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死妃の娘  作者: はかはか
第三章 捜索
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捜索 その37

 森の民の食べる物は、森に生える植物と野生動物だと聞いていた。


 森の民も生きて行く為には食べないといけない。

 森を大切にしていると言っても、肉を食べない訳にはいかない。

 ただ、森から授かった命に対しては、動物や植物の別無く、感謝と畏敬の念を忘れない。

 それは、目の前に座るネスターも変わらないようだ。


 ネスターは、「ほお~」と言いながら食卓に並べられた海鮮料理を舐め回すように凝視した後、おもむろに姿勢を正し、目を瞑り、頭を垂れて祈りの言葉を捧げた。


「天地を統べる竜の王と生きとし生けるものを守りし光と水の精霊よ。日々分け与えられしかてと恵みを与えし慈悲と慈愛と恩寵に限り無い感謝と感激を胸に抱きこの身と魂を捧げ奉ります。何時如何なる時も私と我々と生けるものへの深い慈しみとご加護を賜りますようお願い申し上げます」


 シロリオが神妙に姿勢を正して待っていると、祈り終えたネスターが顔を上げて、片目を瞑って見せた。

「上手いだろ? シェザールの言葉」


「そういえば……。どうして森の民の言葉で祈らなかったのですか?」


「がはは」ネスターは、大きな口を開けて笑った。「兄者に言われてるんだ。この街にいる間は、出来るだけシェザールの言葉で生活しろって。だから、祈りの言葉も本当はおいら達の言葉で言いたいし、シェザールの言葉に訳するのも難しいんだけど、兄者に言われた通りにしてるんだ」


「そうなんですか。フォントーレス殿には、色々と気を使って頂いてるのですね」


「それに対して、あの女は全然気を付かわないけどな」

 ネスターは、フォルエナの事を思い出して、不満気な表情を見せた。

「大体、あの女は……」


「あの、ネスター殿……」シロリオは、片手を上げてネスターの言葉を止めた。「まずは、ひと口食べて下さい。お話はまたその後にしましょう」


 言われたネスターも、「おお、そうだそうだ」と同意した。

「折角の『たいせん』料理なのに、あの女の話をしては、クソ不味くなってしまうわな」


「海鮮料理です」


 シロリオが訂正すると、ネスターは、また「ああ、そうだそうだ」と言って笑った。


 ネスターは、まず中央に置かれている赤い白身魚に鼻を近付けてみた。

「これは、魚だのお」と、当然の事を言いながらクンクンと匂う。「あまり、匂いはしないな」


 取り敢えず、魚臭いという不満は無いようだ。シロリオはほっとした。


 シロリオが周りを見てみると、店の主人や他の客も興味深げにネスターの仕草に注目していた。

 特に、主人は自分の料理が本当に森の民の口に合うか、心配そうに見ている。


 シロリオがネスターを連れてこの店にやって来た時、他の客のどよめきの中、店の主人は、「無理ですよ。森の民が魚食うなんて聞いた事がありませんよ。不味いってキレられたらどうするんですか副長っ」と抗議していたのだ。


「ふむふむ……」とネスターは、綺麗に盛り付けられている刺身をじっと見た。「これ、このまま食うのかい?」


「そこの皿の醬油を少しつけて食べるんです。好みによって、この辛味をつけてもいいんですが……」


「ほお……」

 ネスターは、刺身をひとつつまむと、そっと醤油につけて目の前に上げてみた。


「食うぞ、食うぞ……」

 店の中で息を呑む緊張感が走った。

 それは、店の前に鈴なりになって覗き込む野次馬達も同じだった。


 この状況で気にならないのかな。

 シロリオは、自分達に突き刺さる幾多の視線を感じながらネスターの口元に注意していた。


 ネスターはネスターで小さな一切れにしか目が行ってなかった。

 大きな口を開け、小さな刺身を舌に乗せる。そして、口を閉じ、ゆっくりと噛み締め始めた。


 見物人達も、さも自分達が刺身を食べているかのように顎を動かしている。


 シロリオもネスターの表情に注視しながら、刺身の味を思い出していた。


 ネスターは、口をもぐもぐと動かして味を確かめている。


「どうですか?」

 たまらず、シロリオはネスターに聞いた。


「うーん」ネスターは、荒々しく鼻息を吹いた。


 シロリオも観客も主人も次のひと言を待った。


 そして、ネスターはシロリオに困った表情を見せた。

「切り身が小さ過ぎて、よく分からんかった」


 その時、息を詰めて見ていた全員が大きな息を吐いてしまった。

「何じゃそりゃ~」という苦笑交じりの声も聞かれた。


「いやいや。これをな、どさっと取って……」

 ネスターは場外の声も気にせずに料理に集中している。

 今度は、刺身をひと掴み片手で取ると、口に投げ込んだ。

 そして、醤油の皿を取り、これも大きな口を開けて放り込む。


「おお~」と、見物人から声が聞こえる。


 まあ、確かにネスターの口では、刺身一切れだけだったら、満足に味わえないだろう。

 シロリオは、妙に納得しながら、ネスターの豪快な食べ方を見守った。


 ネスターは、口に広がる刺身の味をゆっくり感じながら小刻みに顎を動かす。と同時に体も動き、座っている椅子がギシギシと悲鳴を上げた。


 ネスターの巨体には、椅子ひとつだけでは足りなかった為、シロリオは箱型の椅子を三つ結び付けたのだが、それでも強度が不足していたようだ。


 再び、ネスターに全員の目が注がれた。


 ネスターは、相変わらず周囲を無視して、食事を楽しんでいる。


 シロリオは、ネスターが口の中の刺身を飲み込むのをじっと見詰めていた。

「どうですか?」


 シロリオに言われても、ネスターは余韻を楽しむかのように無言のまま目を瞑っている。


「不味かったんじゃないか」


「いや」外野の見物人から勝手な発言が放り込まれると、ネスターは目を開けた。「美味しかった」


 そのひと言でシロリオの緊張が一気にほぐれた。

「そうですか。良かった」


「うん。確かに肉に比べれば味は薄いかもしれないけど、何か、それでも甘味が感じられるんだな」

 ネスターは、にっこりとシロリオに向かって笑った。

「『かいぜん』料理って、いいもんだなあ」


「海鮮料理ですが……」

 シロリオも名前の違いを注意しながら、嬉しさを噛み締めていた。


「お。いいぞ、兄ちゃんっ」


 観客から言葉を投げ掛けられると、ネスターは初めてみんなに視線を向けた。

「やあやあ。ありがとう。この店、美味しいよ」


 そう言うと、歓声と拍手が沸き起こる。


 場が一気に盛り上がったのを見て、シロリオは胸を撫で下ろしていた。

「さあ、どんどん食べて下さい。まだまだ料理は出て来ますので」

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