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死妃の娘  作者: はかはか
第四章 疑念
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疑念 その17

 その時、カノンの家の扉が荒々しく叩かれた。

「おーい。カノンいるかっ?」


 それは、表で小鬼ダイチャを追い掛けていた子供の声だった。


「いけないっ。この子を隠さなきゃ」


 きっと、追い掛けていた小鬼ダイチャがカノンの家の方に逃げ込んだ為、探しているのだ。


「お母さん。この子を布団の中に隠してあげて」


 布団とは言え、枯れ草を集めた寝台に薄っぺらい一枚物の長い布を数枚重ねただけの寝床である。その膨らみで、すぐに小鬼ダイチャがいると分かってしまう。

 仕方無く、母は痛む体を我慢して身を起こすと、体の陰に小鬼ダイチャを置いて布を掛けて隠した。


「カノン?」


「今行くわ。待って」

 カノンは、両手で扉を掴むと、力を入れて開け始めた。


 建て付けの悪い家である。勝手に造られているだけに、完成度は二の次にされている。時間が経つにつれて、その影響が扉に出て来ていた。


 木と木が擦れる音、それも結構大きな音を出しながら、扉が変形しながら開いた。


「ごめんね。この扉、ますますひどくなってるのよ」

 カノンが顔を出すと、表に数人の男の子が手に手に棍棒や縄を持って立っていた。


 カノンと同じ歳くらいから、まだよく分からずについて回っている小さな子供まで様々だ。


「それなら、俺の爺ちゃんに頼んでやる。ちょいと、扉を削ればいいだけさ」

 正面に立つカノンと同じ歳の男、チエトベが景気良く言った。


「そう?」


「よせよせ、そうやって削ってばかりだったら、隙間が広がって風と虫の出入り口が出来ちまうぜ」

 別の男の子が口を挟む。


「うるさいんだよ、ぼけっ」

 チエトベがその男の子に向かって悪態をついた。


「で、どうしたの? 私、店に戻らないといけないんだけど」


 カノンの言葉にチエトベが言う。

「あ、そうだ。こっちに小鬼ダイチャが逃げ込んだみたいなんだが、見なかったか? さっき、カノンの家の壁に入り込んだんだ」


「あら、そうなの? そういえば、何か音がしてたみたいだけど、猫だと思ってたの」


「俺らが、わざわざ猫を追い回すかよっ」

 さっきの男の子がまた口を挟む。


「裏に走って行ったみたいよ」


「ほんとか?」


「ええ」


 チエトベは、そう言うカノンの肩越しに家の中を覗き見た。


「いらっしゃい……」

 チエトベと目が合ったカノンの母が笑顔を見せる。


「あ、ども……」

 チエトベは、母に頭を下げると、小声でカノンに囁いた。

「お母さん。具合はどうだ? 悪くなってないか?」


 カノンは、それを聞いて顔を曇らせた。

「悪くなってるわよ。良くなる訳無いじゃない」


「そうか……」


「この街にいれば命の心配は無いけど、この家にいる限り、治る事は無いわ」


 カノンの沈んだ表情にチエトベも目線を伏せた。

「この世の中、どこに行っても同じさ。遅かれ早かれ、死ぬのに変わりは無い」

 チエトベは、カノンの細い腕を指差した。

「無理すんなよ。体を壊しては何にもならないからな」


「ええ。ありがとう」


「じゃあ、邪魔したな」

 チエトベは、カノンに背を向けると、仲間に指示を出した。

「裏側に回ったみたいだ。行ってみるぞ」


 カノンは、子供達の遠ざかる足音を聞きながら、再び扉を苦労しながら閉めた。

「お母さん。ごめん、もう時間が無いから行くね」


 小鬼ダイチャの事で時間を取られ過ぎてしまった。

 カノンは、荷物を取ると、裏口に向かった。

 カノンの家は、裏にも出入り口がある。ようやく人ひとり通れるくらいの土がむき出しの空間をしゃがみながら通ると簡単な木戸に行き当たる。

 只、裏口を出ると、そこは裏の建物との間にある汚く狭い空間しか無い。

 元は、普通の通りに出る事が出来たが、裏手に別の建物が密接して建てられた為、今はその用を成してない。

 しかし、カノンの家は、先程のように表の扉が開きにくくなってしまった為、カノンは主に裏口を使っている。


「その子大丈夫?」


「ええ。大人しくしているわよ」


 確かに、小鬼ダイチャは、母の隣で落ち着いて座っていた。


「良い子ね。そうそう、あなたの名前は何て言うの?」

 カノンは、小鬼ダイチャに指差して聞いてみた。


 勿論、言葉の通じない小鬼ダイチャは、何を言っているのか理解出来ていない。


 それではと、カノンは自分を指差した。

「カノン。カノン。分かる?」


 小鬼ダイチャは、首を傾げる。

「あら、可愛い」

 小鬼ダイチャの仕草にカノンは手を叩いた。

「じゃあ、もう一度」カノンは、また自分を指差した。「カノン。……カノン」


「カ、ノン……」


 小鬼ダイチャがたどたどしくカノンの名前を口にすると、カノンは、もう一度手を叩いて喜んだ。

「そうよ。そうそう。私はカノンよ。カノン。カノン。じゃあ、あなたの名前は?」

 カノンは、今度は小鬼ダイチャを指差して聞いた。


 しかし、小鬼ダイチャはまだよく分かっていないようだった。


「あなたの名前よ」

 カノンは、再び自分を指差し、「カノン」と言って、小鬼ダイチャを指差した。「あなたは?」


「……」

 小鬼ダイチャは、おずおずと自分を指差した。

 それは、まだ埃で黒ずんだ指先だった。


「そう、あなたよ。あなたの名前は?」


「……、ポ……ポケート」


「ポケト?」

 カノンが、小鬼ダイチャを指差して言うと、小鬼ダイチャは自分の胸を指で叩くようにもう一度言った。


「ポケート」


「ポケートっ?」


 小鬼ダイチャは、言われて初めて笑顔になった。

「パケラ。ポケート。ポケートっ」


「ポケートねっ。ポケート、ポケート!」

 カノンは、小鬼ダイチャの名前を知って、すっかり興奮した。


 小鬼ダイチャもそんなカノンを見て、目を薄めて笑った。

「カノン。カノン。キペプラ、カノンっ」


「そう。私、カノンよ」

 カノンは、手を叩いて喜んだ。


 盛り上がるふたりを、母は穏やかな目で見詰めていた。

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