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死妃の娘  作者: はかはか
第四章 疑念
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疑念 その6

「これでひと安心だな」


「……そうだといいんだが」

 シロリオがひと息つくノイアールに言うと、ノイアールは苦笑しながら返した。


 すぐの事だった。

 ノイアールの言葉を裏付けするように、シロリオは背後にある違和感を感じた。


「危ない!」

 ノイアールの叫び声に身を伏せるシロリオ。

 その上を黒い物体が通り過ぎた。


「起き上がるんだっ」

 ノイアールが剣を構えながら片手でシロリオを引っ張り、体を起こさせる。


 シロリオも急いで剣を抜いた。

 そのシロリオの目にボンヤリと黒い物体の姿が入って来た。それも一体や二体では無い。


「何だ?」


「一難去ってまた一難か……」

 ノイアールがシロリオと背を合わせながら呟く。


「何人だ?」


「四人か五人……」


 ノイアールの答えにシロリオはもう一度周りを見渡した。


 ふたりのそれぞれの正面にひとりずつ。舷べりに立つ者がひとり。さらに松明の光が届かない所で身を隠す者の雰囲気もする。


「いざとなったら海に飛び込む」

 ノイアールが囁くように言う。判断が早い。


 先程の攻撃からしても、すっぽりと身を隠している黒い外套からしても、ほぼ間違い無くこいつらはどこかの暗殺集団だろう。力任せのナマクラ剣法を相手にするのとは訳が違う。疲れを隠し切れないふたりには、手に余る相手だ。

 しかも、そのノイアールの囁き声が耳に入ったのか、もうひとり、音も無く舷べりに身を移し、海への退路を断ってしまった。


 これは強敵だ。

 シロリオは、全身が身震いするのを感じた。今度こそ本当に危ない。


 ノイアールも同じ思いなのだろう。腰を屈めて体勢を整えている。


 警備隊の仲間が船を上がり、ここまで辿り着くのにまだしばらく掛かる。その間耐えなければならない。

 しかし、相手が専門の暗殺集団なら、それだけの時間でも十分だ。


 シロリオは、相手の攻撃をかわして逃げる方向を見定めた。


 そこへ、音も無く正面の敵が身をひるがえして迫って来た。

 外套に隠されて武器が見えない。

 これでは、対応のしようが無い。仕方無くシロリオが剣を振ると、相手は軽くそれを躱して外套の下から剣を差し込んで来る。

 既にひと振りして受ける暇も無い。シロリオは、床に倒れ込みながら攻撃を躱した。

 そこに別の敵が覆いかぶさるように攻撃して来る。

 それも身を転がしながら躱して行く。


 余りにも早い攻撃だった。起きる暇無く繰り出される切っ先から身を避けるのがやっとだった。

 ノイアールの様子を見る余裕も無い。


 幾つか転がっている樽に身を隠し、少しでも守り易い体勢を取ろうとするが、敵は易々と懐に入り込んで来る。

 身を投げ出しながら突きかかって来る敵の腕を抑えながら、船べりに体を強打する。

 相手の外套が少しずれて、その下から細面の狂気に満ちた顔が現れた。

 男は、シロリオの顔を見ず、ただ剣先を見詰め、全力で押し込もうとしている。

 シロリオも必死で抵抗するが、体力を使い果たし、身動きが出来無い。

 そこに、船べりを走り、剣を振りかざして来る別の者の姿が見えた。


 これまでか……。


 いよいよ観念した時だった。

 その船べりを走り込んで来た敵が突然飛んで来た矢を受け、身をよじりながら視界から消え去って行った。


「?」

 シロリオは、すぐには理解出来無かった。まだ、部下が上がって来た雰囲気も無い。


 目の前の男も突然の事に驚いたのか、ふっと剣に込めていた力が抜けた。


 シロリオは、その機を逃さなかった。思い切り男を蹴飛ばすと、残りの力を振り絞り、身を起こして再び樽を背にして剣を構え直した。

 いつまた眼前に攻め込まれてもおかしくなかった。


 しかし、その時には既に状況が変わっていた。

 敵は、シロリオとノイアールから離れて様子を見ていた。

 チラチラと目線が左右に動いている。


 自分達の仲間の犠牲に動揺したのか、残った敵は逡巡しているようだった。

 明らかに、先程の正体不明の攻撃を警戒している。


 そうこうする内に、シロリオの耳にアイバスの声が聞こえて来た。

「副長! 無事ですか?」


 松明を手に甲板に上がり込んで来る警備隊の面々。

 逃げ切れなかった船員達は、無駄とは分かっても船内に逃げ込んだり、止む無く海に飛び込んだりしている。

 黒い敵を相手に必死だったせいか、この大騒ぎの音は全く耳に入っていなかった。


 ふと、シロリオが気付いた時には、既に敵の姿は消えてしまっていた。

「あれ?」


 ノイアールも意外そうに周囲をキョロキョロと見回している。

 シロリオと視線が合うと、ノイアールは安心するように力強く頷いた。


 助かったのか。シロリオは、ようやく、緊張の糸が解けて安堵した。

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