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よみがえる薬にご用心  作者: 滝元和彦
8/11

殺人事件発生


 警部がエリクシールへ2度目の訪問をしてから6日間は、エリクサーと研究資料の行方は不明のままで、捜査に進展は見られなかった。事件も新たな展開をすることもなく、警部と桐生は別件の事件に忙殺されていた。

 エリクシールに侵入した住居侵入の罪で警察署に連行されていた坂上と高部は、事件発覚から2日で自由の身となっていた。2人が取り調べを受けている間、楠警部の部下が、2人の家や勤務先を調べたがサンプルと資料はどこからも出てこなかった。2人に尾行をつけてみたが、これといって不審な行動をすることもなく、尾行は早々に打ち切られた。

 警部がこの事件を窃盗目的の住居侵入として処理しようとしていた矢先、K警察署に1本の電話が入った。電話に出たのは、たまたま電話のそばにいた警部の上司である成瀬だった。成瀬の表情の変化から、その電話がただごとではないことが察せられた。成瀬は受話器を置くなり、警部に向き直った。

「楠君、Y市に向かってくれ、殺しだ」


 警部の車が遺体発見現場の公園に到着したのは、署に通報があってから、約40分後だった。現場には、すでに数人の警官がいた。近くの交番から駆けつけたのだろう。

「お疲れ様です」そのうちの1人が警部が近づいてくると、あいさつした。

「どういう状況だ?」

 その警官によると、遺体を発見したのは近所に住む60才の女性。この女性は犬の散歩で公園を歩いていたという。時刻は朝の7時すぎ。公園には、なんのためか分からないが、盛土があって、その近くを通った時に犬が異常なほど興奮して、その盛土に走っていったという。飼い主は犬に引きずられるまま盛土に行くと、その一部が最近掘り返されたようになっていたらしい。興味本位で顔を近づけてみると、青いシートのようなものが見えた。指先でシートをつまんでみると、なにか肌色のものがみえた。マネキン人形かなと思って、もう少しシートをめくると、それが首のない遺体であるのが分かった。それで、あわてて携帯で通報したという。

 警部が公園を見渡してみると、警部の左前方に一段高くなっている場所があった。警部はそこに向かっていく。盛土まで来ると、警部は青いシートをめくってみる。そこには首のない男性とみられる遺体が横たわっていた。警部はため息をついてシートを戻す。

「星出君には連絡したんだろ?」

「はい、もうそろそろ着くはずです」

 警部は歩きながら地面を注意深く観察していた。盛土はやわらかい土でできていて、足跡がつきやすいが、他の地面は比較的固い土のため、足跡は期待できそうもなかった。

「あんまり現場を荒らしてもしょうがないから、星出君たちが来るまでちょっと待つか」

 警部が車で待機してると、星出鑑識官と検死医が到着した。彼らはてきぱきと作業をしていった。一通りの作業を終えると、星出が警部の車にやってきた。

「確定ではないけれど、いちおう結果が出たわ。おはよう、桐生くん。仕事は慣れた?」

「は、はい。なんとか」

「そう、がんばってね。それで、結果なんだけど、遺体は成人男性ね。年令は20才から30才の間くらい。身元は不明。所持品の中に何も身元を特定するものを持ってなかったの。と言うか、何も持ってなかったの。死因は失血死。被害者の体からは、肝臓が抜き取られていたわ。胸には鋭利な刃物でつけた傷があった。凶器は見つかってないわ。首の切断は死後ね。それから、死亡推定時刻は昨日の夜11時ごろ。遺体は動かされていた形跡があるから、どこか別の場所で殺されたのね。盛土にいくつかの足跡があったけど、どれも不鮮明で靴の種類を特定することはできなかったの。こんなところね。それにしても宇野さんって帰るの早すぎよね。後はよろしくなんて言って、もう帰っちゃったし」宇野というのは検死医のことだ。

 警部は報告の中で耳を疑ったものがあった。

「肝臓が抜き取られていたって言ったよな?」

「ええそうよ。傷口からすると、犯人はそういうことに慣れた人物ね」

「被害者の首は見つかったのか?」

「公園内にはなかったわ」

「じゃあ、犯人は首と肝臓を持ってるってのか」警部は想像して気分が悪くなった。

「持ち去ったかどうかは分からないわ。そうだ、それと被害者は成長促進ホルモンを投与されてたわ」

「成長促進ホルモン?」

「言葉の通り、成長を早めるホルモン剤。どのくらい早めるかは、投与する量によって変わるから、一概には言えないけど、けっこうな量を投与されていたわ」

「そんなホルモン剤があったのか、オレも早く知ってたら投与してもらったのにな」警部は自分が小学生の時を思い出した。警部は発育が遅く、身長も前から2番目くらいで、それをずっと気にしながら小学校生活を送っていた。

「それからもう1つ。警部、びっくりしないで聞いてもらいたいんだけど、被害者の体からエリクサーの成分が検出されたの」

 びっくりしたのは、警部よりも桐生の方だった。

「エリクサーですか」

「そうよ、エリクシールの事件の時に、研究員からエリクシールの化学成分を聞いてたの。かなり特殊な成分が使われてるなって思って記憶してたのよ」

「エリクサーか。ってことは犯人は坂上か高部か。あいつら、やっぱりうそをついてたのか」

 警部が考えこんでいるようなのを見て、桐生が質問した。

「さっき、首の切断は死後って言ってましたよね。肝臓の摘出はどうなんでしょうか?」

「肝臓の方は生きてる時ね」残酷なことなのに平気な顔で答えた。

 2人からこれ以上質問が出ないようなので、星出は報告を終えることにした。

「じゃあ、がんばって事件を解決してね、桐生君」桐生に向けてウインク。

「は、はい」

 星出は自分の車に戻っていった。車内の2人はしばらく考えこんでいた。被害者の体内からエリクサーの成分が検出されたことで、一週間前の爆発窃盗事件と今回の殺人事件につながりができた。警部の頭には、坂上と高部の顔が浮かんでいた。あの2人が関係しているのだろうか。

「とりあえず、ここの周辺の聞き込みでもするか」

 警部たちは公園の周辺にある民家をたずねて、昨日の23時から今日の7時までの間に不審な人や車を見かけなかったか聞いて回った。聞き込みは徒労に終わった。第一発見者の女性以外、何かに気づいた者はいなかった。聞き込みをしている間に、遺体は公園から運び出されていた。

 聞き込みをしながら警部は、公園の周囲に防犯カメラが設置されていないか、注意して見ていたが、カメラは見当たらなかった。2人は車に戻ってきた。警部は戻るなり、たばこを取りだした。

「楠さん、禁煙中じゃなかったんですか?」

「そうだった、禁煙してたんだった」警部はたばこの代わりに禁煙補助剤を口に入れた。それから、警部は車を発進させた。

「坂上と高部に会ってアリバイがあるかどうか確認するか」警部はそうつぶやいて、U市に向けてナビをセットする。


 U市に着いたのはそれから1時間後で、その間、2人はそれぞれの考えにふけっていて、たいして会話はしなかった。警部は前と同じ場所に車を停めた。坂上が勤務している薬局に向かって歩いていく。坂上は薬局の受付に立っていた。坂上は来店した客が警部たちであるのに気づくと、あからさまに顔をしかめた。

「こないだ、警部さんの部下がオレの家を調べてったよ。言ったじゃないか、オレと高部はエリクサーを盗んでないって。今日もどうせその話だろ」店内には、他に客がいなかったから、坂上は遠慮なく大きな声を出した。

 警部は家を捜索したことについては詫びながら、殺人事件について話した。それから、決して坂上を疑っているわけではないと前置きしてから聞いた。

「昨日の夜23時ごろはどこにいました?」

 坂上はため息をついてから、どう答えようか考えていた。

「昨日は休みだったんで、友人と飲みに行ってたんだ。そうだな、21時くらいまで飲んでたかな。その後、そいつと別れて、そのまま帰るのもまだ早いと思って、駅前にあるマッサージ店に行った。たぶん22時ごろだったかな。その後はコンビニに寄って夜食を買って帰ったんだ。ちょうど日付が変わるころだったな」

 警部は電子手帳に書きこんでいく。

「ちなみにその友人というのは?」

「相沢って言って、超常研で知り合ったんだ」

 坂上が超常研という言葉を発すると、桐生が口を開いた。

「あのー、超常研なんですけど、ぼく、ネットで超常研を調べようとしたんですが、『超常研』って検索しても、坂上さんの所属してるサークルが出てこないんです」

「超常研って検索してもかなり後の方にしか出てこないな。検索するならスーパーナチュラル、日本ってしないと」

「そうなんですか」桐生はさっそく携帯で調べる。

 警部は、エリクシールでの掃除ロボットの実験について話した。それによって、爆発があった1時間以上前にドアが開いていたことが分かったことを話す。

「あの日、坂上さんと高部さんが研究所に入っていった時、なにか見たり聞いたりしませんでしたかね?」

「誰も見なかったし、なにも聞いたりしなかったな」

「創薬研究室にあった掃除ロボットは気づきました?」

「いや」

 他には聞くことがないので警部は帰ることにした。あっさりとした会見だったので、坂上は拍子抜けしたようだった。

「相棒、行くぞ」

「ちょっと待ってください、目薬を買っていきます」

 警部は車に乗りこむと、再びナビを操作してM市にある高部の心療内科にセットする。警部は内心であまり収穫はないだろうなと思いながら車を発進させた。車に乗ってから桐生はずっと下を向いて携帯の画面を見ていたが、

「超常研って、明日オフ会やるみたいですよ」と言った。

「どこでだ?」

 桐生の説明によると、オフ会はY市で行われるらしい。場所はY市にあるファミレス。参加するには超常研のメンバーになっていること。参加費は無料。時間は10時から16時まで。

「メンバーにはすぐになれるのか?」

「サイト上で登録するだけですね。すぐできますよ」

「じゃあちょっと登録して、その会を覗いてみるか。特にあてがあるわけじゃないが」

 高部の勤めている心療内科に着くと、警部は携帯を出して、小津崎に電話をした。エリクシールの従業員の平原彩華と速水メイのアリバイを調査するように指示を出した。

「いちおう彼女たちのアリバイも調べといた方がいいだろう」

 警部たちが中に入ると、高部は仕事中だったため、30分以上も待たされた。ようやく、最後の1人が帰ると、高部が奥のドアから現れた。坂上とは違い、不機嫌そうな様子はなかった。

「お待たせしました。どうぞ」

 前回と同様に警部はふかふかの椅子に座り、桐生は立つはめになった。警部は殺人事件について説明した。

「そうですね、昨日は仕事が終わったのが、21時半ごろだったと思います。それから、明日の準備をして、ここを出たのが22時ごろですね。その後、気分転換にと思って、深夜でも観れる映画館に行きました。そこを出たのがちょうど日付が変わるころでした」

「誰かと一緒だったんですか?」

「1人で行きました。映画を観る時は、いつも1人で行くんです」

「映画を観たっていう証明ができるものはないですかね、例えば半券なんか」

「私、半券とかは捨てちゃうんです。でも確かに昨日行きました。内容をお話ししましょうか?」

「内容を知っててもアリバイにはねえ」と言いながらも、警部は聞いてみた。高部は細かいところまで話した。

「なるほど、それじゃあ観たんでしょうね」

「私思ったんですけど、エリクサーを盗んだ人って、実は従業員の方なんじゃないですか。理由は分かりませんけど、自作自演って言うんでしょうか」高部は自分でも半信半疑な感じでそう言った。

「まあ可能性はありますがね、でももしそうだとすると、タイミングが良すぎる気がしませんか。つまり高部さんたちが侵入してくる時を見はからっていたみたいですね」

「もしかしたら、超常研のメンバーの中に、あそこで働いている人がいて、それで私たちの計画を知ってたのかもしれないですね」

「超常研のメンバーは、高部さんたちがエリクシールに侵入するのを知ってたんですか?」

「私たち4人以外は知らないはずですけど、坂上さんか澤さんか片瀬さんがしゃべったかもしれません」

「そういえば、明日Y市で超常研のオフ会があるそうですね。高部さんは行くんですか?」

「私はちょっと用事があって行けないんです。それに今回の件があって、ちょっと距離を置こうかと思っているんです」

「そうですか」

 この後、警部と高部は10分くらい事件とは関係のない世間話をした。

「じゃあ行くか」

 桐生は相変わらず本棚に関心があるようで、ずっと眺めていた。2人が車に戻って、今後の方針を思案していると、警部の携帯に着信が入った。小津崎からだった。小津崎は警部からの指示を受けてすぐに、速水と平原のアリバイを調べた。小津崎が聞きだしたところによると、速水はアリバイを聞かれたことに不快感を示しながらも、その時間は1人で自宅にいたと話した。1人暮らしのため、その証言を裏付けてくれる者はいないと話した。

 一方の平原は昨日は22時ごろまで、エリクシールにいて、それから車で帰ったと話した。23時ごろは車に乗っていたと証言したが、どこに行っていたのかはプライベートなことなので話したくないと答えた。

 警部はご苦労だったと言って通話を切った。警部は深呼吸とも、ため息ともとれる息をはいた。

「要するに、4人とも確固としたアリバイはないってことだな」

「これからどうします?」

「うーん、この件については今日はすることがないな。いったん署に戻るか」


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