一話 転生することになりました
どうぞよろしくお願いします。
「肉じゃがっ……」
はっと目が覚めた。
あれ? ここはどこだ?
おかしい、さっきまで俺は肉じゃがを……あれ? それからの記憶がない。
辺りはテレビで見た事のあるどこか海外の神殿のような作りになっていた。新築のパルテノン神殿って感じか?
「よくぞ目を覚ましました」
声に振り向くと真っ白い豪奢なドレスに身を纏った金髪の女性が立っていた。
その背中にはドレスよりもなお神々しい純白の翼が二枚、これ以上ないというほど自己主張している。いや、さっきまであなたいませんでしたよね?
「あの……あなたは誰ですか?」
敬語敬語。流石にこんな痛そうな格好の人に普通に話しかける度胸は無い。出来ればお知り合いすらになりたくなかったが。
「私は女神です」
「あ、そういうの間に合ってるんで」
夢だな。もう一度寝よう。最近の転生・転移ブームがついに夢にまで押しかけてきたかぁ。
「信じられないのは無理もありません。ですが、あなたは死んだのです」
この夢覚めないな。というか、床が硬くて寝にくいぞ。
「桐島冬弥さん、これは夢ではありません。残念ながらあなたは死んだのです」
名前バレしてる!? こんな痛い知り合いはいなかったはずだが。え、何? こわっ。
「あの、色々と言いたいことはありますが、とりあえず起きてくれませんか?」
「……ふぅ、仕方ないなぁ、付き合うのは今回だけだからな?」
わざとらしくため息を吐きながら首を振る。
可哀そうだから今回だけは付き合ってやろう。
イラッ。自称女神様の怒りメーターが上がったような気がした。
「こ、今回だけで結構です。こんな機会もう二度とありませんので」
若干笑顔が引きつっている。駄目だなぁ、美人が台無しだ。演技力に難ありだな。
「カルシウム不足か?」
イラッ。自称女神様の怒りメーターがさらに上昇した気がした。
「……こほん。と、とりあえず落ちついてはいるようで良かったです」
「こほんとか本当に言う人初めて見たわ。うわー、引くわー。可哀そうだからそっとしておいてあげよう。俺やっさしい」
ええ、大丈夫です。
「本音と心の声が逆です」
「な、ひょっとして心の中が読めるのか!?」
「やっと信じてくれましたか」
「いえ、最初から信じてましたよ?」
やべー。この夢やべーわ。
「もういいです。実はあなたはこれから転生することになりました。ここで最低限の準備を整えた後、ルガールという異世界へ転生してもらいます。ちなみに剣と魔法の世界です」
淡々と説明を始めおった。
「理由を聞いても?」
「他薦です」
「他薦ですか……」
「はい、あなたの魂なら非常に強いため、色々とあの世界で起爆剤となってくれることでしょう、と」
推薦したのはどこの迷惑な奴だ。
「あなたの街の地縛霊です」
「地縛霊っ!? 幽霊が……女神さまに? 俺を推薦? ちょっと待って、何を言っているのか意味が分からない」
「分からなくて結構です」
初めて自称女神様が微笑んだ気がする。くっそう。殴りたい、その笑顔。
「分かりました。そこの経緯は置いときましょう。で、自分は向こうに行って何をすればいいんだ?」
「特にしてほしい事はありません。好きに生きてください。世界を滅ぼされたり人間を根絶やしにされたら困りますが、まぁ、一時的なことならそれもそれでいいのかもしれません」
「いや、そんなことしねぇよ? 俺をどんな危険人物だと思ってるんだ?」
「冗談です」
いい笑顔してやがる……。
「じゃあ、その転生に対する特典は?」
「特典?」
「ほら、こういう話だと色々あるじゃないですか? チートとかチートとかチートとか」
「そう言うと思い、こんなものを準備してみました」
自称女神様の横にいわゆるガチャガチャと呼ばれる装置が浮かび上がるように現れた。
「その自称っていつまで付けるんですかね? とりあえずこれを一回だけ回させてあげましょう」
「二回!」
「いえ、あのですね、これは一回回せるだけでも非常に強力なアイテムやスキルが手に入るんですよ?」
「三回!」
「増えてます、増えてますよ?」
「こういった交渉の基本ですよ。五回!」
「……分かりました。二回回していいです」
女神様が折れた。流石女神様。
「いやー、ありがとうございます。流石女神様ですね」
「なんとでも言いなさい」
撤回される前にサクサクと回しますか。
『ガチャガチャ……ゴトン』
虹色のカプセルが出てきた。
「!?」
女神様がかなり驚いている。
カプセルオープン。
「剣聖って書いてある」
「大当たりです。まさかその世界に一人だけのユニークスキルを引かれるとは思いませんでした」
きゃっほぅ。さて、もう一回。
『ガチャガチャ……ゴトン』
また虹色のカプセルが出てきた。
「え? ちょ、なんで?」
女神様の顔は驚きを通り越して青くなっている。
でも、気にせずカプセルオープン。気持ち良い。
「聖剣って書いてある」
「よりによってその二つを引きますか」
額に手を当ててため息を吐く。溜まってるって奴なのかな?
「二言はありません。あなたには剣聖のスキルと聖剣を授けましょう」
ガチャガチャが沈むように消える。同じ場所に金色の魔法陣が描かれ、柄から握り、そして鍔から剣先の順にゆっくりと一本の剣が浮かび上がる。
鞘に入っている状態でも分かる。この剣は美しい。それはもう美しいという響きが安っぽく感じるほどに綺麗で幻想的なはずだ。
「これが聖剣です。あなた以外触れることができないようロックを掛けておきました。大事に使ってあげてください」
受け取り鞘から抜き放つ。
瞬間、世界に光が溢れた気がした。
どこまでも白い白銀の刃は鏡のように輝いていて、なのに反射する光は虹のように煌めいて見える。それを支える鍔は僅かに金色を混ぜた上品な色、その中心には蒼く輝くダイヤ型の宝石が埋め込まれていた。握りは握りやすく、それでいて他の存在感に負けない濃い紺色の硬い皮。柄頭には紅い球体の宝石。
そしてそのすべてを優しく包み込むような純白の鞘。これはもうすべてを合わせて一つの芸術作品と言えた。
「惚れた」
「は?」
「俺はこの聖剣に惚れた。俺はこの聖剣に生涯の忠誠を誓う! そしていつかこの聖剣にふさわしい男になって見せる!」
その日まではもう抜くまいとやさしく鞘へ仕舞った。
「えっと、あ、まぁ、やる気になったようで良かったわ」
「こんな素晴らしいものをありがとうございます! あなたにも感謝を!」
「……なんか急に態度を変えられるとそれもそれで怖いわね」
今、女神様には感謝しかない。俺をこの剣と出会わせてくれてありがとう。一生大事にします。
「ところで、向こうに行って何かやりたいことはあるかしら? 転生先も少しなら融通利かせられるわよ」
「はい、せっかくこんなに素晴らしい剣をもらったので」
女神様は得意そうな顔でうんうんと頷く。
俺は意を決して続けた。
「素晴らしい格闘家になりたいと思います」
うむ、選択肢はない。
「うんうん、そうよね。格闘家……ってなんでじゃー!」
「?」
何かおかしなことを言っただろうか?
「ちょ、ちょっと待って、あなた今剣聖のスキルを得たのよ? ものすごい剣技を手に入れたのよ?」
「あぁ、分かってる」
「そんでもって聖剣という最高の剣を手に入れたのよ? 分かってる?」
「もちろんだ」
「なんでそれで格闘家目指すの?」
「?」
首を傾げた。女神様は何を言ってるのだろうか。
「いや、そこで何言ってんだこいつはみたいな反応は良いから、なんで剣使わないのよ」
なんだ、そんなこともわからないのか、やれやれ。
俺は仕方ないなとため息を吐き、首を左右に何度か振ってから分かりやすく説明してやることにした。
「いいか? 俺はこの聖剣に一目惚れした。それはもう恋だ。分かるか?」
「え、えぇ……百歩譲って」
「そして俺はこの剣に忠誠を誓ったのだ。分かるな?」
「ええ、なんとか」
「ゆえに! 俺は己の肉体のみで戦うことにしたのだ!」
「はい、ちょっと待って、そこおかしいから」
「?」
何を言っているのだ? この駄女神は。
「駄女神とか言わない! なんで聖剣を使わないのよ? 聖剣なのよ? 錆びず折れず曲がらずのメンテナンスフリーの聖剣なのよ? 使いましょうよ!」
「分かってないなぁ」
俺はヤレヤレと首を振り説明を続ける。
「例えば騎士が女王様に忠誠を誓ったとするだろ?」
「う……うん」
「女王様で敵を殴るか?」
「いや、ちょっと待って、その理屈はおかしい」
「?」
「その理解できないって顔やめなさいよ!」
「ならばどうしろというのだ?」
「剣使いなさいよ! 剣は武器なんだから! 使われてなんぼでしょうが!」
「何を言っている? 剣は愛でてもいいものだ」
「あなたこそ何言ってんのよ。分かった。じゃあ、分かったわよ。百歩譲ってあなたがその剣を大切にしたいのは分かったわ。だったら他の剣を使えばいいじゃない。あなた剣聖なのよ?」
何を言い出すかと思えば。やはり駄女神のようだ。分かっていない。
「さっきの例えに戻るが、女王様が振り向いてくれないからと言ってそこら辺の女にホイホイ飛びつく騎士とかあり得ないと思わないか?」
「確かにあり得ないわね。でも、それは例えが……」
「そんな小さなことは気にするな!」
「うっ」
「俺は彼女を愛してる。彼女が駄目だからと他の剣や武器に浮気に走るつもりはない! ゆえに己の肉体だ!」
どうだ、完璧だろう。
「いや、そもそもその聖剣を女性扱いしてるけど男性の可能性だって捨てきれないわよ?」
「大丈夫だ。その覚悟はある!」
「捨ててしまいなさい、そんな覚悟!」
他人のやる気を削ごうとするなんて、なんて酷い女神なんだ。
「……魔法という手もあるわよ?」
「何を言う、俺はいずれ彼女に認められるために肉体を鍛えなければならないのだ。補助程度ならいいが、やはりメインは己の拳! 魔法など相応しくない!」
「はぁ……分かったわ」
ようやく俺の熱意が伝わったようだ。
「とりあえず、サービスでアイテムボックス付けといてあげるわ。せっかくのチートが意味無いようだし」
「お、おう。ありがとう」
「まぁ、剣聖のスキルがあるから身体能力だけでもチートと言っていいし、聖剣無しでちょうどいいかもね」
なぜか残念な子を見るような目で見られた。
「あなたは転生して十六歳の身体で生まれ変わるんだけど、転移先に希望はある?」
「そうだな、海の底とか雲の上とかは止めてほしい。あと地底や砂漠のど真ん中も避けてほしい所だ」
「候補にも入ってないわ」
「なら、常識的なところで平和な街の近くに頼む」
「分かったわ。あなたみたいな人は初めてだから、少し楽しみが増えたわ。頑張ってね」
「どうした? 普通の女神様に見えるぞ?」
「普通の女神なの! もう、口の減らない。それじゃ、良き人生を」
暗転。
後にルガールにおいて武神と呼ばれ、並ぶもの無き強者として名を轟かす男の伝説はここから始まった。




