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死妃の娘  作者: はかはか
第四章 疑念
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疑念 その5

 シロリオは剣を抜くと、ノイアールの横に並んだ。船荷がギッシリ積み込まれている事もあり、船倉は動き回る空間が少ない。

 そこがふたりにとって有利な点だった。相手に後ろを取られさえしなければ、正面だけを気を付ければいい。


「やれっ」

 マタレバが号令を掛けると、男達は猛然と掛かって来た。

「恩のある公爵を裏切るとは、血は争えぬな!」

 マタレバの声も掻き消されんばかりの怒鳴り声を上げながら、男達がシロリオとノイアールに向かって来る。


 何れも筋肉隆々の巨漢揃いだ。いざ、掴まってしまったら、逃れられないのは間違い無い。


 剣術の腕前に関しては、ノイアールは免許皆伝も間近と言われる程熟達していたが、シロリオも長年ノイアールとつるんでいた事もあり、練習等の相手をしていたせいで、相当の実力を身に付けている。


「なるべく離れるな」


「了解」


 男達も相応の剣技を持っているかもしれないが、ふたりからしてみれば、未熟者の域を出ていない。

 勢い任せの突進を正面から受け止めず、ひとつ目の太刀を受け流しつつ、防御の弱い箇所を一瞬の隙を突いて斬り払う。

 背後を取られないように、ふたりで背中合わせになって戦う。

 止む無く離れる時は、船荷や壁を背中にする。

 相手が抵抗出来無い傷を負わせれば十分。深追いはしない。

 シロリオとノイアールは、互いの動きに留意しつつ戦っている為、数の多い相手に遅れを取る事が無い。

 激しい剣戟けんげきも良く見ればシロリオとノイアールの思いのままに進んで、終わった。

 最後に立っていたのは、ふたりと部屋の隅で見るだけだったマタレバの三人だけだった。


「大丈夫か?」

 シロリオは、呻いている男達が再び攻撃して来ないか警戒しながらノイアールに声を掛けた。


 ふたり共返り血を浴びて、互いの怪我の状況が確認出来無い。

 シロリオは、何ヶ所かにかすり傷を受けていたが、特に深手は負っていなかった。


 ノイアールは、シロリオに振り向きもせず手を振って無事を伝えると、床に転がっている男達を蹴りながら、大股で意外な結果に動転しているマタレバに近付いて行った。

「さあ、吐いてもらおうか。お前は誰の命令で動き、この船の下には何があるんだ?」

 ノイアールは、マタレバの胸倉を掴んで、首を締め上げた。


「く、苦しい……。離してくれ」


「正直に言えば離してやるさ。さもなければ、二度と口答え出来無いようにしてやるぞ」

 ノイアールは、血の滴る剣をマタレバの目の前で構えると、首筋に押し付けた。


「おい。やり過ぎだろっ」


 シロリオがノイアールの背中に怒鳴った時、船倉の扉が勢いよく開いた。


「何?」


 シロリオの驚きにノイアールも扉を見る。

 確かに鍵が掛かっていた筈の扉が簡単に開くとは、予想だにしていなかった。


 それを見て、マタレバがカッカッカと笑った。

「残念だな。あの鍵は、お前達を逃がさない為のものだ」


 つまり、中からは開かないまでも、外からなら操作出来るようにしているという事だ。

 悪知恵の働く奴らだ。

 シロリオは、剣を構えて再びノイアールの横についた。

「どうする?」


 扉からは、続々と新しい船員達が入り込んで来る。

 ひと暴れしたふたりは、疲れ切って肩で息をしている為、今度は守り切れないだろう。


「窓だ」

 ノイアールは、冷静に言った。


「よし来た」

 ノイアールの指示に、シロリオは船窓に向かって船荷の上に駆け上がった。


 ノイアールもマタレバの鳩尾に一発食らわせて気絶させてから後に続く。


「おい待て!」

「逃がすな! 捕まえろー!」


 船倉を照らす松明の光に揺ら揺らと動く影が数を増す。

 シロリオは、船窓のひとつに走り込むと、勢い良く窓を塞いでいる蓋を蹴破った。

 丸い窓の向こうに広がる黒い海が視界に入って来る。


「これを使えっ」

 ノイアールは、シロリオに向かってかぎ付きの荒縄を投げた。


 息の合った動きでそれを受け取ったシロリオは、怯む事も無く窓枠に足を掛けて外に飛び出す。


 海風を体全体に浴びながら、シロリオは鉤を船の舷べりに向かって放り投げた。

 上手く引っ掛かったか確認している暇も無い。外に飛び出すと、舷側を落ちながら縄を手繰り寄せる。

 そのシロリオの視界の端に、ノイアールも後に続いて縄に向かって飛んで来るのが見えた。


 早く掛かってくれ。シロリオは、祈りながら縄を引いた。


 手元にしっかりとした抵抗を感じた時、シロリオは大きく安堵の溜め息を吐いた。

 ふたりの体重が一気に掛かってしまっては、弾みで鉤が外れる恐れがあったが、何とか一瞬先に鉤が舷べりを掴み取ってくれたらしく、ノイアールが手にした時には、縄は安定していた。


「大丈夫かっ?」

 シロリオが上から声を掛けると、ノイアールは力強く頷いた。暗闇の先で、左右に揺れながら体勢を整えている。


「ちくしょー! おいっ。甲板に上がれ!」


 船倉の窓から、船員達の声が聞こえて来る。

 早く上がらないと、縄を切られたらお終いだ。シロリオは、縄に揺らされながら、体中を船にぶつけた痛みも構わずに急いで登り始めた。


 船べりに手を掛けた時、懐から笛を取り出し、思い切り息を吹く。


 闇夜を切り裂くような甲高い音。

 足音高く甲板に上がり込んで来た船員達が思わず立ち止まると、港の方から喚声と共に何十もの松明が走って来るのが見えた。


「警備隊だー!」


 その叫びと共に恐慌状態に陥る船員達。


 自分達が密貿易に関わっている事は百も承知だ。捕まってしまえば、悪くすれば打ち首、縛り首。良くても手酷い拷問を受け、半死状態で街を叩き出されるのが目に見えている。

 最早、シロリオとノイアールに構っている暇は無い。船員達は、我が身可愛さに一斉に逃げ始めた。

 我先にと縄梯子で船を下りる者。脱出用の小型艇を海に投げれて、その後に飛び込む者。


 シロリオは、その様子を見て安心すると、後ろを登って来るノイアールに手を伸ばした。

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