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死妃の娘  作者: はかはか
第四章 疑念
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疑念 その14

 扉を叩く前に勢い良く開かれてレニーの顔が現れた。


「これは……、気付かれていたようですね」


 シロリオが苦笑いすると、レニーも目を細めて笑みを浮かべた。


 人目を引く大輪では無い。道端にひっそりと華やぐ淡雪のような可憐さをたたえている。それがレニーだった。


「足音が聞こえたもので……」

 まさか、心待ちにしていたとは恥ずかしくて言えない。

 レニーは、小さな声で本音を隠した。


 シロリオも公爵邸でそんなに足音高く歩く方では無い。

 ましてや、廊下には高価な絨毯が引き詰められている。幾ら静かにしていても、普通では部屋の中で気付くとは思えない。

 しかし、シロリオはその事については聞き流す事にした。


 レニーは、シロリオを見上げながら小首を傾げた。

 只ひとり、心許せる相手。


「いや、特に用は無いのですが、お元気でいるかと思いまして……」

 シロリオは、頭を掻きながら言った。

 レニーに対して話辛いと思い始めたのはいつの頃からだろうか。

 幼い頃は、時間が経つのを忘れて話合えたものだが、女性というものを意識しだすと、あれ程気楽に口をついて出ていた言葉がなかなか形作れなくなってしまった。


 それは、レニーも同じだった。

 特に女性は十代前半から結婚という人生の節目が迫って来る。

 レニーは、公爵の娘という事で、なかなか釣り合いの取れる相手が見付からずにここまで来たが、本来なら既に家を出ていてもおかしくない。

 レニー自身もその事はよく分かっていて、その事を考える度に気落ちする状態だった。

 早くシロリオに迎えに来て欲しい。知らない相手に嫁ぐより自分を守って来てくれたシロリオと一緒になる方が全然安心出来る。

 しかし、実際は、シロリオも父もそんな事はおくびにも出さず、まるで自分だけが焦っているように思える。

 出来る事なら、言いたい。連れて行って欲しい。貴族という恵まれた環境を捨ててもいい。只、それが望みだった。


「とにかく、中にお入り下さい」

 レニーは、後ずさりして扉を開いた。


「いえいえ。若い女性の部屋に男がひとり入る訳にはいきません」


「何を仰るのですか。私とシロリオ様は、兄弟のようなものです。そのような心配は無用ですよ」

 レニーは、笑顔で言った。


 入ってくれないのか?

 レニーは、シロリオの顔を見た。

 シロリオには、自分と同じ気持ちでいて欲しい。部屋に入って、昔のように仲良くお喋りを楽しみたい。シロリオもそう思ってくれて欲しい。

 この一瞬、レニーは心で祈った。


「……そうですね。じゃあ、お邪魔させて頂きます」

 シロリオの言葉に、レニーは心の中で跳び上がった。

「さあ、どうぞ」

 しかし、その気持ちを押し隠して、何事も無くシロリオを部屋に入れる。

「最近は、お忙しいのですか?」


 死妃の娘の件は、当然レニーの耳にも入っている。

 暇を持て余す仲の良い貴族の女達が喜んで噂話に精を出しているのだ。聞く気が無くても向こうから放り込まれて来る。

 只、噂話には大概尾鰭が付き物だ。

 公爵は、街の一角に森の民の定住地区を作るつもりだの、神竜の望みで王宮に竜の住まいを確保するだの、森の民と協力してレフルスを攻撃するだの、国王警備隊の副長が捕えた死の娘と仲が良いだの……。


 特に、最後の噂は、レニーとしては聞きたくも無い話だった。

 死の娘がまだ若い女性だという意外な話は、あっという間に広まっている。しかも、なかなかの美人だという事も。

 レニーは、シロリオが死妃の娘捜索の責任者になっている以上、シロリオと死の娘が接触するのは当然だと自分に言い聞かせていた。シロリオが死の娘に会うのも仕事のひとつだと割り切ろうとしていた。

 しかし、勿論、そう思い込もうとしても簡単にそうですかと言えるものでは無い。

 ひとり、部屋で時間を過ごしていると、余計な不安が次から次へと浮かび上がって来て落ち着いていられなくなる。

 そんな事無い。シロリオにはそう言って欲しい。


「いやあ、余計な問題ばかり増えて来て、困ってまして……」

 シロリオは、一瞬返事に詰まってしまった。

 頭に浮かんだのは、公爵の謀反の事。

 もし、自分の報告で謀反が失敗すれば、公爵家一族は反逆罪で全員断罪になってしまう。つまり、目の前に佇むレニーもその罪を免れない。

 シロリオがノイアールに謀反の話を聞いても簡単に信じ難かったのは、レニーの存在が大きかった。

 勿論、謀反は許せない。しかし、何も関係無いレニーが不憫でならない。

 シロリオは、ノイアールに提案している。自分達が謀反の計画を知った事を公爵に伝えたら、公爵も謀反を諦めはしないか、と。

 ノイアールの答えは、否、だった。公爵は、しつこい性格をしている。一度、失敗したくらいでは国王の座を諦めないだろう。いずれはシェザールに深刻な害をもたらす害虫だ。今の内に駆除するのが正解だ、と。

 ノイアール流の皮肉たっぷりの言い方だったが、シロリオもその意見に反論する余地は無かった。


「レニー殿。ひとつ聞いてもいいですか?」


 シロリオの質問にレニーは再び小首を傾げた。


「もし……、もしですよ。何か問題が起こって、レニー殿が第三区の貧民街で暮らさなければならなくなったとしたら。……どうします?」

 謀反は、大罪だ。

 それでも、何とか頼み込んで命だけでも救えるとしたら……。


 レニーは、その質問に何を思ったか目を輝かせて両手を合わせた。

「素敵ですね」


「……は?」


「私の事は何も心配いりません。お食事もお洗濯もした事ありませんけど、何でも経験です。やれば出来無い事はありませんよね?」


 シロリオは気付いた。レニーは勘違いしている。

 貴族で無いシロリオと結婚すれば、第二区に住み続けるのは難しい。第三区で生活する事になる。そうなると、使用人を雇う事は出来無い。家事の全てを自分の手で行わないといけない。シロリオは、そう質問したのだ、と。


 シロリオは、腰に両手を当てて顔を背けた。

 レニーは、それ程まで自分を待っているのか……。

 お嬢様であるレニーには、貧民街と言われてもどんな暮らしなのか想像もつかない。せいぜい、小さな家と少ない稼ぎと様々な民族との共同生活くらいにしか思ってない。

 その裏にある過酷な飢えと病に対する底知れぬ恐れと絶望なまでに罪深い人間の本性と死界の色をまといし異獣の存在は聞いた事さえないだろう。


 シロリオは何も言えず、レニーの部屋を飾り立てる美しい生花や鮮やかな絵画、珍しい家具の数々を眺めた。

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