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よみがえる薬にご用心  作者: 滝元和彦
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警部、聞き込みをする2


 片瀬剣の自宅はT県Y市の繁華街の外れにある11階建のマンションの7階にあった。近くには公園や小さな川が流れていて、どこか牧歌的な雰囲気がある。マンション自体は築30年以上経過しているようだが、最近大規模な修繕をおこなったらしく、それほど古くは感じない。警部の事前の調査では、片瀬は結婚を約束した女性がいたらしいが、それがだめになり、半年ほど前から高齢の母親を自宅に呼んで2人で暮らしていたという。警部がドアのインターフォンを押すと男の声がした。

「どちら様ですか?」低い警戒するような声。

 警部は簡単に事情を話した。ドアがためらうように少しずつ開いた。ドアのすきまから肌の浅黒い顔が覗いた。

「あんまり時間がないんで、手短にお願いしますよ」男は早口でそう言った。

「そんなにお時間は取らせません」

 警部と桐生はリビングに通された。リビングは10帖くらいで、置いてあるものはテーブル、本棚、テレビとパソコン、観葉植物、窓の方を向いている肘掛け椅子くらいで、あまり生活感が感じられない部屋だった。警部と桐生は床にある座布団ざぶとんにあぐらをかいた。男は、警部が聞く前に自己紹介した。

「剣の兄の海人かいとです」海人と名乗った男は、つい昨日、アメリカから帰国したという。親戚から弟の死を聞いて、急いでここに駆けつけたらしい。警部は決まり文句のお悔みの言葉を述べてから話を聞くことにした。

「アメリカには何をしに行ってらしたんですか?」

「役者の勉強をしに行ってた」

「弟さんの事件のことは親戚の方からお聞きになったということですが、具体的に誰から聞いたんですか?」

「剣はY市にある病院で外科医をしていたんだ。そこに叔母さんも務めていて、病院に事件の連絡が入って、すぐにオレの耳に入ったってわけ」海人は淡々と話す。

「確か、こちらにはお母さんが住んでるそうですが、お母さんからは連絡はこなかったんですか?」警部は何げなく聞いたが、海人の表情は険しくなった。

「おふくろはちょっと病気で寝込んでてね。剣がいなくなったこともよくわかってないんじゃないかな」

「ああ、そうでしたか。ちなみに今どちらに?」

 海人はあごで奥の部屋を指した。

「そっちの部屋で寝てるよ」

 桐生は忍び足で、母親が寝ている部屋の方に行こうとしたが、警部に止められた。

「相棒、かってに動くんじゃねえぞ」

「すみません」桐生はおとなしく警部の隣に座った。

 警部は片瀬剣が超常研というネットのサークルに所属していたことを話した。海人は初耳だったらしい。

「剣がそんなのに入ってたのか」

 警部は確認のため、片瀬剣と行動をともにしていた3人の名前を出してみた。

「1人も知らないな」

「そうでしょうね」超常研という存在をしらなくては、これ以上話を聞いても得るものはないのかと思いながら、警部は何か参考になる話は聞けないか質問を考えた。

「弟さんとは電話なんかで連絡は取りあってたんですか?」

「まあたまにはね」海人は時々、奥の部屋の方に視線を向けた。母親が気になるようだ。

「なにか事件に関連したことを話したりしませんでしたかね。例えば、死んだ生き物を生き返らせるなんてことを」

「なんだよ、それは。全然知らないな」

「電話ではどういうことを話したんですか?」

「お互いの近況報告くらいだな」

 警部は収穫はないと判断して、桐生の肩に手をのせた。

「おまえから聞きたいことはあるか?」

「ぼ、ぼくですか。ええと、海人さんて、アメリカにどのくらいいるんですか?」

「おまえ、また事件に関係ねえことかよ」警部がつっこむ。

「今年で3年目だ」

「じゃあ、英語はぺらぺらですか?」

「まあ、それなりにはしゃべれるけど」海人はなんだこいつはという目で桐生を見ている。

「英語が話せる人って尊敬しちゃいます。ぼくなんか、学校で頑張って勉強したのに、ほとんど話せないですもの」

 剣の兄の表情がすこし和らいだ。

「まあ、学校の勉強は読み書きに重点を置いてるからな。あんたもアメリカに行けば、いやでも英語を覚えるよ」

「そうですか、ぼくも海外で生活してみようかな」

「相棒、事件についての質問しろよ」警部が多少いらいらしながら言った。

「あ、そうでした。えっと、剣さんって爆弾をつくる知識があったんですか?剣さんの知り合いだった超常研の人から、剣さんが爆弾を作ったって聞いたんです」

 海人はすぐには答えず、返答を考えているようだ。やがて言った。

「オレの知ってる限りじゃ、剣はそんな知識はなかったと思う。もっとも、オレがアメリカに行ってる間に覚えたのかもしれないがな」

「なるほど。それから、電話でたまに近況報告をしてたってことですが、剣さんはなにかトラブルを抱えているような様子とかなかったですか?」

 海人は眉間にしわを寄せた。桐生の真意をはかっているようだ。

「なんでそんなことを聞く?剣は爆発に巻き込まれたんだろ」

「特に他意はありません」

「うーん、そういえばトラブルとは違うが、その超常研の知り合いの高部っていう人に金を貸してたみたいだった。それが何度言っても返してもらえないって言ってたな」

「どのくらい貸してたんでしょうか?」

「100万単位だって言ってたな」

「100万、あの女、なんでそんな金が必要だったんだ?」警部はその事実を電子手帳にメモした。

「他にトラブルのようなことはありませんでしたか?」

「あとはないな」

「ぼくの聞きたいのはそれだけです」

 警部は腕時計を見た。午後4時近くになろうとしていた。

「またなにか聞きたいことがあったら、おじゃまするかもしれません。しばらくは日本にいるんでしょ」

「剣のこともあるし、当分はいるよ」

 警部と桐生が外に出て、次はどこに行こうか話し合っていると、今出てきた玄関が開いて、1人の女が出てきた。女は70代くらいで、辺りを気にしながら警部たちのもとに歩いてきた。女は自分が剣と海人の母親だと自己紹介した。警部たちの話を奥の部屋で聞いていたという。自己紹介した後、母親は妙なことを話した。

「あの家に剣がいたんですよ。直接見たわけじゃないですがね。私にはわかるんです。剣は私の息子ですもの。あの子の立てる音っていうんでしょうか、それで剣がいるって思ったんです。でも、海人に聞いても、それは母さんの気のせいだなんていうんですよ。海人が剣をかくまってるんですよ」

 警部は突然のことに戸惑いながらも、

「それは何時頃のことでしたか?」と聞いた。

「朝方6時頃だったと思います」

 その時間には剣はすでに死んでいるはずだと警部は思った。警部はさっき、海人が母親について言った言葉を思い出した。この母親は病気で寝ていたはずだ。

「それはきっとお兄さんの海人さんですよ」

「いいえ、あれは剣です。剣がいたんですよ」

 警部はこれ以上は押し問答になると判断した。

「そうかもしれません。剣さんがいたんでしょうな」

 そう言うと母親は満足した表情になった。

「やっぱりそうですよね。そうに違いありません」そう独り言のように言うと、玄関の方に向かって歩いていった。母親が家の中に入っていくのを見届けてから、

「息子が死んだのが、よっぽどショックだったんだろうな」

「うーん」桐生は言葉には出さなかったが、なにか考えている様子だった。

 警部の携帯が振動した。マナーモードを解除して画面を見る。小津崎からだった。警部は小津崎に、もう1人の死者である澤英太について調べるように指示を出していた。

 小津崎の報告を要約すると、澤はT県A市で1人暮らしをしていた。両親は澤がまだ学生の時に亡くなっている。兄弟はいない。A市の病院で外科医をしていた。澤が超常研というサークルにいたことは、勤務先の同僚は誰も知らなかった。ただ、同僚の1人が、澤が仕事上のミスで悩んでいたと話した。それから小津崎は澤の顔写真を送ってきた。メガネをかけた、人のよさそうな顔をした小太りな40才手前の男だった。警部はそれを確認してから、「ごくろうだった」と言って通話を切った。

 警部は大きく伸びをした。朝から動いていたから体がくたくただった。桐生も慣れないことをしていたので、普段にない疲れを感じていた。マンションを出ると車に乗り、K警察署に向けて走りだした。


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