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死妃の娘  作者: はかはか
第三章 捜索
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捜索 その38

「そんでな。あの女は、大した生まれでは無いんだ」

 ネスターは、出て来る料理を次々と飲み込んでいく。


「生まれ? 森の民は生まれを重視するんですか?」

 シロリオもネスター程の量では無いが、口を動かす。


 すっかり安心した店の主人は、「どんどん食べて下さいね。店の在庫が空っぽになっても構いませんよ」と笑顔で料理を運んで来る。


 他の客も、今ではシロリオとネスターの存在も忘れたかのように黙々と食事をしている。


 店の外から覗き込んでいた大量の野次馬も数人しか残っていない。


「それは、人間と変わらないな。おいら達の中では、フォンとかデフィンとかコバとかが有名だね。森の民を率いる長老達もそういう一族から選ばれる事が多いんだ。やっぱり、伝統のある一族の出身が安心出来るんだろうな」


「それで、フォルエナ殿は違うのですか?」


「ああ。あの女は、『殺しの一族』だからな。みんなからは忌み嫌われているんだ」


「殺しの一族?」


「そうだ。弓とか刀とかと使って、森の生き物の命を奪い取るのさ」


「それは……、どこがいけないのですか? 森の民も生き物の肉を食べるのなら、不思議な事では無いと思いますが」


「そうさ。おいら達だって肉は食べる。だが、普通なら必要な分の生き物しか殺さない。無闇に多くの生き物の命を取ったりはしないんだ」


「成程」


「あの女のフォル一族も、四百年前の災厄で民の数が少なくなったカムンゾの森に移住して来たんだ一派なんだ」


「それは、やはりカムンゾの森の方が居心地が良いという事ですか?」


「それもあるな。より大きな森の方が食にありつける機会が増えるからな。ただ、奴らにとっては、人間から離れてしまったのがいけなかったのさ」


「それはどういう事で?」


「人間に近い場所に住んでいる森の民は、人間からの働きかけもあるんだが、人間と交易をする一族がいるだろう?」


「はい。私達人間は、異獣への恐れもあってなかなか森に入れないので、森の民から動物の肉を手に入れたりしてますね」


「それなんだよ」

 ネスターは、煮込み料理の汁で汚れた指でシロリオを指差した。

「交易をする事で人間と距離が近くなるあまり、考え方も人間に近くなるんだ。人間に多く肉を渡せば、見返りが大きくなる。それなら、じゃんじゃん生き物を獲って来よう、となる」


 森の民にもそういう者がいるのか。

 シロリオは、改めて驚いた。

 今までなら、森の民に対して一律同じ印象を持っていたが、このネスターにしろ、森の民にも色々いるのだな。


「フォルの一族が弓に長じているのもその為さ。生き物を殺すのに弓は一番良い。だけど、その武器は、生き物の命の重さを最も感じない狩りの仕方なんだ。森の民では、最も嫌われるやり方だ」


「生き物の命……ですか」


「森の民も、自分の命長らえる為に他の生き物の肉を食べている。でも、生き物だって生き延びたいに決まっている。誰だって死にたくないよな。だから、森の民は、生き物の命を頂く時には、集団で追い詰めるなんてしない。たったひとりで、刀だけを持って、生き物と対峙するのさ」


「それは、こっちも死ぬかもしれませんよね」


「当たり前ださ。自分だけ安全に助かろうなんてのは狩りじゃないぞ。そんなのは卑怯者のやる事さ。この手で、命の最期、息が切れる瞬間を感じるんだ。そうする事で、相手にやっとおいら達の思いが伝わるものなんだ。大体、口先だけで『命を大切に』なんて言ってる奴らは、ほんとの命の重さが分かってないんだ。ほんとに分かってるんなら、簡単に口で言えないぞ。どんなにたくさんの言葉を連ねても、なかなか伝えられないものなんさ」


 シロリオは、ネスターの言葉に圧倒されていた。

 まさか、森の民がそこまで原始的な考えをしているとは思ってもいなかったのだ。

 そう言えば、森の民との戦いは、いつも肉弾戦になる。森の民は、突撃の前の投石や弓攻撃は行わない。常にいつでも己の肉体をぶつけて来る。人間が投げた石で血を流そうとも、弓が体に突き刺さろうとも、投げ槍で仲間が倒れようとも、構わずに走って来る。

 そういう思考しか出来ないから、いつまで経っても森の中で同じ生活を繰り返すだけなんだな。

 シロリオは、どうしてあれだけ強い森の民が、人間に、特にシェザールに押されているのか納得した。


 自分の為ならなり振り構わないのが人間だ。

 他者に思いをかけるのは、まず自分自身の命の安全が確保されてからになる。「一日の食の為に命を賭けてられるか」となる。

 しかし、森の民は、それを『食』では無く、「命を頂く行為」として捉えている。


 愚かな事だ。

 自分や自分の家族、仲間が生き抜く為に便利な物を編み出して行くのが普通だろうに……。


「まあ、そう言いながら、おいらは今、他人が捕まえてくれた魚を食べてるがな。がはは。これは、許してもらうしかないだな」


 シロリオは、平気でそう言うネスターを好ましく見ていた。

 少なくとも理解し合える森の民がひとりでもいる事に安心した。


「その、フォルの一族だがな。そういう訳で多くの獲物を獲れるように弓や罠の仕掛けが上手くなったんだが、その生活をそのままカムンゾの森に持って来たから、他の森の民に大層嫌われてな。ただ、フォル一族だって、先祖から受け継いで来た生活だからな。簡単には変える事が出来無くてな。今でもカムンゾの森の端で細々と人間と交易をし続けているんだ」


「フォルエナ殿は、そういう厳しい環境で育ったんですね」


「そうだな。フォル一族も嫌われたから、森の中で貰った土地はそんなに大きくなかったんだ。それも、そんなに獲物が獲れない場所でな。だから、少ない獲物を効率的に獲る為にさらに技術を鍛えていったんだ」


「その事で、さらに嫌われてしまうのですね」


「ああ。悪循環って、こういう事を言うんだな。フォルの一族は、ほんとに嫌われてな。今まで戦士になれた奴もほとんどいなかったんだ。だから、まあ、あの女も大分苦労したのは確かなんだがな」


「……」


「でもな。それでも戦士なんだぞ。もう少し大人の対応ってものが出来ないのかね」

 ネスターは、そうまとめながら葡萄酒を一気に飲み干した。

「ふう~。食った食った。美味しかったぞい」


「それは良かったです。店の者も喜んでいます」


「いやあ、なかなか色々な味で楽しかったわ。この貝の汁物も噛み応えがあって、汁の味も深くて、さらに渋みもあって、考えたもんだな~」


 ん? 貝汁に噛み応え?

 奇妙に感じたシロリオがネスターの手元を見ると、貝汁の椀の中には何も残っていないのが見えた。

「あ~。……アサリも食べましたか……」


「うん。食べた」


 どうやら、ネスターは貝の殻も一緒に食べてしまったらしい。そりゃ、渋みも出る。


 目の前のネスターは、すっかり満足した様子でいる。


 言えない……。シロリオは、本当の事を言うのは黙っている事にした。

 それにしても、この男は本当に味が分かるのか。

 シロリオは、ネスターはお腹に入るものなら何でも良いのではないかという気がしていた。

 

「さて。次に行こうかね」

 ネスターは、シロリオの思いを他所にゆっくりと立ち上がった。


「そうですね。では、次は……」


「あそこに行かせてくんないかな」


「え?」

 シロリオは、早々と店を出ようとするネスターを見た。


「ファンタルゴの壁だい」

 ネスターは、振り返らないまま店を出て行った。


「ああ……」

 シロリオは、ひとりで頷いていた。


 森の民が言う『ファンタルゴの壁』、所謂レフルスの民が言う『ライン=ヤバの壁』。


 それは、シェザールで言う『悲劇の壁』。

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