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カビの話(習作そのさん)

作者: 大森為就

カビくさいのって嫌じゃないですか?


純文学ってなんだ。

 自分はひょっとして閉所恐怖症なんじゃないか。


 地元の懐かしき昭和の残り香を漂わせた教習所を卒業したのは一年も前の話だが、今も車に乗るたびにそう思うのだった。

 ただでさえ狭い車内に充満する独特のにおいだけでも耐えがたいのに、目の前には「お前の胸を押しつぶしてやるぞ」と言わんばかりに猿回しの輪っかのようなものが突き出している。

 猿回しに輪っかなんて使ったかな、と思う。

 ショッピングモールの片隅で、猿使いの男が猿に輪くぐりをさせているのを見たことがある。むやみに明るく楽しそうな男の声に合わせて、困ったような顔の猿が黄色い輪を何度もくぐるのだ。

 何度も何度も。

 あれが猿回しなのかどうか定かではなかったけれど、輪っかを使っていたのは確かだ。


 猿と言えば、と思い出す。

 自分が猿の方がよっぽど利口そうなアホガキだったころ、悪ガキ連中と遊んでいて掃除ロッカーに閉じ込められたことがある。

 あの時も車に乗っているのと同じような気分だったかもしれない。

 学校の掃除ロッカーなんてものは小柄な大人が一人入ればいっぱいになってしまうような代物で、中身はじめじめとしてかび臭く、子供ながらに棺のようで怖いと思っていた。実際にも歴代の悪ガキ連中がチャンバラごっこに使ってねじ曲がったホウキやらモップやらが無理やり奥に押し込まれていたから、棺というか、ある種の墓場ではあったのだが。

 学校で死ぬとあのロッカーにしまい込まれて運び出される、とかロッカーの中から幽霊が出てくる、なんて七不思議やら学校の怪談やらがあったことを考えれば、ボロボロでカビくさいロッカーは小学生共通の恐怖だったのかもしれない。

 ともあれ暗くジメジメした掃除ロッカーの中に閉じこめられたアホガキは、何とも言えない恐怖に襲われて何とも情けない叫び声をあげた挙句、扉を押さえる悪ガキもろともロッカーをひっくり返し、這う這うの体で飛び出したところを、用務員のオッサンに捕まったのだった。


 困りますよこんなことされたら。ほらロッカーがこんなにひしゃげて。

 はい、わかりました、はい、こいつらにはよく言って聞かせておきますので。

 用務員のオッサンから通報を受けた担任のクソジジイが飛んできて、いつもはあごで使っている用務員のオッサンにヘコヘコしている姿は正直かなり面白かった。

 ざまあみろとおもった。

 もちろんガキ共も相応の罰は食らうわけで、用務員のオッサンがロッカーを引きずって用具庫に引っ込んだあと、アホと悪はそろって説教とゲンコツを食らったのだった。ついでに体中がカビ臭くなった。

 やっぱり面白くなかったのだった。


「おい、早くいこうぜ」

 突然の声に我に返ると、十九の悪ガキが缶コーヒーの空き缶を振り回しながらニヤニヤとこちらを見ていた。そう、今日はこいつと車でここまで来たのだった。自分のことを閉じ込めた野郎と一緒に車にとじ込められているとはどういう因果なんだろうか、と思いながら鍵をまわす。

「ああ、いこうか」

 エアコンがぷす、と気の抜けた音を立てながらカビくさい空気を吐き出したが、そこにはもう二人の姿はなかった。

 大人になるにはまだ早くても、ガキだっていつまでもカビくさいわけではないのだった。


没にした導入部の再利用品なのでした

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