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死妃の娘  作者: はかはか
第三章 捜索
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捜索 その45

 人間にも妙な奴がいるものだ。


 夕焼けが王宮を黄色く染めている時、宿泊している男爵邸に戻って来たフォルエナは、警備の兵達をしつこく質問攻めしている男の姿を目にした。

 兵士達も暇な仕事の時間潰しだとばかりにその男との雑談で盛り上がっている。

 男は、手に持っている羊皮紙の束の上で気ぜわしく筆を走らせ、兵士達の言葉を一言一句書き連ねていた。


 世の中で起きている事を記録して後の世に残すという作業の持つ意味に理解が及ばないフォルエナとしては、その男の行動は、全く意味不明で半ば怪しい動きにしか見えなかった。

 その男がフォルエナの姿を見付けた途端、全く恐れる様子も無く、逆に満面に喜色の笑みを浮かべながら走り寄って来た時には、フォルエナの方が身を引いてしまった程だった。


『森の民の戦士フォルエナ。会えて嬉しい。我はトラ=イハイム副総督ラプトマッシャル。宜しく』


 フォルエナは、呆気に取られてしまった。

 何と、ラプトマッシャルと名乗るその小柄な男は、森の民の言葉で話し掛けて来たのだ。

 まさか、自分達の言葉を喋れる者が人間の中にいようとは、喋ろうと考える者がいようとは思っていなかっただけに衝撃だった。


 しかも、このチビが副総督だと。


 そんなに高い地位に、まともに長剣も操れなさそうなこいつが就いているとは、シェザールはどうなっているんだ。

 “我々は、こいつに負けたのか?”。

 フォルエナは、この街に来て初めて人間というものが持つ『種族としての多様性』に空恐ろしさを感じた。


「実は、これだけしか話せないんですけどね」

 ラプトマッシャルは、フォルエナの気持ちも知らず、興奮を隠せない顔で続けた。

「意味が通じたでしょうか? 私は、このトラ=イハイムの副総督をしておりますラプトマッシャルと言います。実は、私は白皇宮文庫の総館長も任されておりまして、この世界で起きる万物の現象を出来る限り記録する仕事を続けているのです」


 別に白皇宮文庫の総館長は、そんな仕事はしない。

 完全なラプトマッシャルの趣味の域であるが、それを知らないフォルエナは、ラプトマッシャルの言葉を只鵜呑みにしていた。


「そこで、森の民の方々のお話も伺わせて頂き、未来永劫、後世の資料としてお役に立たせて頂きたいのです」


 勢い込むラプトマッシャルの態度にフォルエナは押されっ放しだった。

 こいつは、森の民を恐れてないのか、恨みを持っていないのか。

 フォルエナは、ラプトマッシャルが持つ筆がまるで何かの武器のように眉をひそめて見た。

 その筆先が白い羊皮紙の上を走り、次々と空白を埋めていく。

 自分はひと言も発していないのに、こいつは一体何を書き連ねていっているのだ。

 しかも、手元に目を向ける事も無く、淀み無く等間隔で整然と文字を並べていく。

 適時墨壺に筆を入れ、また書き進める。その動作には一分の無駄も無く、狂いも無い。

 ある意味職人芸とも言える。

 フォルエナは、怯えにも似た視線をラプトマッシャルに向けると、そのまま何も言わずに屋敷に入って行った。



「お前も捕まったか」


 フォルエナがまくし立てるようにラプトマッシャルの事をフォントーレスに言うと、フォントーレスは可笑しそうに口角を上げながら呟いた。

「確かに変な男だが、それ以上の何者でも無いぞ。折角だから、協力してやったら良かったものを」

 フォントーレスは、話しながら手元でじゃれているオーキーを見詰めながら言う。

「お前の言葉が『未来永劫』残るのだぞ。どうだ?」


「ご冗談を」

 フォルエナは、顔を背けて言う。


「人間はな。どこか無駄な事をしてそうで、それが彼らの血肉になるのが不思議なのだ」

 フォントーレスは、笑みを浮かべたまま言った。

「生きるなら生きる為の努力をする。戦うなら勝つ為の努力をする。彼らは、その最中でも全力を傾ける事は無い。中には逆の行動に出る者もいる。それが彼らの弱さでもあり、強さでもある。我々が、今回もし死妃の娘達を捕えて命奪ったとしても、我々ならそれで意気揚々と森に引き揚げ、以前と同じ生活を続けるだけだが、彼らは、それだけでは留まらないのだ。きっと、死妃の娘が彼らに何か作用し、彼らは新たな力を備えていく」

 ここで、フォントーレスは初めて真剣な表情を浮かべた。

「私は、それが怖いのだ」


「……」

 フォントーレスの言葉は、フォルエナにとって難しい内容だった。

 フォントーレスは、本当は人間を恐れているのか?

 フォルエナは、フォントーレスの顔を見ながら、ある種の不安を感じた。


「うーん……」

 その時、部屋のいつもの位置で横になっていたネスターが弱々しい唸り声を上げながら寝返りを打った。

「ふー……」


「もう寝ているの。いい気なものね」

 フォルエナは、ネスターに厳しい視線を向けた。


「まあ、そう言うな。腹を壊してしまったらしい」

 フォントーレスが愉快そうに言った。


「は? この食いしん坊が腹を壊したのですか? 何を食べたのです?」


「今朝、海鮮料理を腹一杯食べたらしい。帰った直後は、嬉しそうに今日の事を喋っていたんだが、つい一刻前から寝込んでしまっているんだ」


「かいせんりょうり?」


「まあ、魚料理だ」

 腑に落ちないフォルエナに解説するフォントーレス。

「海の新鮮な魚や甲殻類、貝や蟹だな、それと海藻等を使った料理の事さ」


 フォントーレスの言葉に顔を歪めるフォルエナ。

「聞いただけでおぞましいですね。そんなのを食べたのですか?」

 フォルエナが汚い物を見るような目でネスターを見る。


「まあ、そう言うな。私も食べた事はある。まあまあ、美味しかったぞ。お前も一度試してみるが良い」


「ご冗談を」

 フォルエナは、腕を組んで答えた。


「めっちゃ美味しかっただぁ。ふー……」

 ネスターが力の入らない声で訂正した。


「だからと言って、お腹壊すまで食べる事無いだろうに。卑しい奴だ」

 フォルエナは、変わらず手厳しく言った。

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