゃならん」
「そんな」
「ダメです」
「シィル、二人を頼んだ。ザガン、お前はどうする?」
「う……ぁ……」
ザガンの目は怯えていた。問い掛けにも答えられずにじりじりと後ずさりしている。
ダメだ、本能が忌避してやがる。
「来るなら後で来い」
言い捨てて何かが待つ場所へと駆け出した。
止めようとするメケとリノンの悲鳴にも似た声が聞こえた気がした。
やがて森が途切れ、崖との間の岩石地帯へと抜けた。そしてそこには……。
「こいつは――」
西洋竜。向こうの世界のファンタジーでよく目にしたドラゴンと呼ばれる姿の存在がいた。
緑の太らせたトカゲに同じ色の蝙蝠の羽を付けて何百倍にも巨大化したような姿。その顔は凶悪でトカゲとワニを混ぜたような肉食の獣の雰囲気が色濃くみられる。その額からは白い角が一本生えており、黄玉のごとく輝く瞳と共に辺りを威圧しているようであった。
大きなその体を支える四肢は太く、しかし無駄が一切感じられない野性的なフォルムをしており、大地を踏みしめるその足からは一本が人の身体ほどあるのではないかと思われる凶悪な爪が三本伸びていた。
「これがワイバーンか……」
どう見ても肉食にしか見えないが、本当に草食なのか?
羽には赤黒く光る血管のようなものが浮き出ていて、禍々しさを浮き彫りにしている。恐らく高さは十五メートルほど。三階建てのビルよりも巨大な生物が立っているという非常識に体の芯が震えた。
あれはまずい。人が何とかできるような存在じゃない。
ふと視界の端に探していた存在を見つける。
そこには、崖に打ち付けられたような形でギダンが力なく横たわっていた。
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