疑念 その5
シロリオは剣を抜くと、ノイアールの横に並んだ。船荷がギッシリ積み込まれている事もあり、船倉は動き回る空間が少ない。
そこがふたりにとって有利な点だった。相手に後ろを取られさえしなければ、正面だけを気を付ければいい。
「やれっ」
マタレバが号令を掛けると、男達は猛然と掛かって来た。
「恩のある公爵を裏切るとは、血は争えぬな!」
マタレバの声も掻き消されんばかりの怒鳴り声を上げながら、男達がシロリオとノイアールに向かって来る。
何れも筋肉隆々の巨漢揃いだ。いざ、掴まってしまったら、逃れられないのは間違い無い。
剣術の腕前に関しては、ノイアールは免許皆伝も間近と言われる程熟達していたが、シロリオも長年ノイアールとつるんでいた事もあり、練習等の相手をしていたせいで、相当の実力を身に付けている。
「なるべく離れるな」
「了解」
男達も相応の剣技を持っているかもしれないが、ふたりからしてみれば、未熟者の域を出ていない。
勢い任せの突進を正面から受け止めず、ひとつ目の太刀を受け流しつつ、防御の弱い箇所を一瞬の隙を突いて斬り払う。
背後を取られないように、ふたりで背中合わせになって戦う。
止む無く離れる時は、船荷や壁を背中にする。
相手が抵抗出来無い傷を負わせれば十分。深追いはしない。
シロリオとノイアールは、互いの動きに留意しつつ戦っている為、数の多い相手に遅れを取る事が無い。
激しい剣戟も良く見ればシロリオとノイアールの思いのままに進んで、終わった。
最後に立っていたのは、ふたりと部屋の隅で見るだけだったマタレバの三人だけだった。
「大丈夫か?」
シロリオは、呻いている男達が再び攻撃して来ないか警戒しながらノイアールに声を掛けた。
ふたり共返り血を浴びて、互いの怪我の状況が確認出来無い。
シロリオは、何ヶ所かにかすり傷を受けていたが、特に深手は負っていなかった。
ノイアールは、シロリオに振り向きもせず手を振って無事を伝えると、床に転がっている男達を蹴りながら、大股で意外な結果に動転しているマタレバに近付いて行った。
「さあ、吐いてもらおうか。お前は誰の命令で動き、この船の下には何があるんだ?」
ノイアールは、マタレバの胸倉を掴んで、首を締め上げた。
「く、苦しい……。離してくれ」
「正直に言えば離してやるさ。さもなければ、二度と口答え出来無いようにしてやるぞ」
ノイアールは、血の滴る剣をマタレバの目の前で構えると、首筋に押し付けた。
「おい。やり過ぎだろっ」
シロリオがノイアールの背中に怒鳴った時、船倉の扉が勢いよく開いた。
「何?」
シロリオの驚きにノイアールも扉を見る。
確かに鍵が掛かっていた筈の扉が簡単に開くとは、予想だにしていなかった。
それを見て、マタレバがカッカッカと笑った。
「残念だな。あの鍵は、お前達を逃がさない為のものだ」
つまり、中からは開かないまでも、外からなら操作出来るようにしているという事だ。
悪知恵の働く奴らだ。
シロリオは、剣を構えて再びノイアールの横についた。
「どうする?」
扉からは、続々と新しい船員達が入り込んで来る。
ひと暴れしたふたりは、疲れ切って肩で息をしている為、今度は守り切れないだろう。
「窓だ」
ノイアールは、冷静に言った。
「よし来た」
ノイアールの指示に、シロリオは船窓に向かって船荷の上に駆け上がった。
ノイアールもマタレバの鳩尾に一発食らわせて気絶させてから後に続く。
「おい待て!」
「逃がすな! 捕まえろー!」
船倉を照らす松明の光に揺ら揺らと動く影が数を増す。
シロリオは、船窓のひとつに走り込むと、勢い良く窓を塞いでいる蓋を蹴破った。
丸い窓の向こうに広がる黒い海が視界に入って来る。
「これを使えっ」
ノイアールは、シロリオに向かって鉤付きの荒縄を投げた。
息の合った動きでそれを受け取ったシロリオは、怯む事も無く窓枠に足を掛けて外に飛び出す。
海風を体全体に浴びながら、シロリオは鉤を船の舷べりに向かって放り投げた。
上手く引っ掛かったか確認している暇も無い。外に飛び出すと、舷側を落ちながら縄を手繰り寄せる。
そのシロリオの視界の端に、ノイアールも後に続いて縄に向かって飛んで来るのが見えた。
早く掛かってくれ。シロリオは、祈りながら縄を引いた。
手元にしっかりとした抵抗を感じた時、シロリオは大きく安堵の溜め息を吐いた。
ふたりの体重が一気に掛かってしまっては、弾みで鉤が外れる恐れがあったが、何とか一瞬先に鉤が舷べりを掴み取ってくれたらしく、ノイアールが手にした時には、縄は安定していた。
「大丈夫かっ?」
シロリオが上から声を掛けると、ノイアールは力強く頷いた。暗闇の先で、左右に揺れながら体勢を整えている。
「ちくしょー! おいっ。甲板に上がれ!」
船倉の窓から、船員達の声が聞こえて来る。
早く上がらないと、縄を切られたらお終いだ。シロリオは、縄に揺らされながら、体中を船にぶつけた痛みも構わずに急いで登り始めた。
船べりに手を掛けた時、懐から笛を取り出し、思い切り息を吹く。
闇夜を切り裂くような甲高い音。
足音高く甲板に上がり込んで来た船員達が思わず立ち止まると、港の方から喚声と共に何十もの松明が走って来るのが見えた。
「警備隊だー!」
その叫びと共に恐慌状態に陥る船員達。
自分達が密貿易に関わっている事は百も承知だ。捕まってしまえば、悪くすれば打ち首、縛り首。良くても手酷い拷問を受け、半死状態で街を叩き出されるのが目に見えている。
最早、シロリオとノイアールに構っている暇は無い。船員達は、我が身可愛さに一斉に逃げ始めた。
我先にと縄梯子で船を下りる者。脱出用の小型艇を海に投げれて、その後に飛び込む者。
シロリオは、その様子を見て安心すると、後ろを登って来るノイアールに手を伸ばした。




