十一話 森へ
――翌日。
若干気まずい二人といつの間にか戻ってきていたシィルを連れ冒険者ギルドを訪れていた。
リノンの顔に達成感が窺えるのは気のせいだと思いたい。
昨日より早い時間帯だからだろうか、出発前のパーティーのような集まりがちらほらと見受けられた。
すでにアルコールで盛り上がってる集団は見なかったことにする。
奥にある討伐依頼が所狭しと張り出された掲示板の前へと進んだ。
「ゴブリンかスライムの討伐が良い」
内容を見る前に宣言した。
「は? あの、トーヤ様でしたらもう少し他の魔物討伐の方がよろしいのでは?」
「ゴブリンかスライムの討伐が良い」
冒険者が初めて受ける討伐依頼はゴブリンかスライム! これは外せない。
掲示板を探すと、端の方に色褪せた紙色でようやくゴブリン討伐を見つけた。これだ! 早速剥がそうとするが、どうやら常設依頼のようで申告の必要はないようだ。
「金銭的にも他の魔物の方が良いですよ?」
「うっ、ゴ、ゴブリンかスライムの討伐が良い」
お金の件を持ちだされると弱いがここは譲れない。
「はぁ、分かりました」
「僕はトーヤ様に任せるですー」
ちなみに、リノンは剣だがメケは短剣のままだ。貧乏って悲しいよね。俺? 俺はもちろん拳に決まっている。
「おい、トーヤ」
「ん? あぁ、なんだザガンか」
昨日の大男がいた。そして、その左手には泡の出る黄色い液体で半分ほどが満たされたジョッキが。いや何も言うまい。
「聞こえて来てたが、ゴブリン狩りに行くのか?」
「あぁ、スライムもだがな」
「だったら、気をつけて欲しい」
「ん?」
「ゴブリンの出る南の森な、最近妙にきなくせぇ、いつもは奥の方にしかでねぇような魔物が浅い場所で目撃されてる」
「なるほど」
なんか冒険者っぽくてテンション上がって来た。
「一応朝から忠告はしてるが冒険者ってのは聞くような奴ばかりじゃねぇ。俺に勝ったあんたなら余裕だろうが、困ってるような奴がいたら気にかけてやってくれ」
「おうよ、任せろ」
俺の返事に満足したのか、ザガンはニヤリと満足げな笑みを残して戻っていった。
「あの、トーヤ様? あの男は一体何なんでしょうか?」
「ん? リノン知らないのか? ああいうのをな、良い奴って言うんだよ」
「はぁ……」
やはりというか、納得の行っていない顔だった。
さぁ、ついに冒険の始まりだ。
街を出る時はステータスカードを軽く見せると人数分の木の板が貰えた。
どうやら入場料を再度とられなくて済むらしい。
天気は快晴、絶好の冒険日和だ。森が遠くに見えるが、そこまでは草原になっていて風が気持ちいい。今日という日を祝福してくれているようだ。
石畳で舗装された街道はすぐ先で左に折れていて、その先はリノンやメケと会った場所へと通じている。しかし、今日の俺たちが用事があるのは森だ。
ちょうど左に折れる辺りから真っすぐと森に向かってでこぼことした道が伸びている。
「よし、行くぞ」
「なんだかトーヤ様楽しそうです」
「そうですね」
前方には同じように森へと向かう集団が見える。
街から近いので人気の狩場なのだろう、道は舗装こそされていないが随分踏み固められていた。
「いやぁ、スライムとかゴブリンとかドキドキしてきたわー」
「トーヤ様が何を期待してるかは分かりませんが、スライムなんて――」
「ストップ! もうちょっと楽しみにさせて。丸いのかネバネバなのか、どのタイプかすらわからないこのドキドキ感を大事にしたい」
「……はい、わかりました」
リノンとメケが視線だけで会話をしていた。内容も予想できるが今は気にしない!
「トーヤってあほよね」
「うるさいぞシィル」
「はいはい。一応メケとリノンにシールド張っておくわね」
やっぱ便利だなぁこいつ。
「あの、シィル様、トーヤ様には?」
「大丈夫、大丈夫、トーヤは殺しても死なないわ」
「うるさいわ!」
「ふふん」
森の中に入っても奥に向かって道は続いていた。
ただ、所々から分岐するように獣道が左右に伸びている。
「さて、どこが当たりかなぁ?」
他のパーティーと道が被ったら獲物に出会えないかもしれない。かといって奥へ行きすぎるとスライムやゴブリンと出会えないかもしれない。うーむ。
「あ、そこの道はダメですよ。足跡が新しいです」
おぉ、メケが急に賢くなった気がする。
「よーしよし、偉いぞー」
とりあえず撫でておこう。
「えへへへー」
尻尾が揺れる。
「うーん、ならもう少し奥に行くか」
森の奥へと進むと右への獣道の奥の方に人ではない気配を感じた。
「ここにするか」
「良いと思うです」
「分かりました」
さぁ、何が出るか。
「何か来るです」
メケの耳がピーンと立つ。うん、俺もその気配は補足してた。
目視できる距離になると、丸いボールのような茶色い塊がふわふわと浮かんでいた。
「あれはなんだ?」
シャボン玉? にしては汚い。泥水の塊?
「スライムですが……」
リノンが何を言ってるんですか? といった顔をする。
「え? あれスライム?」
「はい。普通のスライムですね」
……。
『バシンッ』
「スライムが空を飛ぶんじゃねぇっ!」
気が付いたら走り寄って地面に殴り落としていた。
しかも青でも緑でもなく汚い茶色だと? ふざけんなっ!
その時には、スライムはビー玉サイズの透明な玉と液体をこぼしたようなシミを残して消えていた。
「あの、トーヤ様。急に走られますと」
「わ、悪い」
どうしても許せなかったんだ。
「なぁ、リノン。一般的なスライムってああいう感じなの?」
「そうですね。地中や水中に潜ってしまってたりもしますが、移動してる時は大抵転がってるか飛んでるかですね」
「飛ぶなよ……」
「え?」
「いや、なんでもない」
その時樹上から何かが飛び掛かってきた。
「危ないです」
そのメケの声より早くリノンが前に出ると、落ちてきた何かを斬り付けた。
いえ、すいません、何かがいるのは気付いてたんですけど、気を抜いてました。
そして、地面には先ほどと同じスライムが叩きつけられるように落ちていた。外傷は無い。
「くっ」
リノンが止めとばかりに刃を下に突き刺す。だが、まるで硬い岩でも突いたように表面で止まってしまった。剣先が跳ね返ったりしていない事から完全に衝撃が吸収されているようだ。
とりあえず話の邪魔なので踏みつぶす。すると、後には先ほどと同じ小さな玉と水風船が割れたようなシミが残った。
「スライムって初心者用の魔物だよな?」
「……いえ、スライムはDランクの魔物です。どちらかというと初心者は手を出しません」
「そうか……」
なんだろう? この悲しい気持ちは。スライムのくせに俺を裏切りやがった。
「魔石ですー」
メケがスライムの落とした小さい玉を拾っていく。なるほど、あれが魔石か。
「それにしても、スライムをこんなに簡単に倒すなんて流石ですね」
「ん?」
「いえ、スライムは魔法以外に滅法強くて、物理的な攻撃で倒すのは物凄く苦労すると言われていますので」
そういうところだけスライムか!
「トーヤ様凄いですー」
「スライムを殴り殺したり踏みつぶしたり、トーヤは一度常識を学んだほうが良いんじゃないかしら?」
「うるさいぞシィル」
「トーヤ、物理耐性って知ってる?」
知ってるに決まってるだろう。
「ふん、スライム程度拳で屠れなくて立派な剣士になれるかっ」
「いえ、なれると思いますけど……」
次だっ。ゴブリンに期待するしかない。
今度こそはと奥へと歩みを進めた。




