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十四話 避けられぬ戦い

「さぁ、どうしようか? 何かしたいことあるか?」


 ギルドを出てメケとリノンに聞いた。


「そうですね。微妙な時間帯です。もうちょっと時間があれば買い物に行くなり剣の訓練なりできたのですが」


「僕の剣欲しかったです」


 日が沈み始めているので、何をするにしても中途半端になりそうだ。


 駆け込みで剣を買うことは出来るだろうが、せっかく剣を買うなら適当に選ぶことはしたくない。


「そうだなぁ。うん?」


 ギルドの隣の建物が妙に目を引いた。


「食事と……飲み屋か?」


 居酒屋のようなものだろうか。ギルドの隣にあるという事は冒険者向けの店だろう。


「ギルドパブがどうかしましたか? 食事なら宿屋に戻ればありますよ? それともエール以外が飲みたいとか?」


 そうだよなぁ。食事なら宿に戻ればいいし、酒は……どうなんだろう? こっちに来てから飲んだことはないが飲みたいとも特別思わないな。向こうでは週七で飲んでたが。


 ザガンたちはここでエール仕入れてたのか? 気付かなかっただけでギルド内に扉があって繋がってるとか? あり得るな。


 しかし、俺はどうして今になってこの建物が気になったんだろう。少ないとはいえ何度か前は通っているはずだ。何かあるはずだ、今俺を呼んだ何かが……。


「……なっ、なんだとっ!」


 分かった。何が引っかかったのかが分かった。


『本日のオススメ:オーク肉のステーキ』


 これだ!


 恐ろしく魅力あふれる一文。看板横に貼られた一枚の張り紙が俺の心を捉えて離さない。なんという罠だ。気が付かなければ宿屋に戻っての食事でも満足していただろう。しかし気付いてしまった。気付かされてしまった。そして知ってしまった以上、決して宿屋の食事では満足できないだろう。


 やられた……。


「ここで食事にしよう」


「え?」


「宿にお食事あるですよ?」


「いや、今日はここにする。二人も好きな物を好きなだけ頼んでいいぞ」


 返事も聞かずに店内へと急いだ。


 メケの嬉しそうな声とリノンの戸惑いを含んだ声が聞こえた気がした。




 まだ早い時間なのに店内はかなり繁盛していた。


 空席を見つけて三人で座るとすぐに店員が注文を聞きに来る。


「オーク肉のステーキ。定食で」


「はい。パンとライスどちらにしますか?」


「ライスで」


 というか、ご飯あるのか。今までパンばかりだったので嬉しい誤算だ。


「私も同じものを」


「僕はお魚スペシャルセットでお願いしますです。ライス大盛りなのです!」


「はーい。お待ちくださいねー」


 流石はプロ。テーブルの間を縫うように華麗に去って行った。


「オーク肉がお好きだったんですか?」


 リノンが僅かに首を傾げる。


「好きとかそういう問題じゃないんだ。オーク肉があるなら食べなくてはいけない。これは義務だな」


「はぁ……」


 動いてるオークの実物を見ると食指が動かなくなる可能性があるからな。この巡り会わせは大切にしたい。


「おっさかなー♪ おっさかなー♪」


 メケは自分の世界に入っているようだ。




「お待たせしましたー」


 机の上に置かれた料理を見る。


 ぱっと見はポークステーキと言われれば気が付かないような肉だった。薄い褐色に染まった肉が所々焦げていて食欲を誘う匂いを発している。贅沢に全体的にかけられたソースはテリヤキ系のソースだろうか? 香辛料やすりつぶされた野菜が少量加えられているようだ。


 これはうまそうだ。そして間違いなくご飯に合うだろう。


「……」


 メケとリノンがこちらを注目している。流石に俺より先に食べるのには抵抗あるのだろう。


「いただきます」


「いただきます(です)」


 手を軽く胸の前で合わせ、早速オーク肉へと取り掛かる。


「かたっ……でもうまっ」


 例えるなら、豚肉の硬さと味を凝縮したような肉だった。多少の臭みもあるが目立たないように香辛料がうまく仕事をしていた。


「オーク肉はやはり歯ごたえがありますね」


「お魚美味しいですー」


 二人とも満足してくれているようだ。無理矢理付き合わせたからなぁ。




 そして、しっかり料理を堪能したころにそれはやってきた。


「おい、お前がトーヤって奴か?」


 視線を向けると、ザガンよりもさらに大柄な男がいた。周りにはやりとりを注目している取り巻きの姿も……。


「確かに俺がトーヤだが、あんたは?」


「俺はギダンだ。お前にやられたザガンの兄だ」


 おいおい、ザガンに兄貴居たのか。そんな話聞いてないぞ。言われてみれば確かに似てる。髪の色とかも一緒だし。


 ザガンは百九十近くあった気がするが、こいつはさらに十センチは上だな。


「ま、まぁ、確かに俺はザガンに勝ったが、それが何か?」


 まさかあれか? 敵討ちとかそういう系? えー、またやるのか? 指が痛いから嫌なんだが。


「はんっ、ザガンに勝ったからって調子に乗ってやがるな?」


 えー? いやいや、全然そんなことないですよ? そう言いたい。しかし俺は空気の読める男だ。


「ククク、だったらどうした? 不甲斐ない弟の敵討ちでもするつもりか?」


「なんだと!?」


「え?」


「トーヤ様?」


 メケ、リノン、止めるな。男にはやらなければならない時があるんだ。


「俺はどっちでもいいんだぜ?」


 不敵な笑みを浮かべた。多分、こんな感じだよな?


「くっ……この野郎。良いだろう。付いて来い」


 ギダンが顎で後方を指し示す。


「トーヤ様。あの――」


「リノン。男にはどうしても立ち向かわなければならない時があるんだ。俺の勇姿を見ててくれ」


「えぇ……」


 今一乗り切れていないリノンを後にしてギダンに続いた。ダメだぞリノン、ノリは大事にしないと。メケを見てみろ。すでに目がキラキラしてる。


 付いていくと、予想通り少し開けたスペースに丸いテーブルが置かれていた。ん? 椅子がまだどかされてないな。


 ギダンは取り巻きに何やら指示を出していた。


「ふっ、今日の俺はオーク並みだぜ?」


 テーブルに肘を置き、かかってこいとばかりに手の平を広げた。これがチャンピオンの余裕って奴だ。


「中々言うじゃねーか」


 ギダンがニヤリと笑い俺の手をにぎ……あれ? なんだこの硬くて冷たい感触は。


「ん?」


 グラス? 中はエールか?


「まずはエールからだ。見ろ」


 ギダンはもう片方の手に持っていたエールを一気にあおる。


「……プハァッ。もう一度名乗っておこう、俺の名はギダン。常勝不敗のギダンだ」


 ドヤァ、と効果音が背後に見えるほどの決め顔だった。恥をかかせるわけには行かない。仕方ない、これは乗るしかないな。


 椅子に座り、受け取ったグラスを飲み干す。


「ングッ……ングッ……プハッ」


 久しぶりの酒だ、なかなか美味いじゃねぇか。


「俺ももう一度名乗ってやるよ。俺の名はトーヤ、かつて底なしと呼ばれた男だ」


 ダンッと空になったグラスをテーブルに叩きつけながらドヤ顔を決めた。


「え?」


「トーヤ様にそんな過去があったですか?」


 二人の戸惑いの声が耳に届く。嘘は吐いてない。前世での話だが。


 あれ? というか、十六歳って飲んでいいんだよな? な?


「その年で良く言った。どうやらハンデは要らないようだな?」


「なんだ、逆にハンデが欲しいのかと思ってたよ」


 クックックとお互いに笑いあう。


「次持ってこい」


「へい!」


 ギダンの声に取り巻きが次のグラスを用意する。中身は何だ?


「次はウォッカだ。ギルドパブ伝統の酔い殺しコース、どこまで付き合えるか見物だぜ」


「お前の余裕がどこまで続くか試してやるよ」


 そしてお互いに次のグラスを一気にあおる。


 長い飲み比べ勝負が幕を上げた。




「……グ、もう……ダメだ、化け物め……」


 酔い殺しコース四周目に入ってすぐ、ギダンがついに崩れ落ちた。


 辺り一面静まり返った空間に椅子事ぶっ倒れる音が響き渡り、一瞬の後歓声が静寂を塗りつぶす。


「すげぇ、ギダンを倒したぞー。ニューチャンピオンの誕生だー」


「おー」


 拍手に片手を上げて答える。


 うっ、ちょっと気持ち悪い。完全に飲み過ぎだ。状態異常耐性のせいか、酔いは大分抑えられている。にもかかわらずこれだけ気持ち悪いという事は……。ギダンって化け物なんじゃないだろうか?


「うぐっ……」


 吐きそうだ。これは完全に食い過ぎと飲み過ぎだな。


「ギダンが目を覚ましたら言ってやれ。俺はいつでも相手になるとな」


 言葉と小金貨一枚を残してリノンに肩を貸してもらいギルドパブを後にした。


「……はぁ、トーヤ様はやっぱり馬鹿です」


 やっぱりリノンに怒られた。


 いや、だってあの絡まれ方で飲み比べになるとは思わなかったんだよ。悪かったよ……。


「あ、シィル、念のためギダンの状態異常軽く治しておいてくれるか?」


 かなり無茶してたからな。万が一があると後味が悪い。


「私も長い間生きてきたけど、お酒の飲み過ぎを治療させられるのは初めてだわ……」


 そういいつつギルドパブへ戻っていくところを見ると頼みは聞いてくれるらしい。


 実はシィルも結構良い奴だよなぁ。本人には絶対に言わないが。


 外はすっかり日が暮れていた。

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