捜索 その40
ファンタルゴの壁に行くには、国王大通りを横切らなければならない。
このネスターの巨体を道行く人々に晒すのは気が引けたが、部下達は、森の民と異獣を連れて毎日トラ=イハイムの街を歩き回っているのだと思うと、自分だけが鬱陶しがってはいられない。
先程の店では、客も野次馬もネスターの食事をある程度は楽しがってくれたが、そういう見世物の無い道端では、シェザールの民の不審気な視線やトラ=イハイムに住むレフルスの民の強い怒りが直接向けられて来る。
国王警備隊の制服を着て無ければ、逃げ出したいくらい気が重くなるのが実際だ。
ただ、勿論ネスターはそんな事お構いなしでついて来る。
「そんでな。兄者が言うには、……何だっけな?」
ネスターは、すっかりシロリオに慣れた調子になっている。
「ああ、そうそう。兄者が言うには、死妃の娘をこのまま生かしておくと、やがてレフルス王になって、またレフルスの森の民は危機に陥ってしまうってな。それとな……、これは大声で言えない事なんだが、シロリオ殿や他のシェザールの人間は信用ならないってな。決して、心許せる相手じゃ無いって言ってただ」
恐らく大分端折っているのだろうな、とシロリオは思った。
森の民がシェザールを信用できないのは、こちらも同じだし、そう目くじら立てるものでも無い。
「今は何も無くても、死妃の娘は、いずれ必ず危険な存在になるという結論になった訳ですね」
「うん……。そうだあ」ネスターは、申し訳無さそうな顔で頭を掻いた。「こういう事になってしまって悪いだな。やっぱり、おいらには無理だっただよ」
「あ、そんなに気を使わなくてもいいですよ。私もフォントーレス殿のお考えをそう簡単に変える事は出来無いとは思っていましたので」
「そうかい? でもな~」
どうやら、本当にネスターは気にしてくれているようだ。この森の民は、どうしてこんなに人が良いのだろう。
シロリオとネスターは、次第に人が多くなって来た通りを様々な注目を浴びながら歩いている。
大人が目を丸くし、子供が遠慮無く指差すのをネスターが面白気に手を振る。
シェザールの人間は眉をひそめ、レフルスの人間は意味有り気な表情でふたりを見送り、フィリアの人間はネスターに対して敬愛の眼差しを送る。
「多分、おいらひとりではこんな所歩けなかっただろうな」
ネスターがシロリオの後ろでぽつりと呟いた。
シロリオもそう思うだけに何も返せなかった。
人間の感情は、そう簡単に切り替える事が出来るものでも無い。
国王大通りは、今日も人波でごった返す程の賑わいを見せていた。
あらゆる方向から喋り声、売り子の声、冷やかしの声、罵声や怒声等が飛んで来る。
「いやあ~。これは凄いな」
思わずネスターが言った。その声には、楽し気な雰囲気が含まれていた。
こいつ、本当に森の民か?
シロリオは、意外な表情で振り向いた。
「森とは全然違うでしょう。正直、ここに来るのは嫌がると思っていましたが……」
「いやあ、おいらは子供の頃、人間の村にいたからな。人で賑わっているのを見ると、気分が盛り上がって来るだよ」
「祭りとか?」
「あ、そうだそうだ」ネスターは、笑顔で答えた。「思い出すなあ。太鼓の音が村中に鳴り響いて、村の社へのお参りの途中で屋台の飯を食べたんだあ」
そういう経験をしていたんだな。
子供の時の記憶は、大人になっても忘れないものだから、ネスターが人間っぽいのもそれが関係しているのかもな。
シロリオは、国王大通りを横切った先を指差した。
そこに、目指す城門が家並みの向こうに見えている。
「あそこがニレイ門です。あの側にファンタルゴの壁があります」
ネスターもシロリオが指差す方向を見ながら、大きく頷いた。
「よし。早く行くべ」




