表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死妃の娘  作者: はかはか
第四章 疑念
83/151

疑念 その2

 ネスターを見送り、国王警備隊本部に戻ったシロリオを一番に捕まえたのがアイバスだった。

「驚きましたよ」

 というアイバスに連れられて行ったのがシロリオの部屋だった。


 先に部屋に入ったシロリオは、一瞬戸惑ってしまった。部屋の椅子に座っていたのは、背の高い女性だったからだ。

「おい。この人は?」

 シロリオが後ろにいるアイバスに聞くと、アイバスは答えずにクスクスと笑った。

 あ? とばかりにもう一度女性を見る。

 男並みに背が高いのは引いてしまうが、切れ長の目と整った顔立ちは、どこに出しても恥ずかしくない。


「良い感じだろ? 惚れたか?」


 シロリオは、女性が発した言葉を聞いて、「へ?」と眉をひそめた。

 女性は、一般的な庶民服をまとっていて、肩まで伸びた髪が窓から漏れ入る陽の光に煌めいて目を引く。

「私……、シロリオ様に恋してしまったんです」

 大柄な体をしてはいるが、なまめかしい動きと媚びるような表情は、女のそれであった。


 野太い声を別にしたら……。


「何だよ。お前か」

 シロリオは、ひとつ溜め息をつくと、呆れた顔で女装姿のノイアールを見て腕を組んだ。

「一体何がしたいんだ?」


「ご挨拶だなあ。決死の思いで良い情報を持って来たというのに……」

 ノイアールは、話しながらカツラを取って、シロリオに笑みを見せた。

押し付けられた髪の毛を片手でクシャクシャとほぐす。


「分かったのか? 事件の事が」

 ノイアールの言葉にシロリオは前のめりになった。


「アイバス。そこを閉めて、しばらく表を見張っていてくれ」

 ノイアールは、服の乱れも気にせずに思い切り足を組むと、アイバスに扉を閉めるように頼んだ。


「頼む」

 シロリオの言葉に、アイバスは素早い動作で部屋を出て行った。


「時間が無い」

 そう言うと、ノイアールは話し始めた。

 ラヌバイ男爵家のタンバルの事。割符の事。公爵の密貿易の事。


 話が進んで行くにつれて、シロリオの表情に陰りが出て行く。

 今回の事件では、ロクルーティ公爵が一枚嚙んでいる。いや、それどころか、公爵主導で進められている。そして、公爵が密貿易を手掛けている。

 ノイアールの口から並べ立てられる話は、シロリオにとって穏やかに聞いていられないものだった。


「お前が信じたくない気持ちでいるのは、良く分かる」


 ノイアールは、シロリオの気持ちを思い遣ってくれているが、シロリオもそれ程世間知らずでは無い。

 売国奴の子供として白い目で見られ、戦災孤児として路傍で命を失っていたかもしれない自分を拾い上げてくれたのがセーブリーだった。

 シロリオにとって、恩人以上の人間である事は誰の目にも明らかである。

 ただ、シロリオとしても、セーブリーが聖人君子とは言わずとも、人並みくらいの身綺麗さも持ち合わせていない事は良く分かっている。

 この世で成功する人間だ。叩けば幾らでも埃が出て来る。


 ノイアールが問題にするのは、その埃の汚れ方だ。

 この御時勢、国が認めていない裏稼業に手を出す事に対しては驚くつもりは無い。

 今は貴族という肩書きがあっても日々の生活が安定するものでも無いのだ。だからこそ、ノイアールはその世界から抜け出した。

 しかし、そこに人の死が絡んで来るとなると話は別だ。

 クオーキー伯爵が殺され、その遺体の第一発見者であり、ラヌバイ男爵家の密貿易実行役だった使用人が死んだ。

 世の中、殺人が絡んだ秘密は、十中八、九どころでは無い、十の確率で言い訳の出来無い悪事をはらんでいる。


「しかしな……」シロリオは、ノイアールの断定的な話に抵抗した。「ラヌバイ男爵が密貿易に手を出しているのは認めるとして、それが本当に公爵様の指示によるものかは、まだ分からないだろう? クオーキー伯爵の死に関係しているのは、あくまでラヌバイ男爵だけであって、密貿易をしているのも男爵だけであって、公爵様が関係しているとは限らないよな?」


 シロリオの言葉にノイアールはニヤリと口角を上げた。

「そうさ。証拠は無い」

 ノイアールは、シロリオが表情を緩ませようとすると、すぐに言葉を継いだ。

「だがな。それは、ただ重箱の隅をつつく話なだけだ。物事は、そういう些末な所しか見て無かったら全体像を見失う事もある。果たして、たかが男爵風情がどうして伯爵を殺す気になったのか。どうして、長年勤めて来た信頼の置ける使用人を手放さなければならなかったか、そして、殺さなければならなかったか。さらに、これだ……」と、ノイアールは自分の格好をシロリオに見せた。「タンバルが殺されたなら、実行犯に指示した奴がいる。そいつが、割符を持っている俺も邪魔だと思うかもしれない」


 ここで、初めてシロリオはノイアールが女装をしている訳が分かった。

 もし、タンバルを殺した輩が秘密を守る為に行ったのだとしたら、その秘密に近付いているノイアールも片付ける恐れがある。


 シロリオが納得している間もノイアールは先を続けた。

「まあ、これも、証拠は無い。ただ俺ひとりだけが要らぬ心配をしているだけかもしれん。タンバルは本当に追い剥ぎにあって命を落としただけなのかもしれない。しかしだ……」

 ノイアールは、人差し指を立てて強調した。

「俺は、この数日の出来事が妙に気になるんだ。いいか。伯爵事件だけじゃないぞ。死妃の娘と森の民の件から考えて見ろ。あまりにおかしな出来事が起こり過ぎている」


「それは、たまたまじゃないのか」


 シロリオが落ち着かせるように言うと、ノイアールは、ここでさらにシロリオに向かって手を振った。

「いいや。こう考えたらどうだ? ここに、ある人物がいる。その人物は、何か大きな悪だくみをしている。それには、森の民の力が必要だった。死妃の娘追跡は、その為の方便として……」


「森の民と手を組む為に死妃の娘を街に引き込んだというのか?」


「いや、そこまでは言わないがな。ある人物がある計画を長年思い抱いていて、今回の森の民からの申し出に渡りに船とばかりに乗っかったという方が説得力があるな」


 言外に匂わす公爵悪玉説。

 シロリオは、再びノイアールに噛み付いた。

「そこまで言うなら、何か証拠があるのだろうな。お前の推測だけでは納得出来無いぞ」


 ノイアールは、シロリオに向かって大きく頷いた。

「もちろん。それは当然だ。だから、俺はここに来たんだ」

 ノイアールは、シロリオの目の前に割符を掲げて見せた。

「これが全ての鍵だ。今夜、俺は密輸船に乗り込む。さっき、アイバスに聞いてもらったんだが、夕べ港の警備を担当していたお前の部下が、ある船の前で言い争いをしている男達を見かけたらしい。片方は商人風情で、片方は貴族言葉が端々に出ていたというんだ。恐らく、そいつらは偽の割符を持って行ってしまったが為に揉めてしまったんだろう」


「その船が密輸船か……」


「そう。この割符を持って行けば、全てが明らかになる筈だ。一体、公爵……いや、伯爵を殺し、タンバルを殺した犯人が何を狙っているのかが……」

 ノイアールは、ひと通り話すと、割符を懐に仕舞い込んでゆっくり立ち上がった。

「別について来てくれとは言わない。ただ、ここまでの話をお前に伝えておきたかっただけさ。一度取り引きは失敗に終わっている。向こうは相当警戒している筈だ。それに、さっきも言ったが、タンバルを殺した下手人がどこにいるか分からない。もしかしたら、今この時、俺を虎視眈々と狙っているのかもしれない。俺と一緒にいたら、どんな危険に襲われるか分からないからな」

 ノイアールとしては、割符を持ち出した時点で覚悟は出来ていた。これが無ければ、ラヌバイ男爵は商品を手に入れる事が出来無い。となると、全力で取り戻しにかかるのは間違い無い。内容が内容だ。物事が穏便に済む事は無いと見ていい。ノイアールは、自分が引き起こした騒動に、シロリオを巻き込むつもりは無かった。


 しかし、ノイアールの気持ちが分かるシロリオは、だからこそ、ノイアールがカツラを被り直している間に、扉を開けて表に立っていたアイバスに声を掛けた。

「今夜、手の空いている者を二十人程集めてくれ。密輸船を捕獲する」


「おい」


 ノイアールがシロリオの背中に声を投げると、シロリオは振り向いて笑顔を見せた。

「ここをどこだと思ってるんだ? 街の平和と秩序を守る国王警備隊だぞ」


 言われて、ノイアールは軽く肩を竦めた。


 真実の追及よりも、罪人の摘発を優先させる。

 そういう口実なら、ノイアールも無下に反対出来無い。

 相手の顔を潰さず、自分の目的に誘導させる。いかにもシロリオらしいやり方だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ