疑念 その7
海に落ちた敵の死体を引き揚げている間、シロリオは他の船倉の場所を部下に探させていた。
ノイアールによると、他に密輸品が隠されている可能性があるらしい。
「あれが、お前を追い掛けていた敵か?」
小舟で死体を収容している様子を見ながら、シロリオがノイアールに聞いた。
「ああ。恐らくな」
「恐らく?」
「そう言うな。相手の正体は分からなかったんだ」
「だとしても、もう少し注意してくれれば良かったんだ。そうすれば、あんなに苦労する事無かったのに。俺なんか、もう覚悟してたんだからな」
口を尖らせて言うシロリオの肩をノイアールは軽く叩いた。
「俺も同じさ」
そこへ、アイバスがふたりの元に走って来た。
「船倉の場所が分からないので、気絶していた商人に聞こうと思いましたら、唇を噛み切って死にました」
「何っ?」
シロリオは、ノイアールを見た。
そこまで覚悟していたとは……。
ノイアールも表情を曇らせている。
商人は、貴族や兵士とは違い国や雇い主に忠誠を誓うような存在では無い。只、依頼を受け、契約をし金儲けの為に働く。そこに、義理や人情を挟む商人は、商人とは言えないとも言われている。
「そこまでして、秘密を守るのか……」
シロリオの呟きにノイアールが答えた。
「という事は、只の商人では無いな。誰かの下で働いていた事になる」
ノイアールは、言外に公爵の存在を仄めかしている。しかし、シロリオは、まだセーブリーの関わりを信じるつもりは無かった。
「仕方無い。俺達で探すしか無いな。行こう」
ノイアールは、シロリオを促すと、先に立って船内に向かって行った。
シロリオ達は、一階毎に丹念に調べて行った。それぞれの部屋の大きさを確認し、どこかに隠し扉でも無いか見て回る。
下に進むにつれて、船内を漂う臭いはいよいよ酷くなっていった。
最下層になると、皆、布を口に巻いてなるべく臭いを避けようとしていた。
「ここが一番下です。見ての通り、使われてない樽や予備の装備品等で雑然としてます」
アイバスがふたりに説明する。
そこには、区画割りされてなく、だだっ広い空間が広がっていた。天井が低く、身を屈めないといけない所に様々な道具が所狭しと置かれている。
「やはり、普通の密輸船だったんじゃないか?」
シロリオが言うと、ノイアールは先に立ち、床を調べ始めた。
「さらに下か? 有り得ない話じゃないな」
ノイアールもシロリオを見て頷いた。
「ここをぶち割ってみよう」
「よし。アイバス、何人か呼んでくれ」
シロリオが言うと、ノイアールはそれを止めた。
「いや。俺達三人だけでやる。アイバス、他の者は近付けるな」
シロリオは、驚いた。
「どういう事だ?」
「その方が良いのさ」
ノイアールは、理由にならない理由を言う。
アイバスは、ふたりの顔を見比べてしばらく迷っていたが、シロリオが頷くと、他の隊員を上の階に上げて、工具を手に戻って来た。
床を破壊する作業は難しく無かった。
二、三度強引に床を叩き割り、人が通れるくらいの穴を開けると、ノイアールの予想通り船底に別の船荷が隠されているのが見付かった。
「これだ、これだ」と、ノイアールが楽しそうに覗き込む。「さて、何が現れるかな」
ノイアールが船底に下りると、シロリオも燭台を手に後に続いた。
そこも天井が低く、満足に直立出来無いくらいのだだっ広い空間だった。
そこに船荷が一杯積み込まれている。只、その量は、先程の船倉にあった量の半分にも満たないが。
「……成程。これは大っぴらに出来無いな」
既に手近な船荷を破り開けたノイアールがシロリオを招き寄せた。
そこには、袋の中に白い粉が一杯に入っていた。
「麻薬だ……」シロリオは、粉を少し舐めて呟いた。
「そう。恐らくこっちにある荷物は全て麻薬が入っているんだろう」
シロリオは、同じ印が側面に描かれている船荷を見回した。全部で十数個はある。
「これだけでも莫大な利益になるぞ」
シロリオは、ノイアールの言葉に頷いた。
トラ=イハイムも巨大都市だけあって、あちこちに闇市場があり、麻薬に侵された多くの人々が廃人として打ち捨てられている。
シロリオも警備隊を率いて麻薬の摘発に力を入れているが、麻薬は莫大な利益を生む。そのほとんどに貴族階級が絡んでいる為、横槍が入る事が多く、上手く行かないのが現状である。
「麻薬取引に手を染めている事が分かれば、即縛り首だ。奴らが必死になって逃げたのも、マタレバという爺が自殺したのも頷けるな」
シロリオは、思わず唇を噛んだ。
これ程の量を取り引き出来るのは、余程の資金を準備出来る実力者になる。それと同時に、この量ならば、一回だけで莫大な利益を生む。
シロリオの脳裏に公爵家を飾る数々の美術品が思い浮かんだ。まだ、余裕の無い生活に苦しむ庶民達を横目に贅を凝らした調度品。
しかし、シロリオは頭を振った。まだ、セーブリーの仕業だという確たる証拠は無い。
そこへ、船倉の奥から戻って来たノイアールが真剣な表情でシロリオを手招いた。
「アイバスは、ここにいてくれ」
ノイアールの指示に頷くアイバス。
シロリオは、少し不安になった。ノイアールがそこまで人を避けるような事は滅多に無い。
アイバスと視線を交わすと、シロリオは、ノイアールの後に続いて中腰で奥に進んで行った。




