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四章 ~第一幕~


「……て……きて………………」


 …………ん……。


「お……おき……きて………………」


 ……これ、は……だれ、だ……?……呼んでる……。


「おき……!……おきて…………きて!」


 ……この声……この声は、たしか…………。


「起きてっ!トーヤッ!!」

「……んあ?」


 なんだ?誰かに、呼ばれたか俺……?ぐっすり眠ってたのに……誰だよ……。

 目が覚めて、目に入ってきたのは年季の入った木製の天井。あれ、俺の部屋はもっと白塗りの無個性な壁だったと思うが……。

 ここ何処だ?


 視線をずらせば、色あせた襖、窓から差し込む光、い草の匂い。

 そうだそうだ。俺昨日(・・)から(・・)ばあちゃん家で暮らす事になったんだったな。


「ふぁ~!……。床に布団敷いて寝るとか久しぶりだな。あっちじゃ普通にベッドだったし」


 でもあれだな、ちょっとカビ臭いというか。

 こんなことなら昨日掃除した時に外に干しておけばよかったな。


「だから!いつも言ってるけど、起こしてあげたのに無視しないでっ!」

「うおっ!?」


 いきなり真後ろから声が聞こえて驚く。


「おまえ……エリ!いきなり現れんなって!!俺もいつも言ってっんだろ!心臓に悪いんだよ!さては俺の寿命を削る気だな!?」


 常に俺を驚かせ神出鬼没を地で行くコイツは幽霊のエリ。

 相も変わらずふよふよ浮いて消えたり出たり、はた迷惑な女の子だ。



 …………エリ、だよな。なんだろう、久しぶりに見た気がするが……。いや、昨日もずっと一緒に居たはずだ。きっと、気のせいだろう。



「失礼な!いきなり現れてなんかないよ。ずっと一緒にいたじゃん。誰が起こしてあげたと思ってるの?」

「……あぁ。そう、だったよな。わりぃわりぃ」


 気を抜くとついついコイツがいる事を忘れてしまう。

 いつも幽霊だから存在感薄いのかな、と思ってたけど……なんだか妙な気分だ。


 ……なんだろう。だけど気にしてもしょうがない。どうせ俺の忘れっぽい性格のせいだろう。俺はこの違和感についてさっぱり考えることをやめた。


「さて、気持ちよく起きた後は飯だ。朝飯にすっかな!」

「もうお昼。昼ごはんの時間よ?寝すぎ」

「お、おぅ」


 休日の学生なんてこんなもんである。




 せっかくのいい天気なので、という理由で幽霊に押し出され俺は外を歩いていた。たしかに上を見上げれば爽快な青空に太陽が光り輝いているが、こんなお日様の下に自ら進んで出ていくのははたして幽霊としてはどうなのだろうか?まぁあのまま家に篭っていてもやることは特に無いのだから別にいいんだけど。


 俺はぼーっと考えながらいつもの公園に続く角を曲がると、またまた懐かしい顔に出会った。


「お?」

「あれ?透哉君?」


 そこには綺麗な髪の長い女の子と一緒に歩くマサキの姿が。二日続けてばったりとは、どんな偶然なんだろうか。


「おーう!マサキ!昨日ぶり――」

「だから"マ"を抜けって言ってるでしょーーー!!!」


 ――キーーーン!…………。

 …………。


「……すまん、あやまる。あやまるからそんな大声で叫ばねぇでくれ……」

「分かればよろしいよ。うんうん」


 クッッソ、でけぇ声出しやがって!マネージャーってのはそんなに声を張る仕事なのかぁ?そんなんだからコイツ昔は男だと思われてたんだよ。俺悪くねぇじゃん!


「んで、なにやってんだ沙希?こっちの女の子は友達か?」

「え?透哉君分からない?」


「んぁ?何が?」


 俺が沙希の隣を歩いていた女の子に言及(げんきゅう)すると、沙希は不思議そうな顔をしていた。なんだ?分からない?なにが?


「まぁまぁ沙希。分からなくてもしょうがないわ、6年も経っているのだし。それにあの鈍感な透君よ?あなたの事を男だと思っていたくらいですもの。ここで私の事を分かられても逆に驚くわ。というか軽く引くわ」


 何故俺は唐突にディスられているのでしょうか。俺が一体何をしたのでしょうか。

なんだよこのSっ気全開な女の子は!楽しそうな顔しながら冷ややかな目をしやがってなんか怖いごめんなさい!


 反抗して口を開こうとしたら、何故かこの人には勝てる気がしないと思ってしまった。


「透哉君、千草ちゃんだよ!昔一緒にいたでしょ?ってか昔は透哉君が一緒に遊ぶって言って連れてきたのに、覚えてないの?」

「え?千草ちゃん、ってもしかして涼ねぇ?」


「あら、つまらないわね、もう教えてしまうの沙希?もっとこの事で透君を弄って楽しもうと思ったのに」

「千草ちゃん、それはちょっとかわいそうじゃない?」

「ふふ、これも愛情よ?」


 遠い日に刻まれた上下関係が思い出される。俺が敵わないと思った一つ上の女の子、涼風千草。そうだこんな人だったこの人は。俺の事をちょいちょいおちょくるのが趣味な人だった。

 なんか磨きがかかってる気がするが。


「まぁ、とにかく久しぶり涼ねぇ。元気だった?」

「えぇぼちぼちとね。透君も相変わらずトラブルに好まれそうな顔をしているわね。逸材だわ」


 どんな顔だよ。ただでさえ昨日変な占い師に同じこと言われてるからやめてくれ。


「それで、えと。二人は何してんだ?今日は学校はいいのか?」


「あー今日はね、買い出し!サッカー部のね!千草ちゃんは暇だから手伝ってくれるってついてきてくれたの」

「手伝うと言っても、私も一応細々としたものが無かったから、ついでね」


「あぁ、なるほどな」


 まぁそんなこともあるか。しかしまぁわざわざ休日にご苦労なこったなぁ。


「マネージャーも大変だな。買い出しがんばれよ。じゃっ!」


「ちょっと待ってみようか透哉君」

「ゥエッ!!?」


 手をあげて爽やかに別れようとした俺の襟首を、後ろからガッツリ掴まれて首が絞まった。もちろん掴んだ相手は沙希だ。


「ごほッ!えほぉッ!おま、おまえなぁ!!俺を殺す気かぁ!?」


 沙希は掴んだ手を話して神妙な顔をして語りだした。


「目の前に……」

「……あん?」


「目の前に、これから荷物を抱え込むであろう"女の子"が二人います。彼女達は華奢(きゃしゃ)でか弱い、それはそれはか弱い"女の子"。そしてあなたは力持ちで丈夫な"男の子"です。あなたならどうしますか?三文字以内で答えよ」

「逃げる」


「ひどい!ひどすぎるよ透哉君!男としてどうかと思うよ!!」

「えぇ、そうね。男として機能してるか疑うわ」


 あぁ、うっとしい……。後涼ねぇ、それは違うと思います。それでは俺が不能みたいです。ものっっすごくげんなりした気持ちで、聞きたくはないが俺は沙希に問いかける。


「…………正解は?」

「もちろん、手伝う。でしょ?」


「……アイマーーム…………」


 そう言った沙希の顔は今も昔も見たことが無いような、とびっきりの極上スマイルだった。


「……トーヤってば、相変わらずだなぁ」




 沙希と涼ねぇに強制連行された俺は、さながら富豪に買われた奴隷の様に付き従い、昨日も来たこの町一番繁盛しているという駅の北側、外町まで来ていた。俺は馴染みはないのだがこの二人は何度も来ているのか、知ったようにぐいぐい進んでいく。


「それで沙希、買い出しってな――」

「透哉君って今おばあさん家に住んでるんだよね?色々足りてるの?生活必需品とかさ、食材とかさ?あぁ、でもなんか昨日色々買ってたっけ?じゃあ他の物は?」


「いや、とりあえず昨日か――」

「ってそういえば昨日買ってたのってレトルトばっかりじゃなかった?だめだよそういうのばっかりじゃ!ちゃんと食材買ってちゃんと料理しないと!あーゆうのは身体によくないからね!」


「っても――」

「どうする?今のうちに食材も買っておく?昨日行ったドラッグストア的な所だと生鮮食品は扱ってないから、向こうの通りにあるスーパーがおすすめだよ!あたし時々お使いで行ってるけどわりと新鮮だと思うし!分かんないけど。あ、透哉君ってそもそも料理は出来るの?とゆうかおばあさん家のキッチンはちゃんと使える?どうせお湯を沸かすだけとかなんでしょー?一回ちゃんと使えるのかど」


「だぁああーーーーーー!!うるせぇえ!!!質問してるんだったらちゃんと答えさせろ!!口挟む暇もねぇじゃねぇか!おまえどんだけしゃべるんだよ!!あとカップ麺は良いものだからな」


 次から次へとよくもまぁそんなにしゃべれるものだと関心するわ。ころころ話題が勝手に変わるし。こいつがこんなにも人の話を聞かない奴だとは思わなかったぞ。昔こんなんだったっけか?


「ふふ、沙希?あなた、いくらなんでもはしゃぎすぎよ?久しぶりに透君と会えてうれしいのは分かるけど。そんなんじゃいくら鈍感な透君でも分かってしまいそうよ?私、見ていてはらはらしちゃうもの」

「ちょ!千草ちゃん!違うってば、もう!違うからね透哉君!」


 沙希は涼ねぇに何事か言われていきなり慌て始めた。顔を少し赤くしながら涼ねぇの事ポコポコ叩いてる。あん?こいつは何のことを言ってるんだ?


「違う、って何が?」

「「………………」」


 俺の一言にピタリと動きを止めてこちらに冷ややかな視線を送ってくる二人。

な、なんだよ。俺なんか変な事言ったか?何のことかさっぱりだぞ?


「……ごめんなさい沙希。私が悪かったわ、えぇ。この愚弟(ぐてい)に変わって私が謝りましょう。あなたも大変ね」

「いや、うん。正直ね、再会した時男だと思ってたって言われて、ちょっと覚悟はしたよ。うん……」


 二人揃って何故かため息をついている。この間には共通してなにかの認識があるようだが。はたから見てる俺には何が何だかさっぱりだ。なんだ?俺が悪いのか?


「と、とにかく!俺の事はいいんだよ、俺の事は!今は買い出し!おまえの買いもんだろ?」

「あー、うん、まぁそうだね」


 そう言って沙希は涼ねぇと連れ立ってまたぐいぐいと進んでいった。俺はため息をつきながら後ろをついて回る。


「ここらへんは分かる?まだ昔からやってるお店とかもあるんだよ?ほらあそこのお花屋さんとか!」

「あぁー、たしかにな。結構変わっちゃいるが、大体の事は覚えてるぞ」


「透哉君いたずらばっかりしようとして怒られてたもんね」

「えぇ、いたずらがばれてお店の方にげんこつくらって泣いてたものね」


「そんなことは覚えてなくていいぞ」


 あそこのおっちゃんのげんこつクソ痛かったんだよ!悪ガキだからって容赦なくガコンガコン。悔しくて何回もいたずらしてたらその度にガコンガコン。

 物理的にへこむっつーの!!あー、でも今でも元気にしてんのかなぁおっちゃん。今度一人の時に覗いてこよう。


「透哉君興味のない事はすぐ忘れるのに、6年前の事なんてよく覚えてたね?」

「あ?……あぁ……」


 それは……俺にとってはこの町が、この町にいた頃が人生の中で一番の思い出だからな……。あの頃が俺の中で一番輝いてた。沙希と涼ねぇとずっと一緒に遊んでて。


 ……あと、誰かいたような気もするけど、えと、誰だっけ?まぁとにかく大切な思い出だから忘れたくても忘れられないんだよな。


「って、また俺の話になってるぞ。買い出しだろ?結局何を買いに来たんだ?荷物持ちが必要だってことはそこそこ多いとかかさばる物なのか?」


「ん?まぁ包帯とかだよ?そんなに多くないよ?」

「えぇ、私もそんなには。というか別に絶対必要な物でもないわよ?」


「おい何故俺を連れてきたか弱い女共」


 首が締まって死にそうな所まで行ったんだぞ!あんな体験なかなかしないのにそりゃねぇだろ!?本当に俺はなんの為に連れてこられたんだ?


「いーじゃんいーじゃん!どうせ暇だったんでしょ?」

「そうよ。それなら買い物に付き合うぐらいしなさいな?色男が台無しよ?」


 心にも無いこと言わないでほしいな。褒め方が雑すぎてうれしくないよ涼ねぇ。


「そうそう!せっかくだから他のも見ていこうよ千草ちゃん!時間はあるでしょ?」

「あらいいわね。私も気になっていた物があるの。行きましょう」


「おぉおい!!」


 二人は本格的に俺をほっぽって私物買いモードに入ってしまった。お、女の買い物に付き合うとか、冗談じゃないぞ!めんどくさいにも程がある!


「じゃ、じゃあ俺はここで……ゥエッ!?」


 後ろを向いて空気のように退散しようとした俺は、無情にもまた襟首を掴まれる。最後に見たのは後ろについてきていたエリのからかうようなニヤけ顔だった。


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