捜索 その34
死体の発見者はタンバルだった。
紫夜の七月十日早朝。
まだ陽の明けやらぬ時、朝靄の漂う中をタンバルは屋敷前の清掃という理由で一番に出て行ったという。
『他の使用人の又聞きなので、確かでは無いのですが』
『後でみんなと話し合っていた時、タンバルさんが朝一で屋敷前の清掃なんてした事が無かったねって話になったんです』
『何故なら、タンバルさんは男爵様のお言い付けで夜に出掛ける事が多かったので、大体朝起きるのは昼前でした』
死体発見後、すぐに男爵に知らせる。
男爵は、タンバルをロクルーティ公爵に走らせた。
『男爵様は、私達を外に出しませんでした。ですので、うちの使用人ではタンバルさんしか死体を見ていません。全く、あの時は朝の仕事が出来無くて、困りましたよ』
『公爵様から手伝いの人が来て死体の片付けをしたとの事です。そして、王都警備隊に後は任せたそうです』
『ええ。警備隊は公爵様からご遺体を渡されたそうです』
聞けば聞く程、妙な話だった。
タンバルは、夜遅くまで仕事をする事が多く、昼まで寝ている事が多い。
発見後、警備隊にでは無く、何故かロクルーティ公爵に知らせている。これは、ラヌバイ男爵がロクルーティ派である事を考えれば、指示を仰いだという説明も出来るが、それでも門外漢の公爵に一報を入れる不自然さがある。
死体は、警備隊が来る前に公爵の手の者が片付けている。
何故、違う派閥の人間の事件をこうまで積極的に手伝うのか。
特に、クオーキー伯爵はロクルーティ公爵にとって、一番の邪魔な存在だった。
その死を喜びこそすれ、わざわざ死体を片付けるといった気を使う存在では無かった筈だ。
あのジジイを知っている人間なら、誰だってそう思う。ノイアールは、歩きながら顎に手を当てて考えていた。
そして、最も怪しいのはタンバルを首にしたという事だ。
勤続三十年は長い。余程、気に入られていたのだろう、などと悠長な事を言うつもりは無い。
夜外出して、午前中は夢の中。そのような生活が出来る使用人は滅多にいない。
ある役割を担っている者を除いては……。
タンバルは、男爵家にとって重要な人間だった事は間違い無い。
元々貴族だったノイアールにもそれはよく分かる。
それをあっさり暇に出している。この機会に……。
どう考えても、伯爵殺害事件が噛んでいるに違い無い。
タンバルは、この事件を紐解く鍵になる。
それだけに、ノイアールはタンバルを暇に出した事が気掛かりだった。
自然と足が速くなる。
タンバルの家は、庶民的な木造長屋が並ぶ一角にあった。
マーリクス地区という中産階級の人々が住み着く区画だ。
貧乏地区とは違い、定職を持つ人々が集まっている為に、比較的落ち着いた雰囲気を醸し出している。
男は仕事に向かい、女は家庭の雑事と子供の世話に勤しんでいる。
タンバルが住む二階建ての建物が見えて来た時、ノイアールは恐れていた事態が起きていた事を知った。
家の前に二十人程の住人がたむろしていて、重々しい空気に支配されていた。
家の玄関では、国王警備隊の隊員が家人らしき男性と話し合っていた。
ノイアールは、素知らぬ振りで家に近付き、家の様子を見ていたひとりの中年女性に聞いてみた。
夢中で家の方を見ていて、落ち着かずに周囲とお喋りをしていた女性だった。
ノイアールは、この女なら喜んで話をしてくれそうだと思った。
「何かあったのですか?」
案の定ノイアールに話し掛けられて、中年女性は勢い込んで口を開いた。
「ああ、あの家のご主人がね、夕べ追い剥ぎに襲われて命を失ったんだってさ。可哀相にね」
追い剥ぎね。
「ご主人と言いますと、タンバルさんですか」
「ええ、そうよ。あなた、知り合いなの?」
「はい。今日もタンバルさんと約束していた事があって来たのですが……」
ノイアールは、神妙に嘘を付いた。
「あら、そうなの。それは残念ねぇ」
中年女性も同情した素振りを見せる。
ノイアールは、顎に手をやった。
やはり、タンバルは消されてしまった。追い剥ぎなんかにでは無い。計画的な犯行だ。これは間違い無いだろう。
ノイアールは、ふと顔を動かさず周囲に視線を巡らせた。
どうやら、伯爵殺害事件の事実を探られたくない人物なり団体がいるようだ。例の忠告が頭をよぎる。
『お前は見張られている』
そして、タンバルを殺した奴らは、自分が事件を捜査している事も知っている。知っているからこそ、タンバルに接触される前に手を下したのだ。
自分が解決しようとしている謎の裏には、何かドでかい危険が待ち受けているようだ。
しかし、ノイアールは、そんなものに恐れるようなタマでは無かった。
面白い。やれるものならやってみろ、とばかりに、逆にやる気を奮い起こされた。
良く言えば意欲的、悪く言えば自信過剰。そんなノイアールをシロリオは「危なっかしい奴だ」とよく言っている。
ノイアールは、心で苦笑した。また、あいつが何か言うだろうな。
だが、俺は俺でしか無い。
「あの……。警備隊と話しているのは……」
ノイアールは、玄関に指を向けながら中年女性に聞いた。
「あ、あの人はご主人の甥っ子さんよ。確か、グレーベルさんって言ったわね。突然の事だったから、ご家族は手が離せないのでしょうね」
「そうですか……」
ノイアールは、中年女性に礼を言うと、一旦その場を離れる事にした。
狭い路地を狙って歩き始める。
人ひとりがやっと通り抜ける事が出来る裏道だった。
毎日のようにトラ=イハイムを歩き回っているノイアールは、この路地を抜ければ隣の地区に出ると分かっているし、この路地のどこが待ち伏せに適しているのかを把握している。
ノイアールは、全身を研ぎ澄ますように一歩一歩緊張しながら歩いた。
もし、自分を狙う奴らがいるのなら、やってみろと言わんばかりだった。
ノイアール自身、こういう緊迫する状態に身を晒す事に言い知れない興奮を感じる性格だ。逆境に置かれれば置かれる程、生きている実感が湧いて来る。
面白い。シロリオには礼を言わないとな。
こんな楽しい事件に引き入れてくれて……。
結局、路地では何も起こらなかった。というよりも、後をつけられている感覚も無かった。
考え過ぎだったのか、つけられている雰囲気も見せない程の手練れなのか。
それともまだそれ程危険視されていないのか。
事実、事件の謎を解決する糸口も掴めてないのだ。




