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死妃の娘  作者: はかはか
第三章 捜索
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捜索 その42

 陽が傾いて来た昼六つのとき

 ロクルーティ公爵家。


 執事のオーウェンは、馬車のわだちの音で主人の機嫌が分かるようになっている。


 セーブリーは機嫌が悪いと、早く自邸に戻りたい性格だ。

 馬車の揺れが好きではない為、いつもは御者にゆっくり走らせるのだが、そういう時は急がせる。


 屋敷の馬車は、常に金を使って新しいものにしている為、木の擦れ合う音が他の貴族の馬車よりも甲高い。その音の強弱で主人の機嫌を読み取るのだ。


 いつセーブリーが戻って来るか分からない為、オーウェンは通りの音が聞こえる場所に居るようにしている。

 その間の屋敷の仕事は、使用人達に指示を出している。

 ただ、主人とその家族の世話は、簡単には他の者に任せられない。

 代わりに馬車の帰りを待つ者を置いて、家族の世話をする事もある。


 そんなオーウェンが玄関横の小部屋で新しい使用人に清掃の仕方を教えていると、ようやく耳慣れた音が聞こえて来た。

 いつもよりひと際急ぐ馬車の音。

 オーウェンが玄関前に停められた馬車に近付いて扉を開ける前に、セーブリーはさっさと自分から扉を開けて出て来た。

 これは、随分と虫の居所が悪そうだな。

 オーウェンは、慌ててその場に止まって、他の使用人と共に頭を下げて主人を出迎えた。


 セーブリーは、そのオーウェンを見もせずに大股で前を通り過ぎると、使用人が開けた玄関を足早に過ぎて行った。

 オーウェンは、目線で使用人達に指示を与えると、セーブリーの後を急いでついて行った。

 セーブリーは、歩きながら用事を言い渡す事もある為、気が抜けないのだ。


 しかし、今日は無言のままだった。

 部屋着に着替えようともせず、真っ直ぐに執務室に向かうと、「わしが呼ぶまで、誰も近付けるな」と言った。

 また、あの怪し気な男達を呼ばれるのか。オーウェンは、深々と頭を下げながら思った。


 一度も玄関から出入りした事が無い不思議な連中。

 一体どこから入り込み、いついなくなったのかさえ分からない。

 間違い無く、執務室にはセーブリーひとりしか入ってないのに、何故かぼそぼそと話し声が漏れ聞こえて来る。


 オーウェンが公爵家で働くようになる前から雇われていた『影』。


 聞く所によると、数千年に渡るシェザールの歴史には、必ずこの組織が関わって来たと言う。

 遥か昔、地獄の砂漠の中で伝説の祖ホルトが神に賜りしラメの香木を見付けるさらに以前から、『影』はその名の通り、闇の中でシェザールの人々を操って来たと。


 只の昔話だ、とオーウェンも思っていた。

 しかし、実際にその闇の存在を身近に感じる今となっては、それもあながち本当かもしれないと思うようになっていた。



 セーブリーは、窓から差し込む西日が熱をこもらせる部屋で、額を流れる汗も構わずに座り込んでいた。

 机の上で、セーブリーの右手がせわしない苛立ちを見せている。

 と、そこへ微かな空気の対流が感じられた。


「遅いぞっ」

 セーブリーは、視線を前に見据えたまま苛立たし気に言った。


「申し訳ございません」

 別に、いつもより遅く現れた訳でも無い。だが、マグルブは平然と頭を下げた。


「こっちに来い」

 セーブリーは、目玉だけマグルブに向けた。


 マグルブは、言われた通り、音も無くセーブリーの机の前に移動した。

 巧みに西日を避け、影に佇む。


 セーブリーは、マグルブを睨み付けながら、懐から木の割符を取り出した。

「ラヌバイの使用人を追い出した時、お前は間違い無く割符は取り戻したと言っておったな?」


「はい。間違いございません」


 そう言って頭を下げるマグルブに向けて、セーブリーは割符を投げ付けた。


 マグルブの胸に乾いた音を立てて当たった割符が足元の絨毯に静かに落ちる。

「……」

 マグルブは、その割符を黙って見詰めた。


「偽物だ」


 セーブリーの言葉にマグルブは顔を上げた。

 僅かに口が開けられ、次の言葉を探している。


「夕べ、ラヌバイの別の者が港に行ったわ。何度試しても駄目だったそうだ」

 セーブリーは、言いながら何度も机を強く叩いた。

「馬鹿な奴だ。一度合わせてみれば違う事くらい分かるだろうに。しかも、慣れていないから、その事をすぐにラヌバイに報告しなかっただと。ラヌバイも何を教えている事かっ」

 セーブリーは、次第に興奮が押さえ切れなくなって来た。


 密貿易には、莫大な金額がかかっている。儲ける方も損する方もだ。

 懐の損だけならまだ良い。公爵自ら密貿易に手を染めていると分かれば大事だ。下手すると、セーブリーの命に関わって来る。その為、こちらも相手も他所に情報が漏れないように神経を張り詰めている。一度の失敗で、船が大量の品を乗せたまま帰ってしまう事もあるのだ。


「すぐに調べさせます」

 マグルブは、割符を拾うと歩き始めた。


 こういう時、何を言ってもセーブリーは聞く耳を持たない。

 とくかく、早い内に手を打たなければならない。


 『影』は、セーブリーに雇われている身だ。

 セーブリーの信用を失えば、組織の者達は、たちまち路頭に迷ってしまう。


 マグルブは、急ぎ『影の部屋』へと戻って行った。

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